49「よく食べるものだな」
そしてやってきたのは【猫の長靴亭】。いや、ここ俺が世話になっている宿屋。確かに食堂もやっているけども……。
「ここはな、安いし美味いしで、わたしのお気に入りの店なのだ。特に美味いのはビッグホーンブルのステーキでな……」
じゅるりと涎を垂らしながらリリーは宿の扉を勢いよく開けた。ドアベルが鳴り、こちらに気づいた看板娘のリアラが笑顔で声をかけてくる。
「いらっしゃいませ、猫の長靴亭にようこそ。お泊まりですか? それともお食事……って、リリーさんお久しぶりです。あ、クロムさんもおかえりなさい」
リリーの後ろにいた俺に気づき挨拶してくる。俺も手を上げてそれに応えていると、リリーが驚いたようにこちらを見ていた。
「なんだ、ここに泊まっていたのか」
「まぁな、確かにここの食事は美味いよな」
「そうなのだっ、ここしばらくは来ることができなくてな、今日は食べるぞーー!」
元気いっぱいに叫ぶリリーに、どんだけ腹が減っているんだと思う。帰ってくる時にプアルの実三個は食っていたくせに欠食児童か。
呆れながら近くのテーブルについた俺は、料理の注文をしようとリアラに声をかけた。が、すでに厨房へと駆け込んでおり、中から「父さんっ、大量注文くるよっ」などと聞こえてくる。
え、なんだ、こいつそんなに食うのか? リリーもすでに俺の正面に座っており、上機嫌で注文を叫んでいた。
「リアラーっ、とりあえずビッグホーンブルのステーキ五枚、それに肉団子パスタ大盛りとスープと籠いっぱいのパンー!」
多くないか! その細い体のどこにそんなに入るんだ。しかもとりあえず、だろ? つまりはまだ先があるってことだ。
何も言えずにいるとリリーがこちらを向きキョトンと首を傾げた。
「ん? クロムは頼まないのか」
「あ、ああ、そうだな。リアラ、パンとビッグホーンブルのステーキを頼む」
注文を告げれば厨房の奥から「はーい」と声が聞こえた。どうやらリリーの大量注文を消化するべく、リアラも手伝いに回ったらしい。
料理がくるまで俺たちは今日の依頼について話し合った。そうこうしている内にできた順から料理が運ばれてきて、あっという間にテーブルが埋まった。
「うーん、いい匂いなのだ。それではいっただきまーす!」
そこからの勢いはすごかった。皿の上のものが次々と消えていく。だからといって食べ方が汚いわけじゃない。むしろその動きは洗練されていて美しい。ただスピードが圧倒的に速かった。
俺がステーキを半分食べるまでに、リリーは頼んでいた五枚ものステーキをすでに食べ終わっていた。間にパンをはさみ、今度は肉団子パスタをもりもりと食べている真っ最中だ。
「よく食べるものだな」
見ているだけで腹がいっぱいになる、わけでもなく、むしろ清々しい食いっぷりに見ているこっちも食欲が沸いてくる。ステーキも食べ終わったことだし、ついでに何か頼もうと手を上げた瞬間、ドアベルが鳴った。
「ーーお、ティルか」
入ってきたのはティルとルビーだった。一人と一匹は俺の姿を視界に収めると足早に近づいてくる。
「もう戻っていたんですね」
『ちゃんと働いてたのかよ』
「しっかりやったわ。ティルの方は大丈夫だったか? 見たところ怪我はしていないようだが」
俺は素早くティルの全身をチェックする。多少の汚れはあるが、体の動きに不自然なところはない。しいていうなら疲労があるくらいか。
「はい大丈夫です。今日は薬草採取の依頼を受けたのですが、少し頑張り過ぎてしまって……」
『運よく薬草の群生地を見つけたからな。ご主人すげえはしゃいでたよな』
「だって辺り一面に生えていたから」
ああ、薬草採取はちょっと手間だからな。所々にチマチマ生えているから集まるまで時間がかかるし。群生地が見つかったらそりゃあテンションが上がるか。
「まぁ、ほどほどにな。それに採取中は辺りの警戒も怠るなよ」
「はい、わかっています」
「なら、よし」
素直に頷くティルの頭を撫でていると、ガチャンと食器を置く音が聞こえた。そちらに目を向ければ、リリーが至福の表情で息を吐いている。
目の前の皿はすべて空になっていた。
「はぁー、美味かったのだ。リアラ追加注文いいかー?」
前哨戦は終わり、本番行くぜ! とばかりに、料理を次々注文していく。リアラもリアラでそれをすべて聞き取り、厨房へと伝える姿はプロだ。
注文が一段落ついたところで、リリーが俺の隣にいたティルに気づいた。なぜここにいるのかと首を傾げている。
「うん? 確かクロムといた……」
「俺が面倒をみている子だ。この子も冒険者だ」
「えと、初めましてティルです。こっちは私の従魔でルビーといいます」
「おお! 従魔持ちか! わたしはリリー、ティルも一緒に食べよう、ここに座るのだ」
リリーは隣の椅子を叩きティルを誘う。ティルはどうしたらいいかわからず視線で、俺に助けを求めてくる。
別に断る理由もないので、座るよう促した。だが、やはり初対面のリリーの隣は緊張するのか、ルビーを腕に抱いたまま椅子に座る。
「何を食べる? わたしのおすすめはステーキだぞ。あ、そっちの従魔の主食はなんだ? ん? わたしたちと同じものでいいのか。だったらわたしがステーキを奢ってやるぞ。リアラ、ステーキ二つ追加!」
さりげなくティルの分も頼んでいる。しかしグイグイいくな。ただ、まぁ、ティルは初対面では人見知りしてしまうことがあるから、ちょうどいいのかもしれない。
いまもリリーがひっきりなしにティルへと話しかけている。ティルもティルで、そんなリリーの話を聞いて頷いたりしているのをみると嫌ではないのだろう。ルビーは少々煩そうにしているが。
「ティルはラウルスに来て間もないのか」
「はい、最近はやっと慣れてきたところなんです」
「そうか、なら今度一緒に遊びに行くのだ。わたしのお気に入りの服屋など紹介するぞ」
「え、いいんですか?」
「うむ、約束なのだ」
ぼんやりと二人の会話を聞いているとどうやら出かける約束をしたようだ。二人共仲良くなったようで何よりだ。
料理もちょうど出来上がったらしく、リアラがどんどんテーブルの上に運んでくる。その量を見てティルはリリーと料理を交互に見た。
気持ちはわかるがな、ティルよ、これ、二回目の注文なんだよ。一回目はお前が来る前にすべてリリーの腹の中へと消えたんだ。
一回目と同じくどんどん消えていく料理に俺は遠い目をした。
結局リリーが満足したのは、三回目の注文分を平らげたあとだった。その食いっぷりに周りにいた客はいつの間にかギャラリーと化しており、リリーの満腹宣言に野太い歓声が食堂中に響き渡っていた。
「うむ、楽しい食事だったのだ。クロム、ティル、今日はありがとうなのだ」
あれだけ大量に食べたとは思えないような軽い足取りでリリーは帰っていった。
ただリリーの姿が見えなくなったあと、ティルがポツリと「人ってあんなに食べれるんですね……」と真顔で呟いていて、ちょっと笑いそうになった。




