45「分裂しないだろうか」
今日はエルダーから手に入れた反転鏡の鍵の検証を行いたいと思う。
鍵のことはギルドには報告しなかった。なんだか面倒なことになりそうだったからだ。
まぁ、別にいいよな。歴とした戦利品だし、悪用するわけでもないし。
俺は魔法で大きな水の球を作り出し目の前に浮かべた。ちょうど人一人がすっぽり入れるくらいのやつだ。
ちなみに検証場所はグラシオ大森林である。俺がこの世界に来て初めて下り立った場所で、ティル、オールと出会った場所でもある。
ここなら森の奥のほうにさえいれば人は滅多に来ないし、見られたくないことをするにはうってつけの場だ。ちと、ラウルスと距離があるのが難点だが、使い魔を使えばなんの問題もない。
前回の反省を生かし、見た目はどこにでもいる普通の馬にした。使い魔を創るには本性に戻らなければならないが、ラウルスから出てしまえばいいだけの話。ようは結界が反応しなければいいのだ。
そこで俺は失念していた。いくら姿が普通でもスペックが高ければ意味がないのだと。思い出すのは、風のように駆け抜けた街道、唖然とした人々の顔。速すぎてこちらの姿が人々に認識されなかったことが唯一の救いだろう。
まぁ、やってしまったものは仕方がないな。いまは目の前のことに集中しよう。
水の球に反転鏡の鍵を突き刺す。すると水の球の表面が淡く光り『道』が繋がった。
このまま通ればあの不気味な空間に行き着くんだよな。いまの空間を消して新しい空間を作れないものか。
ーーNo1の空間を削除しますか?
んん? 頭の中に声が響いたぞ。No1の空間って、あの不気味空間のことか? とりあえず了承してみるか。
ーー削除しました。いま選べる空間はありません。新たな空間を作成しますか?
どうやら消えたらしい。しかも新しい空間が作れるようだ。こちらとしても願ったり叶ったりなので、さっそく作ってみようと思う。
そこでふと気がついた。どうやって作ればいいのだろう。
ーー作りたい空間を想像して下さい。
また声が響いた。そうぞう、想像ね。とりあえず言われた通りにやってみるか。
俺が想像するのは故郷の森。その中心には巨大な湖があり、そこに映る月が綺麗でよく眺めていた。
ーー使用者の思考を解析中……、空間に反映させ作成します。
かなりの魔力を持っていかれた。一瞬、眉をひそめたがそれだけだ。この程度、エリクサーを精製した時に比べればなんでもない。
ーー空間を作成しました。名をつけますか。
名付け機能まであるのか? そうだな『月夜の湖』とでもしよう。本当に綺麗だったのだ。あの景色は。
ーー空間名『月夜の湖』で決定します。『月夜の湖』へ移動ができます。移動する場合はゲートを通って下さい。
それきり声は聞こえなくなった。水の球の表面は光ったままで、鍵も突き刺さったままだから道は繋がっているはずだ。
俺は水の球へと手を伸ばした。手は水の球の中に入っていくが貫通はしない。よし問題ないな。
そのまま通り抜け、出た場所は大きな月が浮かぶ夜の森。俺が想像した通りの場所になっていた。
なるほど、こうなるのか。想像しただけで好みの空間が出来るとは便利だな。
しかし出入り口である水鏡あるいは水の球を通るたびに濡れるのはどうにかしたい。鏡があればいいのだが、全身を映すくらいの大きさのものとなると難しいだろう。こんな世界だ。あるにはあるだろうが手に入れるのはなんだか面倒くさそうだ。
俺は濡れた前髪をかきあげ、風と火の魔法を同時に発動させ全身を乾かす。
はぁ、どうにかならないものか。
ーー了解しました。水面にゲートを展開する際、表面を鏡と同じ状態に固定します。
うおっ、いきなりくるな。俺は何も言っていないんだが、もしや思考を読まれているのか? いや、さっき言っていたな。空間を作るのに俺の思考を解析しているって。読まれるのは当たり前か。
しかし水面を鏡と同じ状態に変化させることもできるとは。まぁ、濡れないならなんでもいいか。
俺は改めて辺りを見回した。見覚えのある森の様子に、夜空に浮かぶ月、そして目の前にある大きな湖。
何もかもが懐かしい。流石に風の匂いは違うが、それは仕方がない。寧ろそこも再現されたら万能すぎて引くわ。
「ここに屋敷を建てて拠点にするのもいいかもな」
いま泊まっている宿に不満はないが、やはりずっととなると経済的によろしくない。ここなら宿代はかからないし、鍵がなければ入ってこれないので、ちょうど良さそうだ。一考の余地ありだな。
「そうすると問題は鍵の数か。1個だけでは足りないなぁ」
最低でもあと2個、ティルとオールの分が欲しい。いつも一緒に行動するわけではないのだ。自由に出入りできない拠点など意味がない。
「分裂しないだろうか、この鍵……」
ーーマスターキーを元にスペアキーを作成できます。ただしスペアキーを作成する場合、魔石が必要になりますが、よろしいですか?
俺の呟きに声が反応した。もう驚くまい。そういうものだと割り切ろう。
しかし魔石があれば鍵が増やせるのか。俺はアイテムボックスからビッグフロッグの魔石を取り出した。
「これでいいのか?」
ーーこの魔石では作成できません。数を増やすか、質の高い魔石に変えてください。
これ1個ではだめか。確かにスペアとはいえアーティファクトをFランクの魔物の魔石1個で作れるとは思えないしな。
それなら、と俺はアイテムボックスから魔石を1個ずつ取り出していった。すべてビッグフロッグの魔石で、何個あれば作れるのか確かめてみる。
ちょうど50個目で声が響く。
ーー作成が可能になりました。魔石を消費してスペアキーを作成しますか。
「イエスだ」
魔石の山が瞬時に消えた。あとに残されたのは真新しい鍵。反転鏡の鍵とまったく同じ外観だが、汚れ具合が違う。なぜマスターよりスペアの方が新品のようにピカピカなのだろう。
いや、実際、新品なのだから綺麗なのか当たり前か。
「まぁ、使えるならなんでもいいか。次はキングフロッグの魔石で試してみよう」
さっきと同じようにまずは1個から、……む、だめか。なら2個でどうだ。キングフロッグのほうが魔石の質はいいと思うが。
ーー作成が可能になりました。
お、今度は2個で可能になった。やはりランクが高い魔物の魔石のほうがいいらしい。
2個目の鍵も無事できたし、今日の検証はこれぐらいにしよう。そろそろ腹も空いたし帰って宿の飯が食いたい。
腹の虫を盛大に鳴かせ、俺はラウルスへと帰路を急いだ。




