39「ルビー! 【燃やして】!」
「ーーらぁっ!」
最後のキングフロッグを斬り伏せたオールは深く息を吐き出し、周りに視線を走らせた。少し離れた所でティルたちがビッグフロッグ相手に善戦している。
その数は随分と減っており、ティルたちがどれだけ倒したのか簡単に想像できた。だが、そろそろ限界だろう。
戦いはまだ終わっていない。オールはティルたちに加勢しようと大剣の柄を握り直したところで地面が揺れた。
続いて聞こえる岩が崩れる音。何事かと音がしたほうに視線を向ければ、そこにはありえない光景があった。
山のように積み重なった半透明の丸い物体。表面を岩で覆って隠していたのか、それが剥がれたいま、その異様な姿を存分に晒している。
「あれはーーーーもしや卵、か?」
半透明の丸い物体の中で蠢くナニか。よくよく観察してみると、それはビッグフロッグの幼体のようだった。
しかも運が悪いことに孵化寸前の。
「するとクロムが言っていたでかい気配の主はクイーンフロッグなのか?」
ビッグフロッグの進化系クイーンフロッグ。キングフロッグと対になる存在であり、実力ではクイーンのほうが上である。
キングフロッグ、卵と揃ったのだ。卵を産む存在であるクイーンフロッグがいると推測するのが自然であり、オールもそのように推測した。
まぁ、それはあながち間違いではなかったが、あとからクロムに聞かされた魔物の名に、頭を抱えるという未来がくるまであと少し。
一方、ビッグフロッグを相手にしていたティルたちも、揺れと岩が崩れる音を聞いていた。慌てて振り返れば、半透明の丸い物体の山。それに加えて蠢くビッグフロッグの幼体の姿にティルは悲鳴を上げていた。
「いやーーーー!! 何あれっ、気持ち悪いーーーー!!」
女の子にとっては生理的に受けつけない光景なのだろう。キャーキャー騒ぎまくるティルであったが、それでも杖でビッグフロッグを殴り倒している様子は一端の冒険者だった。
『こりゃあ、すげえもんが出てきたなあ』
「気持ち悪いですっ、ありえないですっ、なんなんですかっ、あれ!」
『何って、卵だろ? あれは』
さも当然といった感じで答えるルビーに、ティルはぴたりと動きを止めた。
「た、卵って、なんのーー」
『そりゃあ、もちろんビ「ビッグフロッグの卵だ」……おっ、オールの旦那か』
ルビーの言葉に被せるようにして答えたのは、いつの間にか合流していたオールだ。オールは大剣を横になぎ払い周囲にいたビッグフロッグたちを一掃した。
「ティル、【壁】を張れるか?」
「あ、はいっ、【フレイムウォール】!」
ティルが叫ぶと二人と一匹の周りを炎の壁がぐるりと囲んだ。炎の壁は外敵を寄せ付けず、しばしの休憩をとることができる。
『ふー、一息つけるな』
「オールさん、あの山がビッグフロッグの卵って本当ですか?」
「そうだ。しかも孵化寸前のだ。さすがにあれすべてが産まれてしまっては手に負えない」
数の暴力は恐ろしい。例え一匹一匹が弱くても、いまの疲弊した状態では対処は難しいだろう。
ティルはビッグフロッグが津波の如く襲いかかってくる様を想像してしまい、顔が真っ青になっている。
『かといっても、あの山をちまちま攻撃しても埒があかないだろう』
「問題はそこだ。俺たちには広範囲を攻撃する術がない。ティルの魔法でもさすがにあの山すべてを燃やすことはできないだろうし。クロムがいれば何か手があるんだろうが、奴はいまここにはいない。戻ってくるのを待つ余裕もなさそうだ。さて、どうしたものか……」
クロムなら指一本であの山を消しそうだとオールは思う。なにせ天下の吸血鬼様だ。広範囲魔法も余裕で使うだろう。
ただ、この卵の山が出現した原因は、クロムがいま戦っている相手にあるんじゃないかとオールは考える。劣勢になったからこそ卵の孵化を早め、戦力の補充をしようとしたのではないのかと。
だとしたら決着は近いうちにつくだろう。ただし、卵は孵化してしまうが。
『オールの旦那、あの山を燃やす方法なら一つだけあるぞ。ーーご主人の【魔眼】だ』
「え!」
いきなり自分の話になり、ティルは驚きの声を上げた。オールはというと無言で話の続きを促している。
『ご主人の魔眼は見たものをすべて燃やす。あの卵すべてを視界に納めてしまえば、それで終わりよ』
「ーーなるほど。ティル、ルビーはああ言っているが、お前自身はどう思う?」
「え、あの、その、わからないです。それに私の魔眼は……」
ティルの脳裏には炎に包まれたクロムの姿が浮かんでいた。暴走しすべてを灰にしてしまうところだったあの出来事。
もとは不用意に魔眼の封印を解いてしまったクロムに原因があるのだが、力を制御できなかったのはティル自身。
戦う術を覚えた。魔力の使い方を覚えた。何も知らなかったあの頃とは違う。違うがーー。
(魔眼を使うのが、怖い)
また暴走したらどうしようと思ってしまう。クロムは吸血鬼ということが幸いし、大事には至らなかった。でもオールは? オールは人間だ。いくら高ランクの冒険者だとしても魔眼の魔力には抵抗できない。
もし巻き込んでしまえば取り返しがつかないのだ。
考えれば考えるほど悪い想像しか浮かばず、ティルはぎゅっと目を瞑る。
『ーーーーご主人、目を開けてくれ』
ティルの腹に柔らかい何かが触れた。おそるおそる目を開けてみれば、ルビーがティルの腹に前足をかけ背伸びをし顔を覗き込んでいる。
「ルビー……」
『怖がらなくていいんだぜ、ご主人。きっと上手くいく』
「でもまた暴走したらって考えると怖くて……」
『大丈夫さ、オレっちがいる。オレっちはご主人の魔眼から創られた。魔眼の制御はオレっちの役目なんだぜ。ご主人はただ命じてくれればいい。なーに、気負うことはねえさ。オレっちはそのためにいるんだ』
ルビーはティルから離れ卵の山に向き直った。その姿は堂々としており、一切の不安を感じさせない姿だ。
「ティル、決めるのはお前だ」
ティルたちとのやりとりを静観していたオールはそれ以上、何も言わなかった。ただ黙ってティルの決定を見守る。
ティルはルビーをじっと見つめ、そして腰のポシェットに入れていたマナポーション取り出し、一気に飲んだ。
「ーー私は魔眼を使うのが怖いです。でもルビーが一緒に頑張ってくれるのなら、私もそれに応えたい。だから、ーーーールビー! 【燃やして】!」
『合点承知!』
ルビーの目が赤く光る。魔眼の力がルビーの目を通して視界に入ったものすべてを燃やしていく。
卵の山は一瞬で炎に包まれ、天を突く巨大な火柱となった。ついでとばかりにルビーは残っていたビッグフロッグたちの姿も視界に納め燃やす。
すべてを燃やし尽くしたルビーは一度、目を閉じ魔眼の力を鎮めた。問題なく制御できたことに胸をはり、ルビーはティルへと振り返る。
『どうよ! ご主人! 完璧だったろ!』
「うん……、そう、だね……」
ティルは地面にへたりこんでいた。魔眼の発動で魔力をごっそり持っていかれたらしい。
『ありゃ、ご主人大丈夫か?』
「魔眼を発動させるのって、すごく魔力を使うんだね。いまの私じゃ一回が精一杯」
『あー、まぁ、それだけ強力ってこった。でもいいんじゃね、【切り札】って感じで』
「【切り札】……、うん、そうか。そうだね」
あれだけ怖かった魔眼がなんだか頼もしく感じる。きっとそれはルビーがきちんと魔眼の力を制御してくれたから。
体は魔力切れで動かないのに、ティルの気分はとても良かった。もう魔眼に脅えなくてもいいとわかったから。
オールも労うようにティルの肩を叩く。それにティルも笑顔を返した。




