35「もう一仕事ありそうだからな」
気色の悪い舌(?)に引きずり込まれ、出た先はなんとも不気味な場所だった。岩ばかりがごろごろしており、申し訳程度に見たこともない植物が所々生えている。
明らかに湖の底ではないし、この場所の魔素が異様に濃いことも気になる。
「なんだ、ここ」
「さあな、ただあいつらは殺る気充分のようだが」
俺たちは蛙の魔物に取り囲まれていた。何匹いるのか数えるのも面倒なほどいて、こっちを見てゲコゲコ言っている。
間違いなく俺たちを引きずり込んだのはこいつらだ。口から見える舌に見覚えがありすぎる。
こんなわけわからん空間に引きずり込んだんだ。こいつら、それなりに強いと思いきや、なんだか雑魚臭がすごいする。保有する魔力量もそんなに多くなさそうで俺は首を傾げた。
「なんだか弱そうだな……」
「ランクFの魔物ビッグフロッグだ。強さ的にはゴブリンと同等か少し強いくらいだ。ただわからないのが、こいつらにはこんな空間を創る能力も引きずり込む能力もなかったはずだ」
まぁ、あったらFではないわな。
「特殊個体でもいるんじゃないのか」
俺はショートソードを両手に構えた。オールも大剣を鞘から引き抜き戦闘態勢をとる。
ビッグフロッグの口から涎が垂れている。獲物を前に我慢などできないのだろう。こっちも簡単に食われてやる気はないが。
さっさとこいつらの包囲網を突破してティルたちを捜さなければ。ティルたちのほうも俺たちと同じ状況なら少しヤバイ。
ルビーもいるが、何よりティルの杖は俺が持っているのだ。今回は簡単な採取だったから俺が杖を預りアイテムボックスに入れていたのが裏目に出たな。
慣れれば杖という触媒なしで魔法を使えるが、いまのティルにはまだ無理だ。
気配は感じるから生きてはいる。
「オール、少し急ぐぞ」
「わかった」
群がるビッグフロッグたちを蹴散らし疾走する。ティルたちを発見したのはそれから数分後のことだった。
「ティル、落ち着いたか?」
「……ん、はい」
気のすむまで泣いたティルは、鼻をすすりながら小さく頷いた。泣いたことが恥ずかしいのか、顔を上げないティルの頭を撫でてやりながら改めて周りを確認する。
「こいつら何匹いるんだよ」
ティルたちを助けるためにけっこうな数を斬った。その亡骸がそこら辺に転がっているのだが、随分と多くないだろうか。
俺たちが襲われた時もそれなりに数はいたが、ここのはその倍はいそうだ。
一瞬、魔石だけでも回収するべきかとも思ったが、面倒くさいので止めた。それにいまはそんなことをしている暇はなさそうだしな。
「ルビー、怪我は?」
『けっ、こんなの怪我の内には入んねえよ』
「そうか。だが、念のため怪我は治しておくぞ。もう一仕事ありそうだからな」
『そりゃあ、どういう意味だ?』
ルビーの問いには答えず、俺は回復魔法を発動させた。一瞬にして傷が癒えたのを確認したあと、アイテムボックスからティルの杖を取り出し本人に渡す。
「さて、状況を確認したいところだが、どうやら時間がなさそうだ。いま俺たちに向かっていくつもの気配が集まってきている。数は……まぁ、最低でも百はいるな」
「それってビッグフロッグなんですか?」
「たぶんそうだろ。だが、あんな雑魚いくら集まろうがなんの問題もない」
俺やオールの実力なら数百でもいける。ティルにとってもいい経験値稼ぎができるだろう。ビッグフロッグだけだったらの話だが。
「ただ動かない気配もある。ここからまっすぐ数キロ先に三つ。さらにその奥に一つ。この最奥にいるやつの気配が一番でかいから、それがこの空間の支配者だろう。他の三つもそれなりにでかいが奥のやつには及ばない」
「よくそんな正確にわかるな。探知スキルなど持っていなかったよな?」
「そんなものなくても周囲の魔素の流れから気配ぐらい読めるだろうが」
「普通はできない」
できて当然とばかりに言ってみたが、きっぱりと否定されてしまった。こんなこともできないとかどうやって状況を把握しているんだ。
オール曰く、それなりに実力がつけば周囲の気配くらいは読めるようになるが、広範囲は無理ということ。探知スキルがあれば別だが、それもレベルを上げなければ探知できる距離が伸びないということだ。
なんとも不便なものだと俺は思う。
「ーーまぁ、その話はおいといて、とりあえず一番でかい気配に向かって進んでいこうと思う。道中襲ってくるのは片っ端から片付けていって、それなりに強い三つの気配、これにぶつかったら状況によっては個々に分かれて各自撃破だ」
「わかった。だが、ティルのフォローはどうする?」
「できるだけはする。ただ分かれてからはそれも難しくなる。その時はーーティル一人で戦えるな?」
「はい!」
杖をぎゅっと握り大きく頷くティル。
『クロ公、ご主人一人じゃねえ、オレっちもいるぜ。忘れんなよ』
「ああ、そうだったな。ーーだ、そうだ。オール、ティルたちは心配ない」
それなりに戦闘経験は積ませてきたのだ。いまだったらたかが蛙ごときに遅れをとることなどないと言いきれる。
もう牢屋の中で絶望していた少女はいないのだから。
「わ、私、がんばります!」
『おうよっ、片っ端から燃やしてやるぜ!』
やる気を見せるティルとルビーにオールは一度大きく息を吐き、それぞれの頭を一撫でした。
「決して無理はするな」
死んだ魚のような目で表情は何一つ変わらなかったが、この男は確かにティルたちを心配していた。ティルたちもそれをわかっているのか、素直に頷いている。
「よし! それじゃ、いっちょ蛙狩りと行くか!」




