33「うん、大丈夫。戦えるよ」
『オラッ!!』
炎を纏った爪を振りかざし、ルビーは自身に向かってきた物体を切り裂いた。緑色の体液が撒き散らされる中、それには目もくれず次の標的に意識を集中させる。
目の前には十匹ほどの蛙の魔物。ルビーを捕らえようと伸びてくる舌を容赦なく切り裂き、威嚇の意味をこめて炎を放つ。
火が苦手なのかわずかに後退したようだった。
ルビーは低い唸り声を上げ相手を睨み付ける。
ルビーの後ろには気を失ったティルがいた。いまだ目覚めないティルを介抱することもできず、ルビーは苛立ったように尻尾を一振りする。
なぜこんな状況になったのかルビーにはわからない。ただ湖に引きずり込んだのはこの魔物たちで間違いない。それだけはわかる。
明らかにさっきとは違う場所。そこに待ち構えていたようにいる魔物。自分たちは獲物としてここに引きずり込まれたのだろう。
『てめえら、ご主人に少しでも触れてみろ。その体、引き裂いてやるからな』
小さな体から放たれる最大級の殺気。魔物たちは動くに動けずにいた。そうした睨み合いが続く中、一つの変化が起こった。
「……う、ん」
小さな呻き声と共にティルが目を覚ました。
「あれ……? 私、どうして……」
ぼんやりとした頭で体を起こし、ティルは前を見る。目の前にはルビーがいた。自分の従魔の姿に安堵の息がもれる。
ただそのさらに前に複数の何かがいた。ティルがそれらを視界に収め、姿を認識した途端、大きな悲鳴を上げる。
「ひゃあああーーーー!! な、なにあれーーーー!!」
絹を裂くとはまさにこのことだろうか。ティルの悲鳴に膠着状態だった場が動いた。
魔物たちがティルめがけて飛びかかったのだ。だが、それを許すルビーではない。
『おさわり禁止だって言っただろうが!!』
額の宝石から炎が吹き出し、魔物たちを弾き飛ばした。急いでティルのもとへと駆け寄りその状態を確認する。
『ご主人大丈夫かっ』
「ル、ルビー、いまのなに、いまの…………」
絶賛混乱中のティルは涙目でルビーを見た。
『ご主人、簡潔に話すぜ。オレっちたちはあいつらにここに引きずり込まれてただいま応戦中、以上!』
早口で説明し終えたルビーは、こちらに向かってきていた魔物を切り裂いた。その光景を見ながらティルはルビーに言われたことを理解しようと、必死に頭を働かせていた。
「引きずり込まれた? ……湖、そうだ、確か私たちは湖を覗いていて……」
腕に何かが絡みつきそのまま引っ張られた。水の冷たい感触と息苦しさで気を失ってーー。
ルビーは引きずり込まれたと言っていた。ああ、確かにそうなんだろうなとティルは思う。
ここはさっきまでいた所とは似ても似つかない。岩だらけで、お粗末程度に生えている植物は、毒々しい色合いをしていて形もおかしい。
自分たちは囚われたのだ。この魔物たちにーー。
「あれ? あの魔物って確かーー」
ティルはルビーが相手をしている魔物を見たことがあった。初心者用の魔物図鑑に載っていたのだ。
「……そうだ、ビッグフロッグ、ランクFの魔物だったはず……」
『チッ』
「! ルビー!?」
ビッグフロッグに弾き飛ばされ、ルビーはティルの近くまで転がってきた。慌ててティルが駆け寄るが、それより早く立ち上がりガラ悪く唾を吐き捨てる。
『やってくれんじゃねえか、たかが魔物ごときが』
「ルビー! 大丈夫!」
『おう、ご主人、オレっちは平気だ。それよりご主人は戦えそうか?』
「へ?」
ルビーの問いかけにティルは目を丸くした。
『目ぇ覚ましたばっかのご主人は混乱してたみてえだからな、どうだい? すこしは落ち着いたか?』
ティルはいまの自分の状態を確認した。混乱はしていない。状況も理解できる。恐怖はあるが、取り乱すほどでもない。
「うん、大丈夫。戦えるよ」
『そりゃあ、重畳』
ニッと笑うルビーにティルも笑い返す。
「ごめんね、ルビー。ずっと一人で戦わせて」
『気にすることねえよ。オレっちはご主人の従魔だ。守るのは当たり前だ』
ルビーの言葉にティルは拳を強く握った。
自分はルビーの主なのだ。守られているだけではだめだ。自分には戦う力がある。一緒に戦うことができる。
いままでたくさん戦ってきた。今日もいつも通りやればいい。
ティルは深く深呼吸し眼前を睨み付けた。慣れた手つきで腰のベルトに挟んだ杖を取り出そうとして、はたと止まる。
「あ……、杖、ない」
何も掴めない感触にティルは頭が真っ白になった。




