30「【吸血の呪草】という」
その夜、依頼を終えた俺たちは宿へと戻り、各々の部屋で寛いでいた。俺と同室のオールの姿はない。受けた依頼が遠方のものだったので、数日は帰ってこないだろう。
出発時、騒ぎを起こすなと口を酸っぱくして言われたのには納得がいかないが。
まぁ、とにかくオールはいまいない。なので、いまの内にやれることをやっておこうと思う。
「ティル、ちょっといいか?」
俺はティルがいる部屋の扉を叩いた。中から返事がし、間を置かず扉が開かれる。
「クロムさんどうしたんですか?」
『まったく、夜遅くに部屋を訪ねるとはやっぱりロリ……』
「お前は黙っておけ。ーー中に入っていいか?」
「あ、はい、どうぞ」
ティルに許可をもらい、俺は部屋へと足を踏み入れた。
「あの、何かご用ですか?」
「ああ、ティルには俺とした契約を果たしてもらおうかと」
ーー俺がその魔眼の制御方法を教えてやろう。そのかわり、お前は俺の非常食になれ。
出会った当初、俺はティルと契約をした。魔法を介さないただの口約束ではあったが、それでも口から出た言葉は言霊となり、それは契約へと姿を変える。
「クロムさんの非常食、つまりは血を提供するということですね」
「ああ、そうだ」
『ご主人、クロ公とそんな契約してたのかよ』
「うん。でもそのお陰で私はルビーに逢えたから後悔はしてないよ」
「まぁ、制御方法というか、強制的に魔眼を取り出して使い魔の核に使い制御するっていう方法になったがな」
なにせ時間がなかった。魔眼を暴走させたままだとティルの身が危険だったのだから。
『オレっちが生まれた経緯は知ってるからよ、ご主人とクロ公が交わした契約については何も言わねえ。ただーー』
鋭い目付きでルビーが俺を見上げてくる。人一人殺しそうなその視線に、俺は真っ向から対峙した。
『少しでもご主人の体調が悪くなったら力ずくで止めるからな』
地獄から響くようなドスのきいた声。ルビー、その外見でその声は止めろ。ギャップが激しい。あと子供が泣く。見ろ、ティルも困ったように笑ってるぞ。
「わかっている。ただ、そこまでの量は貰わないから安心しろ」
俺はアイテムボックスからこの日のために作っていたあるものを取り出した。小さな鉢植えに植えられた植物。イバラが何重にも絡み合っているその姿はどこか異様な光景である。
これは俺がラウルス滞在中、夜な夜な結界の外に出て作り上げた魔法植物だ。わざわざ偽装を解き本性に戻って作業した。そのほうが作りやすかったからだ。
「なんですか、これ?」
「【吸血の呪草】という。イバラの一部分を対象者の指などに巻きつけると自動で血を吸ってくれる。ティルの血はこいつでとる。そうすれば負担は少ないはずだ」
俺はティルの手を取り、吸血の呪草を近づけた。すると呪草が反応しイバラをティルの指へと巻きつける。
棘が指に刺さる瞬間、ティルが少し顔を歪めたが、動きはそれだけであとはジッと呪草を見つめていた。
時間にして二分程度だろうか。呪草の一部分に蕾ができ、それが徐々に膨らんできた。そこからは早く、深紅の薔薇を咲かせたかと思ったらすぐに散り、あとには花びらと同じ色の宝石のような実が残った。
ティルの指に巻きついていたイバラは、実ができると同時に離れていった。
「よし、できた」
「きれいですねえ。クロムさん、これって……」
「これはティルの血を結晶化したものだ。呪草が体内に取り込んだ血を結晶の実として排出したんだ」
俺は実をもぎ取り持っていた小瓶に入れた。小瓶の中でコロリと転がる様は飴玉のようだ。
「ティル、体のほうはどうだ? とった量はたいしたことないから大丈夫だと思うが」
「平気です。むしろ本当に血をとられたのか不思議なくらいです」
「そうか、なら契約通りに一月に一回これで血をもらうな」
吸血の呪草、うまくできていてよかった。血を吸う速度に量、何度か魔物で試し調整はしたが、やはり本番は緊張するものだ。
「それはクロムさんが作ったんですか?」
「ああ、ティルの血をもらう際、負担をかけたくなかったからな。ベースは薔薇でいろいろ改造した」
「私はてっきり首筋にカブッとするものだと……」
なるほど、ティルの吸血鬼のイメージはそれか。まぁ、確かに間違ってはいないが。
「ティルはなぜ吸血鬼が首筋から血を吸うか、わかるか?」
「いいえ」
俺はそっとティルの首筋に手を当てた。そこからトクン、トクンと命の脈動が感じられる。
「ここに太い血の通り道があるからさ。俺たちは本能的にそれを知り牙をたてる」
撫でるように手を動かすとくすぐったいのか、ティルの体が微かに震える。
細い首だ。少し力を入れただけで、簡単に折れてしまうのだろう。
「だがその分、体への負担も大きい。仮に俺がティルの首筋に牙をたて血を吸ったとしよう。それが少量だとしても確実に明日は体が怠く動けなくなる」
「……でも、それでもクロムさんが望むなら……」
「ティル?」
頬をほんのり赤く染め、ティルがこちらを見てくる。なんだ、熱でもあるのか? そういえばどことなく瞳も潤んでいるように見える。
『はい! アウトーーーー!!』
「グッ」
熱を測ろうとティルに顔を近づけた瞬間、真下からルビーの飛び蹴りが炸裂した。まるで狙いすましたかのようにピンポイントで俺の顎に蹴りが入る。
「ク、クロムさん!?」
『はい、セクハラ現行犯! 制裁を加えるぜ!』
何やら訳のわからないことを叫びつつ攻撃を仕掛けてくるルビー。なんなんだ一体。セクハラとか言っていたが、俺がいつそんなことをやった。
攻撃の手を捌きつつ身に覚えがないことを言ったら『無自覚かよ!?』と盛大につっこまれた。
そこからさらに攻撃が激しくなり、それに対応していたらリアラから煩いとお叱りを受けた。
結局、俺の何がセクハラだったのかはわからずじまいだった。




