24「夜の散歩に行ってくる」
「クロム君が言うことももっともなんだけどね。ここは結界の外だし、魔物、獣避けにも限界があるんだ。それに私たちの野菜が空腹を癒やす一端になれるのならいいかなと。まぁ、さすがに畑一つ荒らされたら困るけどね」
「お人好しすぎないか」
普通は自分が丹精こめて作った作物を荒らされたら怒るだろう。それが魔物や獣だったらなおさらだ。冒険者ギルドに依頼を出し駆除するのが普通のはず。なのに、この男ときたら何を甘いことを言っているのやら。
ユフィも何も言わないことから、アルベルトと同じ考えなのだろう。夫婦でお人好しとかどうなんだ。
「はは、他の人にもよく言われるよ」
いや、笑い事ではない。これはちょっと手を打っていたほうがよさそうだ。
魔物ごときにこの夫婦の畑を荒らされるのは癇に障る。……まぁ、本音はマトの実を守りたいだけなんだが。正直、他の野菜などどうでもいい。マトの実が無事ならば!
「アルベルトさんはそれでいいんですか?」
いままで黙々と食事をしていたティルが、会話に参加してきた。やはり畑が荒らされたということが気になったのだろう。
「そうだね、よくはないけど、誰だってお腹が空いているのは嫌だろう? それは魔物とか獣でも同じだと思うし、お腹を満たすことで人を襲う確率が減るなら儲けものだよね」
「そう、なんですか?」
首を傾げるティルの頭をアルベルトはやさしい手つきで撫でる。
「そういえばティルは、このあとも収穫の手伝いか?」
話題を変えるため、俺はティルに話しかけた。俺の問いかけにティルは頷く。
「ふむ、なら俺も手伝おう」
「え? でもクロムさんの依頼は終わったんじゃ……」
「一人帰っても暇だしな。ーーアルベルト、俺が参加しても問題ないか?」
「こちらとしても助かるよ」
依頼主の許可はもらった。午後からは野菜の収穫にせいをだすとしよう。
クロムたちが依頼を達成したその日の夜、蠢く四つの影があった。
場所はクロムが直した柵付近。影たちは闇に紛れて、柵に近づこうとしていた。
目的は柵の向こうにある畑だ。四つの影の内の一つがボロボロの杖を掲げ、何やら呪文を唱える。
すると柵の一部を半透明の膜が覆った。続いて放たれる空気の塊。
柵が破壊されるが、破壊音が辺りに響き渡る様子はない。どうやら半透明の膜が音を吸収したらしい。
柵がなくなり四つの影が畑へと侵入していく。誰にも気付かれない静かな侵入。
だが影たちは知らなかった。自分たちが破壊した柵に、とある魔法がかけられていたことに。
ティルの依頼も無事達成し、宿に戻った俺たちは、先に戻っていたオールと合流した。すると驚いたことにオールの背には大剣があるではないか。
どういうことか訊くと、知人に預けていたものを受け取ってきたらしい。別行動の理由はこれである。
オールに大剣を見せてもらうとかなり良い素材を使っていた。ミスリルである。これが金貨五枚もするのか。いや、この大剣は柄の部分に魔法陣が彫ってあり、何らかの魔法が付与されている。これはさらに値段がはると見た。重さもかなりあるが、オールは【豪腕】のスキル持ちのため、問題はないのだろう。
たぶんこの大剣は、オールに合うようカスタマイズされている。初対面の時は、どこにでもあるような剣を使っていて俺に折られていたというのに。死にたいと思っていたオールのことだ。適当な剣で全力を出して戦い死んでいくのが理想だったのだろう。
いくらオールの実力が高かろうと、武器がそれについていけないのなら意味がないからだ。だがオールはいまになって愛用の剣を出してきた。どういうことなのか。
「オール、なぜいまになって剣を取ってきた?」
「……お前と戦う時が来たら、俺の全力を持って相対し、そして死にたいからだ」
死んだ魚のような目が俺を見据える。その奥には絶望、諦め以外の違う光が宿っているような気がした。
「……そうか。まぁ、俺としても楽しめるほうがいいしな」
俺がそう言えば、オールは目を細めるだけで何も言わなかった。
その後は、夕食も美味しくいただき、早々に就寝した。
すべてが眠りについた深夜の時間帯。例外なく眠っていた俺の頭の中でパキンッと何かが割れる音が響いた。
即座に覚醒した俺は体を起こし、窓の外に視線を向ける。
「まさか手を打ったその日にやってくるとは……」
俺は畑を囲む柵すべてにちょっとした呪いをかけていた。アルベルトたちにも報せずに、だ。
畑が荒らされることをアルベルトたちは受け入れていたが、こちらとしてはそうはいかない。もし、もしも荒らされた作物にマトの実があったらと考えると怒りで手が震える。
呪いはかけた対象物が破壊されると、俺に報せがくるという簡単なもの。魔術版の警報装置だ。
その報せがきたということは、柵が何者かによって破壊されたということ。
「人のものに手を出すとどうなるか教えてやるとするか」
「……クロム?」
俺が窓から出ようとしたところで、オールが覚醒してしまったらしい。極力気配は消したつもりだったが、さすがは冒険者。気配に敏感である。
「オール、少々、夜の散歩に行ってくる」
「は? お前何言って……っ」
「何、朝までは戻る!」
俺はそのまま外へと飛び出した。背後で慌てる気配がするが、気にせず近くの屋根に着地し、走り出す。
さぁ、さぁ、これから楽しい夜の幕開けだ!




