トランキライザー②
特別班のまとめ役である一之瀬 彰良さんは、物腰の柔らかそうな男性だった。年齢より何歳も若く見える。理事長の先輩なんだぜ、この人。
結われた灰色がかった金の髪は、歩く度に尻尾のように揺れている。彼に連れてこられたのは、特別班の人たちが住む屋敷。居住地兼仕事場らしく、本当に組織にとって厄介払いしたい人たちが居るような感じがした。いや、実際に厄介払いされた人たちが居るんだけど。
「君が神々廻さんの娘だとはねぇ」
「えぇまあ」
「僕も神々廻さんにはお世話になったんだよ。だから、君を預かるの凄く緊張してるんだ。傷ひとつでもつけてしまったら、僕は何て償ったら良いんだろうってそればっかり考えちゃってて」
…なんつーところに私は連れてこられたんだろう。嫌だな、帰りたい。傷付くこと前提な気がする。やっぱり、理事長に提案したやつ上乗せしとけば良かったなあ。割りに合わないかも。
「瑞妃ちゃん。あのね、ここの住人たちは根は優しいから。皆を人見知りのツンデレだと思ってね」
「人見知り?ツンデレ…?」
「もしくは天の邪鬼。ちょっとお初な人には冷たいけど、本当に大丈夫だから」
「え、いや、私は天凰寺の次男坊に用があるだけで直ぐに帰りますよ」
「ん?君は今日からここの住人なんだよ。理事長、言ってなかった?」
「はっ?私がここの住人?」
「うん。こき使ってくれてかまわないって、神々廻さんからも聞いてるよ」
これ、言い出しっぺは理事長なんだよね?父さんの了解を取ったって言ってたし。父さんも何考えて、何言っちゃってくれてんだろう。可愛い娘じゃなかったのか、コラ。
「…次に理事長と会えるのいつぐらいですか?」
「屋敷の休みと重なれば会えるよ。理事長も昔は此処の住人だったし、今でも飲みに来てたりするんだ」
「そうなんですね、分かりました」
「そう?ふふ、華やかになるなあ」
「華やかにって、私以外の女性も居られるんですよね?」
「…瑞妃ちゃん、何にも教えられてないの?」
「ーーえ、待ってください。もしかして、天凰寺の次男坊のことは建前で、亡くなった方の代わりが欲しかったんですか?」
「いや違う違う!というか亡くなったのは、列記とした男だから!ちょっと女装趣味があっただけで。確かに率先して家事とかしてくれてたけど、別に代わりに来てもらった訳じゃないよ?!」
…まじかよ。騙された。へーへー頷くんじゃなかった。もうちょい考えたら良かった!!次に会ったら絶対にぶん殴る。引き返すことは出来ないから、此処は仕方なく妥協しておくことにした。絶対にぶん殴る。
「間違いなんてないと思うけど、女の子は君だけなんだ。襲われそうになったら、全力で抵抗してかまわない」
「…はい」
「あと、君には家事の方を頼みたいんだ。リビングルームに掲示板があって、そこに住人たちの予定を書いてあるから、それに応じて掃除とかしてほしい。あと、料理出来る?」
「父が母を連れ回すので、家事は姉に叩き込まれてます」
「良かった。大変だろうけど、頑張ってほしい」
「良いですよ。天凰寺の次男坊のことも、頑張ります」
「ありがとう。お給料も出すし、申請してからになるけど休暇とかもあるから」
まるで就職した気分だ。あながち間違ってないだろうけど。頑張らなきゃ。学園に居るよりはマシだしね。天凰寺の次男坊の件が早く片付いたら、少しは楽になるだろう。
「あ、瑞妃ちゃんの部屋は此処ね。角部屋だから広いし、ユニットバスが付いてるから安心して」
「お気遣いありがとうございます」
屋敷の2階、廊下の突き当たりに私の部屋があった。先に出した段ボールが既に届いていて、女の子が好きそうなパステルカラーで、家具が揃えられていた。まさか、亡き女装趣味の方の部屋なんだろうか?いやまさか、そんな。
「あ、僕のチョイスだけど大丈夫かな?」
「大丈夫です!!」
「良かった。元は客間だったから安心してね。特にルールもないから、屋敷の中も詮索してみて」
「はーい」
「瑞妃ちゃんの紹介は今夜の夕食の時にするから、挨拶を考えといて。あと、真紘のことなんだけど、住人のたちにかなり愛されてるから。扱い注意ね」
…愛されてるのか。どんな反応をしたら良いんだろう。ハブられたりするよりマシだと思うけど、なんか怖いな。
「それじゃ、先に真紘の所に案内するよ。僕でも近付くのがやっとでね」
「一之瀬さんでも、そうなんですか?」
「そうなんだよねぇ。あぁ、食事も取らせてるしさ、慌てて真紘の部屋の横をぶち抜いてバスルーム作ったから風呂も入ってるから」
天凰寺の次男坊って、どんな人なんだろう。同い年で制御が下手くそってことしか知らない。チカラも何を持ってるのか知らない。とりあえず、気合い入れて頑張ろ。
部屋は3階の突き当たり。あれ、私の部屋の上だったのか。チカラを感じれなかったのは、結界を張った人が優秀だからなのかもしれない。私、そこまで探知能力低くないし。
「着いた。真紘、お客さんだよ」
床に突き刺さった二本の刀は、多分結界の依り代なんだろう。それらを踏み越えた一歩、全身にのし掛かってきた圧迫感。息をするのも苦しくて、思わず首から吊り下がったネックレスを握り締めた。
『…客?誰?』
「そう。とりあえず会ってくれないかなあ?」
ガチャっと鍵が開く音。ノブが回るのを見つめていたら、私の肩を一之瀬さんが叩いた。リラックスと唇が動く。しかし、一之瀬さんも苦しいのか唇が青い。開いたドアの隙間から、黒い髪と黒い瞳、そして私たちより青白い顔が覗いた。細い体は、押したら倒れそうだ。
「…客って、アンタ?何の用?」
「はじめまして、天凰寺さん。私は、理事長…直也さんから遣わされた神々廻瑞妃って言います」
「直也さん?神々廻?」
「はい。直也さんに会ってきてくれと」
「ふぅん。で、何の用?」
この人は、神々廻家のことを知らないのだろうか。苛立ったように私を見てくる。それに応じて、チカラがまた重たくなる。チクチクと空気が肌を刺す。理事長の言った通り、感情ひとつで枷が一つずつ消えていく。私はおもむろに首から下げていたネックレスを外した。
「ーー後で話しますから、先に体を休ませてください」
「は?」
胡乱げ顔の彼に近付いて、私はネックレスを掛けた。大丈夫だから、少し休めばいい。爆発しそうなほど張り詰めたチカラは私が無効させるから。大丈夫、大丈夫。ゆっくりとチカラが収束していくのを感じながら、私はやつれた頬に触れた。
「天凰寺真紘さん、私もそのネックレスも丈夫だから、チカラをそのまま委ねて」
「丈夫だからって、」
「だぁいじょうぶ。悪いことにはならないよ」
「…でも」
「陽が落ちたら、皆さんに会えるよ。それまで体を休ませないと。これ以上暴走しないように、ずーっと気を張り詰めてたんだね。でも、もう気を張らなくて良いよ」
私が楽にしてあげるから。
黒い瞳が瞼に閉ざされた。力なく前に倒れてくる体を私が受け止める。収束しきったチカラ。圧迫するものも、肌を刺すものもなくなった。
「…凄い、瑞妃ちゃん凄いね!!僕、初めて目の当たりにした!!」
「しぃー。起きちゃいますって」
「あぁ、そうだね。起きたときに不安になるかもしれないから、リビングルームの畳に寝かそうか。僕もまだ言ってないことあるしね」
興奮が収まりきらない様子の一之瀬さんは、早口で喋ったあと私から天凰寺の次男坊を抱き上げた。男同士のお姫様抱っこか…。偏見などないさ。見た目麗しい男だぜ。なんか変な扉を開きそうになるけど。




