この世は情報が命
母さんに連れられて高級料亭に来たら、最大規模を誇りる東堂組組長と結婚すると紹介された、娘の苦労話。いい加減にしろヤクザほいほいめ!
驚いた。ほんっとうに驚いた。いや、母さんに恋人がいるのは知っていた。だから、もう自立するし私のことは気にしなくていよ、結婚しても良いよーなんて言っていた翌日、あっという間に顔合わせになった。何に驚いたかって、その相手だよ。
「明日から沙雪のパパになる雅仁さんよ~」
「初めてまして、沙雪ちゃん。東宮雅仁って言います。いきなりパパだなんて呼べないだろうけど、これからよろしくね」
明日からパパ?ん?美味しそうな前菜を目の前にして、私は母さんとパパ(仮)からの言葉に固まった。のんびり笑いながら母さんと寄り添う美丈夫。
私の覚え間違いでなければ、彼は関東一の東宮組の組長だった筈だけど?着ている着物も上等な物だと、素人目でも分かる。むしろ、一般人じゃないのも分かる。料亭だから着物を着ているんじゃなくて、普段から着物を身に付けているのも分かる。
母さんの恋人だから遠慮して調べなかったんだけど、母さんの恋人だからこそ調べたら良かった!!まじかよ。幸せそうだから良いかなとか思ってた自分は大馬鹿だ。
「沙雪です。母をよろしくお願いします」
「はは、固くならなくて良いよ。もっと気軽にね?」
「ーー…あの、不躾な質問かと思うのですが、東宮組組長とお見受け致します。母とは、何処で知り合いに?」
「あら?沙雪ちゃん、雅仁さんが組長さんって知ってたの?やっぱりお母さんダメね。全然分からなかったのよ」
「…母さん、ほんっと知らない人にはホイホイ着いていっちゃダメって何度も言ったよね!?」
「ごめんなさいね、これは行かなきゃって。あ、ちょっとお手洗いに」
「母さん!!こら、逃げるな!!」
ふふふと笑いながら逃げた母さん。その背中を愛しそうに見つめるパパ(仮)を見て、なんか私の背中がむず痒くなってきた。温かいお茶を飲んで、溜め息を押し込む。幸せが目の前にあるのに、溜め息を吐いてこの幸せに逃げられるのは困るのだ。
「まあまあ、沙雪ちゃん。私もそれは言い聞かせてるんだけど、彼女のアレは昔からなのかい?」
「昔からというか。オフレコでお願いしますよ?」
「うん?」
「芦刈組はご存知かと思うんですけど、何回かそこのクソジジ…んん、組長に付きまとわれたことがありまして」
「芦刈って、あの芦刈かい?」
「違法ばっかりの芦刈です。母さんが勤めていた喫茶店に来たのがきっかけみたいで、母さんもあんな感じだからのんびり話し相手になってて」
店長さんからヤバいかもって連絡を貰ったも、既に時遅し。気に入られて囲われそうになっていたのだ。誘拐されて監禁。洒落にならなかった。あの時は、もう、本当に頑張った。その日に全て片をつけた私を誉めてほしい。
「あの芦刈は蛇のようにしつこいだろう?どうやって、逃げ切れたんだい」
「ほんっとこれこそオフレコで、母さんには内緒でお願いします。あ、いや、東宮さんも知りたくないかもしれませんけど、」
「まさか、君…」
「殺したりしてませんよ!!ただ、芦刈の会長に頼み込んだんです」
「会長?」
「実は芦刈の会長は母さんの叔父に当たるんです。なので、組長とはイトコ関係になります」
「…は?」
「母さんはこのこと知らないんで絶対に言わないでください。もし、このことで結婚しないって言うなら、今、私に言ってください。母さんを連れて帰ります」
母さんは天涯孤独だと思っているが、ゴミグズのような親戚が結構いる。母さんの両親、双方ともに兄弟が多いからだ。そして、妙なことに裏社会に足をつけているゴミグズの代表格みたいな奴等ばかり。
芦刈もその一つなのだが、パパ(仮)は、瞬きひとつしないで私を睨む。その険しい顔は、まさにヤバい人の顔だ。勢力を伸ばし続ける東宮組の長だけある。あぁ、芦刈組の会長や組長なんざ全く怖くないわ。ショボい。それに比べて、パパ(仮)の方がヤバいってまじで。
「いや、それはないよ。彼女を手離すつもりは微塵もないがーーその話、後日詳しく聞かせてもらえるかい?」
「はい。何でも全部話すので、母のことを手放さないで ください」
「うん、大丈夫。何がなんでも手放すつもりはないからね」
ヤバい顔つきからうって変わって、優しい顔になったパパ(仮)と明日の昼に会う約束を取り付けた。早めに手を回しても損はない。迎えに来てくれると言ってもらったけど、目立つから自分で伺うと遠慮して、私は母を迎えにいくために立ち上がる。
「母さんを迎えに行ってきます」
「それなら私が行くよ。沙雪ちゃんは座ってて」
「…それじゃあ、お言葉に甘えてお願いします」
出ていくパパ(仮)の背中を見送って、今度こそやるせなさからため息が出た。母さんのヤクザほいほいは、一体何なんだろうか。ポケットのスマホが震え、またため息。幸せが逃げるが、出たものは仕方ない。
《東宮の組長と浮気でもするのか》
《するわけねーだろ。母さんの恋人だっつうの》
《いや、明日から私のパパになるらしい》
《は?》
《ついさっき紹介された》
《マジで母さんヤクザほいほい》
メッセージの相手は友人の志麻だった。こいつが、母さんにヤクザほいほいと名付けた野郎だ。付き合い自体は長いから、志麻のことは母さんも知っている。まあ、お隣の志麻君だ。
そのお隣もまた、ヤクザだけどな!!
「戻ったよ」
「ごめんね、沙雪ちゃん。此処って広いから迷うのよ」
「そろそろGPS着けようか?好奇心は猫だって殺すんだからね」
「でも、その度に助けてくれる沙雪ちゃんは凄いわ」
「凄いわじゃないの。いい加減に危機感を持って」
「沙雪ちゃん、それも言い聞かせておくよ」
…パパ(仮)も苦労するだろうなあ。明日、GPSのネックレスか指輪を紹介しよっかな。確か志麻が私用に用意させるってパンフレットが家に合った筈だ。恋人でもないのに、GPSってなんでだよ。しかも、親子揃ってGPSをつけられるってどうよ。
「それじゃあ、食べよう。主菜も運ばせるから」
ここの料亭、確か高級料亭だったけ。美味しかったと思う。母さんとパパ(仮)のイチャイチャがなかったら、料理を堪能できていた筈だ。あんまり味がしなかったんだよね。
次の日の仕事は休み。夜中まで仕事をしていた私は、ちょうど良く昼前に目覚めた。夕べ、母さんはあのままパパ(仮)にお持ち帰りされ、私も誘われたけど、これは本気で遠慮しておいた。追加の仕事があったし。
「すみません、明音沙雪と申しますが、東宮組長と会えますか」
「あぁ、お話に聞いております。どうぞ」
迎えてくれたのは、パパ(仮)の右腕の篠崎さん。きれいに染められた茶髪に、エンジェルリングが出来ている。羨ましい。染めても艶が出るとか。にしても、黒スーツがこれまた似合うこと。
「凄いですね、一人で此処まで来るなんて。怖くなかったですか?」
「怖いも何もねぇ、って感じです」
「随分と肝が据わってらっしゃる。さすが」
篠崎さんは、つぃと私を一目見たあと嫌みのように言った。さすがってなんだよ。あの母にして、この娘ありだろう?
「組長、沙雪さんがお越しになりました」
「入ってくれ」
「どうぞ、沙雪さん。くれぐれも粗相のないように」
篠崎さんは、私が気に食わないようだ。まあ、篠崎さんに嫌われても痛くも痒くもないんだけど、仕事にはちょっと支障があるかなあ。いざとなれば志麻にお願いするしかないけどね。
「昨日ぶりだな」
「こんにちは、東堂さん」
「東堂さんだなんて他人行儀は止めてくれ。今日から親子なんだから」
「…はぁ、今日から親子…」
パパ、まじかよ。にっこりと笑うパパを見て、私は天井を仰ぎかけた。今日から親子ってまじかよ。ガチでヤクザの娘になっちまった。
「早速だけど、昨日の続きを良いかい?」
「…はい」
「あ、安心して。美雪は買い物に行かせてるから、聞かれることはないよ」
逆に安心できねーよ。東堂組から護衛も着いているんだろうけど、まだ芦刈が狙ってるんだっつうの。それ、知ってるのかなあ。
「えーと、そうですねぇ…何処から話しますか? 」
「それじゃあ、沙雪のことを教えてくれるかい」
「はい。明音沙雪、今年20歳です。母は明音美雪。父はロクでもないグズでしたが10年前に死んだので、割愛させていただきます。特技はパソコン関係です。ハッキングでもなんでもござれ。勿論、書類作成もお手の物ですよ。私と母さんの情報は、私が上書きしているので偽情報です」
「やっぱりか。うちの奴等にデマを掴まさせたのは、沙雪だったんだな。逆にウイルスを仕込まれたと叫んでいた」
「すみません、今は芦刈のことがあるので、特に強化してるんです。その芦刈もデマを掴まされたということで、外部か情報屋を雇っていますが、ウイルスを仕込んであるので情報は逐一入ってきます」
今なら結婚祝いに何でも教えますよと笑った。やっぱりこの人がパパとか無理だわ。怖いとかじゃなくて、恐れ多いというか。




