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トランキライザー⑤

朝起きて、見覚えのない天井で一気に目が覚めた。そして此処が特別班の屋敷だと思い出す。ドキドキと早鐘を打つ心臓は、まだ暫くは治まらない。






「一之瀬さん、ちゃんと話したかな」





冷蔵庫の中身は、昨日の夕食の時に確認済みだ。和食なら誰も文句はないと思う。ご飯は昨日のうちにセットしてあるから問題ないし、魚と玉子を焼いて、味噌汁を作って、あとほうれん草のお浸しにしよ。





身支度を済ませて、リビングルームに向かう。この屋敷の見取り図が欲しい。住人たちの部屋は三階で、仕事部屋は一階。二階はプライベート用だということは分かっている。何部屋あって、何処の部屋を使ってないとか分からない。掃除できないし。





私、家政婦する気満々だなあ。





「おはよう、瑞妃ちゃん。早起きだね」





「おはようございます、一之瀬さん。一之瀬さんも早起きですね」





「瑞妃ちゃんにお礼を言おうと思ってさ。ありがとう」





「ふふ、何のことだか。朝ご飯の時間は7時でしたよね?」





「そうだよ。でも皆、一目見たいって言ってたから、降りてくるのは早いかもね」





「あらま。あ、一之瀬さんは、コーヒーブラック派ですか?」





「うん。コーヒーも淹れれるの?」





「直也さんパシられてたので、自信ありますよ」






マズい。早く朝ご飯作りに取り掛からないと。大所帯だから、全てが業務用サイズで助かる。寸胴とかは流石に使えきれないけど。一之瀬さんにコーヒーを出して、私は魚を焼くためにグリルを出した。グリルってね、キッチンの下なのね。しゃがみこんだ訳ですよ。しゃがんだ見たかでパタパタとスリッパの音がたくさん聞こえた。





「おはよ」





「彰良さん、相変わらず早いよね」





「ねぇこれ押し掛けみたいじゃない?」





「例の新人さんはまだ来てないの?」





「ーーほらね。瑞妃ちゃん、一回手を止めて出ておいで。今日と明日は仕事休みだから朝ご飯が遅れたってかまわないよ」





口々に喋る男の人たち。揃いも揃ってイイ声してんなー。でも、立ち上がるタイミングがなくなった気がする。自分で自分の首を絞めたのかな。悶々と悩んでいたら、一之瀬さんから声がかかった。助けてくれてありがとうございますと、手を洗ってダイニングテーブルを囲うように立っている彼等と初対面を交わした。うん、天凰寺の次男坊の顔色も良さそうだ。





「神々廻瑞妃です。昨日から入らせてもらっています。挨拶が遅れてすみませんでした。拙い所が多々あるかとは思いますが、よろしくお願いいたします」





「昨日は、ありがとう。俺は天凰寺真紘。これ返すよ」





「どういたしまして。あ、あとで別のものを差し上げるんでそれまで持っていてください。そのネックレスが天凰寺さんの制御しきれてないチカラを抑えているので、外したら吹っ飛んじゃいます」





「え゛?」





ネックレスを外そうとした手が止まった。他の人たちも、動きが止まった。昨日言ってなかったから、一之瀬さんでさえも動かなくなってしまった。






「私のチカラは、チカラを無効すること。抑え込むチカラじゃありません。天凰寺さんの部屋に結界を張っていたせいで溜まっていたチカラは私が無効して、制御がままならなかったチカラの方は、そのネックレスが抑え込んでいるんです。あぁ、制御アクセサリーより頑丈なのでちょっとやそっとのことでは壊れませんよ」





「神々廻家の女性が作る制御装具はあまり知られてないからな」





「えぇ、神々廻家の制御装具は出回っている数も少ないですから」






よく知ってたなあと私は男の人を見た。輪郭に揃えて整えられた艶やかな黒髪と一目を引く紅い目。服越しから分かる鍛えられた身体。極上の男前なのだけど、さて。何処かで見たような。





「その、高いんじゃないの?」





「直也さんから頂いてますので、お気にならず」






天凰寺さんの言葉に、私はにっこり笑った。嘘は言ってない。もちろん、今着けているものは私が愛用してたものだから後で取り替えてもらうつもりだ。男の人がつけるには、少し可愛らしいデザインだから。





「直也さんが?」





「作ってやってくれと言われたので」





「良かったじゃん、真紘」





「また会ったらお礼言わないとなー」





なんとなく顔のパーツが似ている二人の男の人が、天凰寺の肩を抱いた。何だろう。この、何とも言えない感じ。一之瀬さんが抱っこしてたのも、何とも言えなかったけど。





「あ、オレは凪沙ね!」





「凪沙の兄の嵐成、よろしく」





「僕は圭人。昨日のご飯ありがとう、美味しかったよ」





双子なんだぜーと凪沙さんが笑う。嵐成さんは、少し鬱陶しそうだけど、いつものことなんだろうなあ。圭人さんはご丁寧に頭まで下げてくれた。





「晃」





よく通る低い声。その声に聞き覚えはないけど、名前が記憶を引き連れて脳内を駆け巡った。コウ。父さんが連れて帰ってきた男の子が、一時期うちに住んでいたことがある。確か私より10歳年上で、5年ぐらい住んでたからたくさん遊んでもらった記憶が、ある。





「面識があるんだって?」





「あ、はい」





「良かったね。あ、そうだ。今日の夜に直也が来るって」





直也さんが来るのか。よし、殴ろう。昨日から決めていたことだから、絶対にやってやる。夕食は直也さんの嫌いなメニューにしとこう。楽しみにしてろよ。






「ご飯作ってきますね」





「僕も手伝うよ。メニューは?」





「玉子を焼いてもらえますか?私、お味噌汁作ってるので」





「分かったよ」






圭人さんの手伝いにより、朝ご飯作りは早く終わった。美味しそうな匂いが立ち込める。いただきます、一之瀬さんの号令でそれぞれの箸が動き始めた。





「神々廻さんって、真紘と同い年なんだよね」





「はい」





「学園は?いくら直也さんの命令でも、嫌だったんじゃねーの?」





「うーん。私にとって学園は、ただの鳥籠でしたから別に嫌だったってことはないです」





「ーー学園の方が安全の筈だ。安全を蹴ってでも、出てくる必要があったのか?」





「確かに学園が一番安全でしょう。でも、直也さんに頼まれたなら断る理由はありません。それに此処は特別班の屋敷。そうそう侵入者は来ないと」





晃君の言うことも分かる。でも、あそこには私の自由はなかった。いや、そもそも私に自由は許されていない。





「僕の結界があるし、侵入者は許さないけど万が一の時は?」





「万が一は、まあ、」





「考えたこともなかったと?能天気だな」





「いや、そうではありませんよ。ただ、その万が一があった時、私に次はないので」






|予知夢を見る人や先見をする人たち《父と母、姉の友達》に、次に拐われたらりしたら確実に死ぬとまで言われてきた私である。それは学園に入る前から、ずっと言われ続けてきた。幸いにも、学園に居た時は誘拐もなかったけど。病院にも掛からないように頑張った。変な薬を処方されても困ると、お姉ちゃんに耳にタコが出来るほど言われたから、体調管理には気を使った。






「ーー覆らないままか」





「晃?」





「次に拐われたら殺される。それが瑞妃の未来だと言われている」





「ーーこんな話を朝からすると気分悪いですよね」





箸を置いて、手を合わせる。ごちそうさま。今日も美味しく出来ました。食後のお茶を出すべく立ち上がる。沈黙しかなくなり、誰も喋ろうとしない。話を吹っ掛けてきた嵐成さんは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。





「気になさらないでくださいね。私は重荷になるために来たわけじゃありませんから。そういうリスクも承知で来ましたし、多少なりと護身術を噛ってるので」





「瑞妃ちゃん…」





「まあ、住むなんて聞いてなかったんで今夜は直也さんをぶん殴るんで目を瞑っていただけたらと」





「それはもちろん、良いんだけど…」





お茶を淹れて、やっと一息つける。直也さんを殴る了解も得たことだし全力で殴ってやろーっと。





私には、偶然も幸運もない。次はないのだ。周りに助けてもらって生きてきた。だから、これから生きるには自分で足掻かなければならない。生も死も、私の努力で左右される。






死ぬのも実験体にもなりたくない。私も母さんや妹のように、幸せになるのだ。最後の神々廻家の女として。






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