【第3話】
あたしは、何となく毎日彼を見舞い、彼の部屋でネコと遊んだ。
ネコの名前は小吉と言うらしい。何となくつけた名前だそうで意味は無く、その名を呼んだからと言って駆け寄ってくるわけでもなかったが、名前の在るのもいいものだ。
小吉を膝の上で転がしながら、小さな声で名前を呼び、そう思った。
「ネコ、好きなんだな」
横のベッドで眠っていたと思った彼が、不意に呟くように言った。
「あたしの死んだネコにそっくりなの」
「そうか…… じゃぁ、俺が助かったのも、ネコのお陰かもしれないな」
「そうかもね」
あたしは遠慮なく、そう言って笑った。
「キミの部屋…… ここの通路から望遠レンズを向けている奴を見かけたんだ」
「えっ」
「ここから200ミリでも使えば、下着の模様まで写っちまうぜ」
あたしは、その言葉にぞっとした。
「俺が捕まえて、シバいてやったよ。デジカメだったから、メモリーを全て消去させた」
「ここの住人?」
「いや、違うらしいが、201号室の友人だとさ。きっと、覗けるって話を聞いて来たんだろうな」
「そう…… 有難う御座います」
あたしは、わざとかしこまって頭を下げた。
「いや、いいよ。同じカメラを扱う者として、許せなかったから。それより、礼を言うのはこっちの方さ。看病までしてもらって」
彼はそう言って微笑んで「ほんと助かったよ。ありがとう」
まだ少し青ざめた、病人の微笑みに、あたしはテレ笑いを返した。
四日目の朝、彼は病み上がりのまま、ふらつく足取りで仕事場へと出かけていった。アシスタントの下積みの分際で、長々とは休めないのだと言う。
それでも、あたしは、アパートの通路に面したガス給湯器のハッチの陰に隠してあると言う、スペアのカギのありかを教えてもらい、彼の部屋へと忍び込んでネコと戯れるのだった。
小吉は、フラフラと散歩をする時間意外、彼の部屋のベランダがお気に入りらしく、あまり通りで見かけない。だから、あたしがこうして遊びに来るのだ。
そのくせ人恋しいのか、夕方あたしが行くと、向こうから寄り添ってくる。
たぶん、お腹が空いているせいだとは思うが………
あたしは、彼の部屋で、ネコを横目に宿題をしたりして、時間を過ごす。何故かその部屋は居心地がよかった。
自分のいる空間が汚いのは嫌なので、何となく片付けをしたり、掃除をしたりもする。
「なんか、あんまりきれいになると、自分の部屋じゃないみたいで、落ち着かないな」
彼は、時々そんな事を言う。
一度、現像を頼まれていたフィルムが何処かへいったと、あたしと彼は大喧嘩をした。
「キミがやたらと片付けるから判らなくなるんだ。俺は何時も、自分が判り易い場所へ置くんだ」
「ちゃんと、整理棚があるんだから、そこへ入れればいいでしょ」
結局、その現像前のフィルムは冷蔵庫の中から見つかった。使用前のフィルムをよく冷蔵庫に保管するのだが、どうやら何かの拍子に紛れ込んだらしい。
でも、どうしてフィルムを冷蔵庫に保管するのだろう。
彼に訊いてみても、冗談混じりで
「生ものだからさ」
なんて言うだけで、ちゃんと教えてくれない。
そんなこんなで、あたしが彼の部屋に通うようになったのが梅雨入り前。
何だかんだと、もうじき梅雨は明けようとしていた。
学校が試験休みに入ると、ますます彼の部屋にいる事が多くなり、読書などをしたりして時間を過ごし、時々は、仕事から帰った彼と一緒にご飯なんかを食べたりする。
お陰で、少しだけ料理が得意になったかな………
この前、お風呂から上がってリビングの前を通った時
「千里、最近元気になったな。ネコがいなくなって、ずいぶんとしょ気てたみたいだったが」
「なんか、お向かいに住むネコの世話をしてるそうですよ」
「なんだ、ボーイフレンドでもできたのかと思った。まぁ、アイツが元気ならいいさ」
父と母がそんな事を話していた。
あたしの中では、あくまでも、ネコと遊ぶ為にあそこへ行く。特に深く考えた事は無かったけど、そうに違いないのだと思っていた。
だって、彼と初めて会った時だって、全然ときめかなかったし、腕に抱えたネコだけにしか目がいかなかったんだもの。
彼を抱えてベッドに運んだ時だって、無我夢中で力をいれて抱えるあまり、あたしの胸に彼の頭が食い込むほど押し付けられても、別に何も感じなかった。




