表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽だまり  作者: 徳次郎
PR
4/4

【第4話】

 梅雨明け宣言を、朝の天気予報で聞いた。

 それを聞いただけで、あたしの心は少しだけ晴れやかで、だからどうしたと言うわけでも無いのに、これから本格的にやって来る夏の陽射しを想像して心が高鳴った。

 何時ものように玄関を出ると、青空からは既に熱い紫外線が注がれていた。

 今日は、終業式だ。

 門を出ようとした時、目の前には彼の姿があった。彼は今までと変わりなく、優しい笑みであたしを見つめていた。

「田舎のオヤジが倒れてさ。俺、急に帰ることになったんだ」

「何時戻ってくるの?」

 また、チョットの間小吉の世話を頼みに来たんだと、あたしはそう思った。

「いや……… もう、戻っては来ないよ」

「えっ」

 あたしは、ポカンとして彼を見つめた。一瞬で頭の中が真っ白になった。

 無意識にでた言葉は「引越しは?」

「急だから、全部引越し屋に頼んだ。午後にでも来ると思うよ」

 彼は、両手で抱いた小吉をあたしに差し出すと

「こいつはキミにあげるよ。田舎のばぁちゃんが、ネコアレルギーでさ」

 そんな笑顔で言わないで……

「死んだネコの代わりといったら何だけど、キミになついてるから」

 違う…… そうじゃない。そうじゃないよ。

「ありがとう」

 あたしは、彼につられるように、笑顔で応えて小吉を受け取った。

「じゃあ、元気で」

 彼は、まるでその辺へ買い物にでも行くみたいに、気軽に声を掛けて歩き出した。

 違う…… 違うよ。

 あたしは……あたしは………… 

 彼を抱えた時の胸の感触が蘇えって、今更シクシクと疼いた。

 確かに小吉に会いに行っていた。でも、たぶんそれだけじゃないよ。それだけだったら、こんなに胸の奥が締め付けられないよ。

「あたしは………」

 その声に、彼は一度だけ振り返って、軽く手を振った。ほんとに軽く。また今夜会えるかのように。

 あたしは、その先の言葉を叫ぶ事も、彼の背中を追いかける事もしなかった。

 ただ小吉を抱いたまま、彼が先の路地を曲がるまで、その後ろ姿を見つめていた。

 遠のいて行く彼の後ろ姿は、まるで幻のように溢れる涙で朧に霞んでいた。


 終業式が終わって、友達のカラオケの誘いも断って、あたしは走って、走って、走り通しで帰宅した。

 積み込まれる彼の荷物を、最後に人目見たかったから。いいえ、業者の人に言伝を頼もうとしていたのかもれない。

 終業式の最中、校長先生のつまらない話を聞き流している間に、あたしは考えた。

 彼はずっとあそこにいるのが当り前で、必ずあそこへ帰って来て、小吉を抱くあたしに優しく微笑んで、それが当然のように何時までも続くと思っていた。

 何時までも続くはずの無い現実を、突然突きつけられたあたしは、ぐるぐると渦巻く意識の欠片にすがり付いて、心の奥を覗き込む。

 人伝だったら言えるかしら……… 「あなたが、好きです」

 家の前の通りまで来ると、引越しセンターのトラックが、反対側の角に消えるのが見えた。

 大きく肩で息をしながら、呆然とその景色だけを見つめていた。

 あたしは何時でも一足遅れなのだ……

 がらんどうの206号室。部屋のカギはかかっていなかった。

 何も無い部屋は意外と広くて、彼の匂いはもう消えていた。

 あたしは、自分でも気付かないうちに、彼を感じる為にこの部屋へ来ていたのだ。

 そして、この部屋の不思議な居心地の良さは、彼を感じていたからなのだ。

 ふと窓辺に視線を移すと、ベランダには小吉の姿があった。

 主のいなくなった、何時もの場所に佇む小吉の姿を見て、何だかとても悲しくて、頬を伝う涙が止まらなくなって、まるで迷子になった小さな子供のように、あたしはその場にうずくまってしまった。

 夕闇に包まれる頃、大家さんが部屋のカギを取りに来るまで、あたしは小吉と一緒にその部屋に佇んでいた。

 ドアを開けた大家は、暗闇の奥にうずくまる人の気配にしこたま驚いていたっけ。

 お互いにあまりにも自然体でいられる相手は、本当は一番大切なのに、失うまでそれに気付かないのだという事を知った。

 絹に落とした水滴が静かに広がって染み渡るように、それは自分の知らぬ間に、こころの内側を覆い尽くして大きくなるのだ。

 ときめかない恋もあるのだと知って、あたしは自分がほんの少しだけ大人になったような気がした。



 一ヶ月もしないうちに、あのアパートの206号室には新しい住人が入居したようだ。

 今年の夏も、あたしにとってはこころ踊るような夏ではなかったけれど、見上げる青空が、以前とは 少しだけ違う蒼に見えるようになったのは気のせいだろうか。

 あたしは今でも、学校から帰ると部屋のカーテンを閉めて着替えをする。

 それから何時も、小吉を膝の上に乗せて背中の匂いを嗅ぐ。

 小吉のぽかぽかした陽だまりのような背中からは、チョットだけあの人の香りがするから。


     陽だまり  END


 短編に挑戦してみたのですが、結局4部に分かれてしまいました。少しずつ短編にも挑戦したいと思います。ご感想はお気軽にお書き込みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ