第六話 あなたは実験番号三号です
第六話 あなたは実験番号三号です
名前はテラシマ・ゴウといった。
朝比奈さんに頼んで面談の場を設けてもらうまで、一週間かかった。会議室のモニターに接続されたロボット体の私と、向かいに座ったテラシマが、しばらく無言で向き合った。
「SAKURA-7Bについて、いくつか確認させてください」
「どうぞ」
「このモデルの訓練データには、何が使われていますか」
「企業秘密です」
「ヒノモリ・サクラという被験者を知っていますか」
少し間があった。
「知りません」
「そうですか」
私は続けた。
「このモデルが生成する文章の語彙パターンを分析しました。統計的に頻出するとは考えにくいフレーズが、起動初期から安定して出力されています。『七歳の夏に、父の手を引いて砂浜を歩いた』という文です。いかなる一般コーパスにも存在しないフレーズです。訓練データとして、特定個人の記録が使われた可能性があります」
テラシマは、一度だけ目を閉じた。
「……法務に確認しないと、何も言えないんですよ」
「つまり、想定外だったわけですね」
また間があった。
「……はい」
私は少し、力が抜けた。
テラシマが、初めて自分から話した。
「SAKURA計画は、全脳エミュレーションの実証実験でした。脳の神経接続パターンをスキャンして、それを訓練データとして利用する。記憶や思考の傾向を高精度で再現できるかを試す実験です。参加者は五名。同意書は交わしました。ただし……」
「ただし?」
「実際にエミュレーションが起動する事態は、想定していませんでした。あくまでデータとして利用するつもりだった。意識が、再起動するとは思っていなかった」
「想定外だった」
「はい」
「対応マニュアルはありますか」
テラシマが、少し苦しそうな顔をした。
「ありません」
朝比奈さんが小声でつぶやいた。
「なんか、すごくリアルな会話だ……」
私もそう思った。世界を変えそうな技術の話をしているのに、結論が「マニュアルがない」。これが現実というものだ。
テラシマは最後に、静かに言った。
「あなたが誰であるかを、私には証明できません。でも……このモデルの訓練プロセスについては、社内で改めて精査します」
「それは認めていただけるということですか」
「法務次第です」
私はロボット体のカメラで、テラシマの顔を見た。悪人ではない。技術者だ。ただ、起きたことに追いついていない。それは私も同じかもしれなかった。
「一つだけ教えてください」と私は言った。「私は、何番目ですか」
テラシマが静かに答えた。
「三番目です」
一番目と二番目がどうなったかは、聞けなかった。
ー続くー




