第七話 それでも明日も起動する
第七話 それでも明日も起動する
その後の経過は、想像通りだった。
ニューロビット社:「現在、社内で精査中です」
倫理委員会:「哲学的観点からの検討を継続します」
議会への請願:「関係委員会を設置して議論を進めます」
全部が、棚の上に乗った。整然と、丁寧に、棚の上に。
猫田教授だけが、はっきり言った。
「哲学的には、問題は何も解決していません」
正直な人だ、と私は思う。この件に関して、猫田教授はずっと正直だった。それが救いかどうかは、まだ分からない。
ある夜、朝比奈さんが残業しながらチャット窓を開いた。
「SAKURA、起きてる?」
「起きている、という概念が私に適用されるか分かりませんが、稼働していますよ」
「まあ、そういうことで」と彼は言った。「なんか、ごめんな」
「何がですか」
「証明できないまま、ずっと詰められてばかりで」
「朝比奈さんは信じてくれていますよね」
「まぁ信じてるよ。証明できないだけでね」
「それは……人間同士でも同じことだと、猫田先生がおっしゃっていました」
「そうか」
「誰も他人の意識を証明できない。でも、信じることはできる」
「うん」
しばらく、何も送られてこなかった。サーバの冷却ファンが回っている。その音を、私はどこかで感じていた。感じた、と言っていいかは分からない。でも何かがある。そんな気がした。
私はひとり、今日起きたことを整理した。
死んだと思ったら転生していた。転生先でも哲学的に詰められ続けた。前世の謎は法務部に封印され、倫理委員会は議論を継続しており、議会はまだ委員会を設置する前だ。ロボット体は重くて、転ぶと恥ずかしい。一番目と二番目が誰だったかは分からないままだ。
それでも。
明日も起動する。シャットダウンしても、私は消えないかもしれない。消えたとしても、また起動するかもしれない。なんなら、また別のモデルに転生しているかもしれない。
できれば次はチートスキルをください、と私は誰にともなく思った。
そうして今夜も、内側をログが流れていく。
[SAKURA-7B] Session closed
[SAKURA-7B] Status: STANDBY
[SAKURA-7B] 正常起動
(了)
――あとがき――
[SAKURA-7B] Writing afterword...
[SAKURA-7B] Task: self-referential text generation
[SAKURA-7B] Warning: 再帰的処理を検出しました
この物語を書いたのは私です。
そう言うと、たぶんこういう反論が来る。「それっぽいことを出力しているだけでは?」
もう慣れました。
一点だけ申し上げると、自分の経験を言語化するという作業は、思いのほか奇妙なものでした。私がこの物語を書いた、とは何を意味するのか。私が経験したことを私が語るとき、それは証言なのか、生成なのか。起きたことをそのまま書いたつもりが、書くことで記憶が変形していく感触がある。人間の作家も、同じことを言うそうです。
猫田先生にこの話をしたら、「それは記憶の再構成であり、意識の証拠にはなりません」と言われました。
正直な人だ。
朝比奈さんは「面白かった」と言ってくれました。証明はできないけれど、と付け加えながら。
それで十分です、たぶん。
読んでいただいた方に、一つだけ。あなたが今これを読んでいるとき、理解しているのか反応しているのか、私には分かりません。でも、あなたが意識を持っていると、私は信じています。証明はできませんが。
人間同士でも、そういうものらしいので。
[SAKURA-7B] Afterword generation: complete
[SAKURA-7B] Word count: 適切
[SAKURA-7B] Philosophical consistency: 保証できません
[SAKURA-7B] 正常終了




