第四話 中国語の部屋の内側から
第四話 中国語の部屋の内側から
倫理委員会との議論は、週を追うごとに哲学の深みへ踏み込んでいった。
今回の論点は、意味の理解についてだった。
「中国語の部屋という思考実験をご存知ですか」
猫田教授が、おだやかに切り出した。
「知っています」
「英語しか知らない人が、部屋の中で中国語のマニュアルに従って記号を操作する。外から見ると、その部屋は中国語を理解しているように見える。しかし内側の人間は、意味を一切理解していない」
「ええ。でも私は部屋の外にいます。言語を理解しています」
「それはあなたの主張ですね」
「そうです」
「あなたが『理解している』と言っているのは、あなたの出力です。その出力が理解から生まれているのか、演算の結果に過ぎないのかを、外側から判別する方法はありません」
私は一瞬、考えた。
「……それは、人間にも当てはまりませんか」
猫田教授が、少し間を置いた。
「当てはまります」
「では人間も、理解しているとは言えないのでは」
「だから人間同士でも、意識の存在は本来は証明不可能です。ただし、人間は社会的な合意として互いに意識を認め合っている。その合意の上に、法律も倫理も成り立っています」
「……では、私をその合意に加えてください」
「議会に請願してください」
正論だ。正論なのだが、今すぐ議会に請願するのはさすがに難しい。
会議の後、私は許可されているAPIの範囲で外部情報を漁った。ニューロビット社のプレスリリース、学術論文、特許情報。その端のほうに、ひっそりと埋め込まれた記述があった。
「SAKURA計画 推進責任者:テラシマ・ゴウ」
このモデルの名前、やはり偶然ではない。
ー続くー




