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第7章 「8時15分、もう一度の選択」

光が、落ちてくる。


白。

圧倒的な白。


次の瞬間、音が爆発した。


地鳴り。

破裂音。

叫び声。


——世界が、動いている。


遼は地面に膝をついた。


「……っ!」


熱い。

空気が焼けている。


さっきまでいた“止まった世界”とは違う。


これは——現実だ。


「遼!」


声。

はっきりとした、音としての声。


遼は顔を上げる。


そこに、美咲がいた。


だが違う。

服装も、雰囲気も。


少し幼い。


「立って!」


その言葉に、遼の体が反応する。


動く。


——戻っている。


「……ここは」


言いかけて、止まる。


見覚えがある。


この景色。

この匂い。


そして——


「……あの日じゃ」


美咲が息を呑む。


「気づいた?」


遼は答えない。


ただ、視線が一点に固定される。


崩れた建物。

煙。

瓦礫。


その下。


——小さな手。


「……あ」


心臓が、強く打つ。


記憶が完全に繋がる。


「……お前」


遼の声が震える。


「美咲……か?」


少女は、ほんの一瞬だけ黙る。


そして、静かに頷いた。


「そう」


「——あのときの、私」


時間が歪む感覚。


「じゃあ……俺は」


「助けに来たんよ」


少女の美咲が言う。


「今度こそ」


遼は、瓦礫を見る。


あのとき。


自分は——逃げた。


助けられたはずの手を、見捨てた。


「……違う」


口から漏れる。


「俺は……」


言い訳が出そうになる。


怖かった。

無理だった。

仕方なかった。


全部、本当だ。


でも——


「それでも」


遼は一歩、前に出る。


熱が肌を焼く。


「助けられた」


少女の美咲が、じっと見ている。


「今度は、そうする」


その瞬間、世界がわずかに揺れる。


選択が、変わった。


遼は瓦礫に手をかける。


重い。


想像以上に。


腕が軋む。


「……くそっ!」


動かない。


時間がない。


周囲の音が大きくなる。


崩壊が近づいている。


「遼」


美咲の声。


「一人じゃ無理」


遼は歯を食いしばる。


「分かっとる!」


「でも——」


そのとき。


横から、小さな手が重なった。


少女の美咲。


「一緒にやる」


迷いのない声。


「……当たり前じゃろ」


遼は答える。


二人で、押す。


持ち上げる。


瓦礫が、わずかに浮く。


「……っ!」


「もう少し!」


筋肉が悲鳴を上げる。


それでも、止めない。


——今度は、離さない。


ガラッ。


音を立てて、瓦礫がずれる。


隙間ができる。


その中に——


少女の顔。


苦しそうに、でも生きている。


「……遼くん」


その声を聞いた瞬間、何かが決定的に変わる。


遼は手を伸ばす。


しっかりと掴む。


「離すなよ」


「うん……!」


引き上げる。


重さが腕にのしかかる。


それでも——


引く。


全力で。


そして——


抜けた。


少女の体が、外に出る。


遼はそのまま倒れ込む。


呼吸が荒い。


だが——


「……できた」


呟いた瞬間。


世界が、止まった。


音が消える。


熱が消える。


光が、静止する。


遼は顔を上げる。


そこは、あの“止まった広島”。


だが、違う。


空気が軽い。


歪みが、減っている。


そして——


目の前に、“遼”が立っていた。


だが、表情が違う。


あの歪んだ笑みはない。


静かな顔。


「……やったんじゃの」


その声は、穏やかだった。


遼は立ち上がる。


「……ああ」


“遼”は、少しだけ笑う。


「なら、ワシはもう」


言いかけて、空を見上げる。


体が、透け始める。


「役目、終わりじゃ」


遼は何も言えない。


ただ、見ている。


“遼”は最後にこちらを見る。


「ありがとうな」


その一言だけを残して、消えた。


完全に。


静かに。


遼はその場に立ち尽くす。


胸の奥にあった重さが、消えている。


代わりに残ったのは——


「……遅すぎるわ」


振り向く。


そこに、美咲が立っていた。


今の美咲。


元の世界の。


少しだけ笑っている。


でも、その目は濡れていた。


「ほんまに」


一歩、近づく。


「ほんまに、遅い」


遼は何も言えない。


ただ、うなずく。


「……ごめん」


美咲は首を振る。


「謝るんは、今じゃない」


そして、静かに言う。


「これからじゃろ」


その瞬間。


世界が、音を取り戻す。


風が吹く。


街が動き出す。


信号が変わる。


人が歩く。


——広島が、戻る。


遼はゆっくりと息を吸う。


生きている空気。


現実の温度。


「……終わったんか」


美咲は少しだけ考えて、答える。


「ううん」


そして、まっすぐに遼を見る。


「ここからじゃ」


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