32 勢いで入っちまったものの
そして、時は数日前に遡る。
「で、勢いで入っちまったものの……これからどうすりゃいいんだ?」
放課後、多目的資料室の椅子に俺達三人が机越しそれぞれ座っている。俺が窓をバックに、そして佐倉と柊が向かい合うような形だ。
よし、いったん話を整理しよう。俺は担任の山城の命で、テスト、および二人の試験の日までこの多目的資料室でこいつらに日本語を教えていた。そして、それぞれ試験を乗り越えてこの放課後も終わりなはずだった。
それなのに――なぜか今、俺たちは異文化研究部なるものを作ってしまっている。
……どうしてこうなった。
「どうするって?」
「活動内容だよ。異文化研究部って言われても、何するかすぐにピンとこないだろ?」
「くるよー! ほら、活動内容、書いてあるじゃん!」
「『日本の言語や文化と、イタリアをはじめとする他国の文化を研究することを目的とする』と、言われてもな……、具体的に何をするんだ?」
俺の問いに佐倉はタジタジになりながら答える。
「えーっと、それは……ほ、ほら! 今までみたいに、双葉が日本語教えてー、あたしたちはイタリアのこと教えて、みたいな?」
『合ってるけど、それだと双葉君が先生みたいになっちゃうね……?』
「そうだそうだ。あ、先生と言えば……顧問ってやっぱり、山城がやるんだよな?」
俺は答えを聞きたくないと思いながらも、おそるおそる質問する。
「うん!」
「いったい、どうしてそんなことになったんだよ……」
あいつなら、そんなもん絶対「めんどくさい」って言って引き受けそうにないが……。
「セレナと二人でさ、このまま放課後が終わっちゃうの寂しいねーって話してたとこに、山城先生が『それなら、部活でも作るか?』って、提案してくれたの!」
『あと、なにか小声で呟いていた気がするんだけど、聞こえなかったんだよね……』
あの野郎、本当に何してくれてんだ……?
「部活ってぐらいだから、前みたいにやみくもに勉強するわけじゃないだろうが……。そもそも異文化研究ってなんだ?」
そう、今は前のように、目の前にテストがあるワケではない。こいつらの日本語に対する課題はまだ山みたいにあるだろうが、それらに対してガリガリ勉強するためだけの部活とも思えない。
それに、異文化研究部なんて、野球部、バスケ部、吹奏楽部、バレー部、サッカー部のように、どこの学校にもあるような部活ではないだろう。ましてや、その後に続くような部活になれる気なんてしない。
「前言ったじゃん! ほら、お互いの文化を教え合うみたいな話。あんな感じじゃない?」
「あー、そういえばあったな。そんな話……」
『うん。私もあの時話した異文化交流に近いものなのかなって思う』
柊はそうにこやかに頷いて佐倉に同意する。そしてホワイトボードに続きを書いたかと思うと、それを再び俺たちに見せる。
『それで、日本のこととイタリアのことを教え合って、異文化への理解を深め、世界への視野を広げよりよい――』
「創設理念みたいになってるぞ柊」
『よく分かったね双葉君! 本当に創設理念だよっ』
「そんなもん本当にあったのかよ……」
きらりと瞳を輝かせながら頷く柊。なんというか、真面目すぎるな?
そう俺が、異文化研究の意味に頭を捻らせていると、部屋のドアが開く音がした。
「おー。やってるなー」
山城がガラガラとドアを引いて、部屋に入ってくる。
「『やってるなー』じゃないだろ! これはどういうことだ!」
「初霜。教師への口の利き方がなってないぞー」
「だめじゃん双葉ー。先生泣いちゃうよ?」
『目上の人には敬意を持って接さなきゃ、だよ?』
「そんなの気にしてる場合じゃねぇ! 俺、ちゃんと言いましたよね!? 『まともな教師をつけてやってほしい』って!」
「そうだな」
「それなのに、こんな部活作らせるなんておかしくないか!?」
「おかしい、ねぇ……。なぁ、そもそもお前の言うまともな教師ってなんだ?」
「え、それは教える技術が高くて、どんな質問にでも答えられる、優秀な人……じゃないですか?」
どうしてこいつは、何を当たり前のことを答えさせているのだろうか。不思議でしょうがない。
「……そうか」
「ち、違うんですか?」
「それは後で、鍵を帰す時にでも答えてやるよ」
「は、はあ……」
ここまで言って続きは後でなんて、そこまでしてこいつらに聞かれない方がいい内容なのだろうか……?
「まあ初霜のどうでもいい疑問はひとまず置いておいて」
「置いておくな!」
「そうだよ先生! 双葉からどうでもいいことをとったら何も残らないじゃん!」
『淹れ終わったコーヒー豆、いや、日本だと茶殻みたいな感じかな……?』
「……お前らって時々、鬼畜だよな」
フォローどころか、追い討ちをかけられているんだが。
「……で、なんで部活なんて提案したんだ?」
山城が真面目な教師ではないことを、重々承知している俺は訝しげな視線をこいつに向けながらそう問いかける。
「別に、変なことは考えていないぞ? 健全で学生らしい異文化交流の推進により、学生生活の充実を図ってほしいと思ったまでだ」
「本音は?」
「部活の顧問のノルマを、楽してクリアできてラッキー」
「やっぱり酷いな!」
「……はっ! 思わず話してしまったじゃないか! 初霜、恐ろしいやつ……」
「お前が一番恐ろしいわ!」
馬鹿かこいつは。そして山城はなんてことないように言葉を続ける。
「あーそうそう。あと現状お前らは、同好会って立ち位置だからな」
「「え?」」
その爆弾発言を聞いて、俺と佐倉の声がハモり、柊は首を傾げる。
「校則にあるだろ? ほら。第42条、部活動において部員が五名に満たない場合、その団体は部活と認めず、同好会とする」
「どーこーかい?」
『「同好会」って書いて、何かしらの事情で「部活」と承認されない集団のことだよ』
「厳密……正しくは、部活として認められないってことだな」
「? それって何が違うの?」
『部費とか、部費とか、部費とか……?』
「……柊、思ったよりがめついな?」
つい出てしまった俺のツッコミを否定するべく、ブンブンと慌てて首を振る柊。
『ち、違うよ! 思い当たることが、それしか無かっただけで……』
「まあ、柊の答えでおおよそ合っているからな。予算と、学校の認可があるかどうか……いわば、周りからの目の違いだな。一般的に同好会は、部活より格下に見られるな」
山城が柊の発言をフォローしつつ、説明を入れる。
「周りからの目、か」
俺の口から、ぽつりと言葉が漏れる。
このままこいつらと活動を続けるなら、また周りからの目を気にする日々の始まりなわけで。女王様のように、それをよく思わない奴も絶対にいるだろう。まああいつは、悪い奴じゃないから放っておいてくれてるが、他の人間に見つかったらどうなるか分からない。
それならむしろ、部員を集めて部活にするのではなく、同好会として目立たずひっそりとしていればいいのではないだろうか。そうすれば、周りから気づかれることなく平穏に――
「えー! そんなの悲しーい! 絶対イヤ!」
過ごせるはず、なんだが……どうやら納得いかないやつがいたようだ。
『そ、そうかな? 別に私たち、すごく派手な活動をする訳じゃないと思うし、このまま同好会でもいいんじゃないかな……?』
俺と真反対の考えの佐倉、同じ考えの柊がそれぞれ意見を上げた。
「けど、予算とかそういうのより……せっかく作ったものを周りに認めてもらえないなんて、寂しくない?」
佐倉のその一言を聞いて、柊が目を見開く。認めて欲しいのに、認めてもらえない寂しさを誰よりも知っている。
『確かに、そうかも……』
「だよね? 五人だから……あと二人、集めればいいんだよね?」
「そうだ。あと一ヶ月以内に集めてこられたら、部活動として承認できる」
「じゃあ、あたし達は凛花ちゃん誘ってくるから、双葉は若葉君を誘ってよ!」
「え」
佐倉のその発言に、俺と柊の表情が固まる。
「な、何、二人とも?」
「だってあの二人……あ、相性最悪だろ」
少なくとも表面上は。片方の内心がどうとかは知らないぞ。なんせ俺は鈍感だからな。
『水と油、親の仇、不倶戴天……?』
「だんだん不穏になってるな⁉」
「セレナの言葉難しすぎー! でも、大丈夫だよ! だってあの二人……やっぱり本当は相性いいと思うんだよねっ。とにかく、あたしに任せて!」
そう右手で胸をどん、と叩きながら自信満々に答える佐倉。いったいこいつのこの自信はどこからやってくるのだろうか。なんだか少しだけ、ほんの少しだけ羨ましくなってしまった。
部活の並び順分かる人いるかな。




