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30 俺の静かで平穏な日常は

 

 女王様の重すぎる秘密を知ってしまった放課後。


 俺は職員室で山城(やましろ)に、今回の結果を報告していた。佐倉が全教科赤点を免れたこと、そして柊は話せなかったものの,、じいさんを説得することができ、結果的に日本に残ることができたことを。……うん、成果としては上々だろう。まあ俺ではなく、あいつらの努力の結果だがな。

 そして、それに加えて俺は山城に伝えるべきことがあった。


「……山城先生、話しておきたいことがあるんですけど」


「おう。なんだ?」


「あの二人の成長が極端な理由についてです。俺なりにこの一ヶ月考えて、なんとなく答えが出たので」


「ほう。いいぞ、話してみろ」


「……では、まず佐倉(さくら)についてから話します。あいつは、元来おしゃべり好きで、要領が良いタイプです。だから生活言語能力、別名遊び場の言語を早く習得できたんだと思います。で、読み書きは母語でも大の苦手としていたので、もちろん日本語でも中々伸びず今の現状があるんだと考えました」


「ふーむ……。悪くない考えだな。それで、柊は?」


(ひいらぎ)は正直……理論上だと話せてもいいはずだとは思うんです。だって、あいつは読み書きの能力がネイティブなりに優れている。つまり、生活言語能力どころかそれより難しい学習言語能力を身に着けているはずなのに、話せないことは俺にも不思議なんです」


「じゃあ、柊の理由は分からなかったということか?」


「いや、なんとなくであれば。この一ヶ月あいつと勉強して分かったのは――極度の人見知り母国語でも話すのが苦手なやつだってことです。結局は慣れの問題かと」


「はっはっはっ。まるで匙を投げたみたいな言いぐさじゃないか」


 山城は、そう声を出して笑って手を叩く。


「だけどあいつはすっげぇ頑張り屋なんで、普通に日常生活でゆっくり学んで、勉強するなら、ちゃんとした教師に教えてもらえば会話にもすぐ慣れると思います」


「……ほう」


「佐倉は、ちょっと勉強は苦手ですぐ投げ出しがちなところがあるけど、面白そうなことにすぐ飛びつく好奇心とか、どんなことも前向きに捉える明るさがあります。それは、これからも日本語を学ぶうえでの良い武器になるはずです。なので次からは素人の俺なんかじゃなくて、あいつらにまともな教師をつけてやってほしいんです」


「……なるほどな。意外と一ヶ月間、いい先生をしてたみたいじゃないか」


「……山城先生、話聞いてました? いい先生ができなかったのでフォローしてやってくださいって言ってるんですけど……」


「あー、分かった分かった。……で、あいつらはこの一ヶ月間で成長できたと思うか?」


 投げやりに返答したと思ったら、今度は一転して真剣な顔で質問を投げかけてくる。その変わりように若干驚いたが、答えなんて、とっくに分かり切っている。


「はい。思います」


「じゃあ、十分じゃないか。お前も一ヶ月間、よくやったぞ」


「……ありがとうございます。でもあいつらのこと、これからはちゃんと見てやってくださいね」


「おうよ。ちゃんとした教師をつけてやるよ」 


 そして会釈をして、職員室を出ようと背を向ける。あれ、でも何かを忘れているような……?


「あー初霜(はつしも)、……内申はいいのか?」


「それだ! 忘れないでくださいよ!」


 おずおずと付け加える山城に、慌てて振り向いて念を押す。危ねえ、脅されて始めたボランティアに対する内申点でも、もらえるもんはもらっとかないとな……。



――



 これでこの忙しない日々も終わりだな……。やっと今まで通りの何気ない日常に戻れる、という安心感に浸る。この一ヶ月と少しの間は、本当に毎日が慌ただしかった。放課後はもちろん、休日だって山城に借りた本を読んだし、あいつらにとってより楽しく学べるかどうか教え方を考えた。気がつけば多くの時間あいつらのことを考えていた。


 だが、二人はそれぞれの困難を乗り越えたから俺も用済み。この日々も終わりだ。

 前と同じ生活に戻るだけだ。家に帰って料理の研究をしたり、若葉と寄り道したり、たまには勉強だってしなきゃいけないだろう。そんな、変わらない毎日が俺を待ってるんだ。元より、騒がしい日々は俺の性に合ってないしな。


 ……って、そんなことを思ってる間になんで気づいたら俺は多目的資料室の前に来ているんだろうな。テスト期間の間は、ここに来なかったはずだし、鍵だって借りてないのに。

 らしくない。どうやらこの一ヶ月でここまでの動線が染みついてしまっていたらしい。


 そんな自分を払拭するべく踵を返すと、


双葉(ふたば)ー!!」


「……ふ、双葉君っ」


 真後ろから、もはや聞き慣れてしまった二つの声が聞こえてきた。その声に、驚くより先にほっとしてしまった自分がいて、なんだか悔しい。振り返ると、佐倉はいつものように手を振っていて、柊はその横で照れくさそうな顔をしていた。


「なんだよいきなりお前ら。もう放課後に教えるのは終わっただろ?」


「双葉こそ来てるじゃんっ。まあそれはいいとして、日本って放課後学校で集まる……部活っていう集団があるんでしょ?」


「あるな」


 そういえば、イタリアでは部活はないらしいな。だから放課後は学外で名の通りの課外活動をするとか。


「それ、セレナと作ってきたから! 双葉も入部すること!」


「……は?」


『先生と、相談した……』


「いや、何の部活を作ったんだよ。しかもなんで俺が入る予定なんだよ」


「えーっと……ほら、これ! 異文化研究部! 内容は……読めないから自分で読んで!」


 そう言って、部活名と活動内容を記した薄い紙を俺の目の前に突き出してくる佐倉。


「日本の言語や文化と、イタリアをはじめとする他国の文化を研究することを目的とする……?」


『ひらたく言うと、双葉君が私たちに日本のことを教えて、私たちが双葉君にイタリアのことを教えるってことだよ』


「いやいや、俺が教えるのはテストまでって話だっただろ」


「でも、まだまだ言葉もこの国のことも分からないことだらけだしさっ」


『うん。私たち、言葉だけじゃなくて日本のこと、もっと知りたいんだ』


「じゃあ他の優秀な人間を探し……」


「だから、そういう人忙しいって先生言ってたじゃん。暇なのは双葉ぐらいなの。あーゆーおーけー?」


「俺だって別に暇ってわけじゃ……」


「ふーん……?」


 右手から、ジト目で見てくる佐倉。


『部活、嫌だった……?』


 左手から、か細い手でホワイトボードを握りしめ上目遣いで見てくる柊。


 じり、と左右から二人の距離が詰まってきて、逃げ場がない。視線も、空気も、全部がこっちに向いていて――心なしかいい匂いもするし……じゃなくて。

 ……ああ、くそ。こんなの、断れるやついるのか?

 両側から迫ってくるプレッシャーに耐えかねて、俺は白旗を挙げた。


「うっ……分かったよ! 入ればいいんだろ。入ってやるよ!」


「もー、双葉ってやっぱり素直じゃないよね」


『部活、憧れてたから嬉しい……』


「あ、あとそれと山城先生から伝言預かってたんだけど……なんだっけ? セレナ、覚えてる?」


『リリーったら……えっとね、確か「素人だからって逃げるんじゃない。乗りかかった船だろ? お前も一緒に成長してこい」』


 あんのやろ……。本当に食えないところある教師だな。

 ……どうやら、俺の静かで平穏な日常はもう少し先になりそうだ。



ひとまず一区切り。もう少し続きます。たぶん。

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