29 佐倉の結果と、あいつの秘密と
柊の本番の結果、およびコワモテじいさんが実は孫バカだったことが発覚した日の翌日。
俺たちの教室では、今日からテスト返しが始まろうとしていた。一時限目は、よりにもよって佐倉の鬼門である国語。本人でもないのに、こっちまで妙にそわそわしてしまう。
そして答案の返却が始まり、いよいよ佐倉の番が来た。緊張した面持ちで教卓へ向かった佐倉は、受け取った紙をおそるおそる確認する。……だめだ、表情がまったく読めない。
まさか、と思った次の瞬間。佐倉はくるりとこちらを向き、満面の笑みでVサインを作った。
なんだ、驚かせんなよ。ま、ひとまず国語は切り抜けられたんだな。このまま他も同じ調子だといいが……。
――
佐倉の結果も直接集まってから報告してもらおう、という話になっていて、再び昼休みに中庭で待ち合わせをしていた。
「……俺が一番乗りか」
昼休みが始まって直行しただけなのだが、なんか一番楽しみに思っていたみたいで、ちょっと釈然としないような……いや、やっぱり認めるか。
そしてベンチに座って待っていると、少ししてから佐倉が駆け寄ってきた。
「双葉ー!」
「おう」
「ねえ聞いて! ねえねえねえ!」
俺の顔を見るなりそう伝える佐倉はやたらテンションが高い。ああ、きっとこれなら――けど、その前に。
「ちょっと待て」
「なんで?」
「柊がまだ来てないだろ」
「え、今双葉の真横にいるじゃん」
「は? そんなワケ……って、ホントに居るじゃねぇか⁉」
ベンチの隣を見ると、柊がちょこん、と座っていた。気配をまったく感じなかったぜ。末恐ろしい子……。
「ご、ごめん……」
『双葉君。一人で微笑んでたから、邪魔しちゃ悪いかなって……』
え、俺笑ってたのか……? 自分でも気づかなかった自分を指摘されて、ほんのり恥ずかしくなる。
「わ、笑ってたのは……気のせいだろ。それより、佐倉。結果はどうだったんだよ」
「ふっふっふー……」
三人揃ったということで結果を促し始めた俺に、佐倉はにやにやと笑いながらもったいぶる。
「全部! 赤点じゃなかった!!」
「……おお、やったな」
『リリー! おめでとう!』
両手を突き上げ、喜びの色を全面に押し出しながらそう告げる佐倉。来た時のテンションから予想はしていたが、やっぱり嬉しい報告で本当によかった。
「うん! ありがとう、二人のおかげだよ!」
「それだけじゃない。お前の努力が一番、報われたんだよ」
「……うん! あたし、頑張った!」
そう言うと、佐倉は自分を誇るように満面の笑顔を見せた。その笑顔は今までで見た中で一番誇らしげで、彼女の中でも一つの壁を超えたということがよく伝わってくる。
……二人とも、本当に試験を乗り越えられたんだな。そのことが、なぜか自分のことのようにうれしく思えた。
――
「自販使うのなんていつぶりだろ……」
佐倉の結果を聞いて解散し、人気のない廊下をぺたぺたと歩きながら呟く。水筒忘れるなんて、我ながら自分らしくなくて釈然としない。だが、背に腹は変えられない。ああ、低温調理貯金が遠のく……。
「…………なんで……」
ん? 通りがかった空き教室前から本当に小さな音だが、誰かの声が聞こえたような。誰かいるのか……? そ〜っと物音を立てないように近づき、耳をすませる。
「あ~、もう、なんで私ってこう強がっちゃうんだろう……」
この声……女子だよな。それでいてものすごく聞き覚えがあるような。だが、俺の脳内はその答えを拒否している……気がする。
「本当は、本当はこんなんじゃないのに……」
頼む、もうこれ以上なにか言わないでくれ。じゃなくて、俺がここを立ち去ればいいのか。けど不思議と動けねえ。なぜだ。
「どうしたら、若――」
ガタッ。身体のバランスを崩してしまい、扉にぶつかって音をたててしまう。 やべっ。すぐ逃げないと見つか――
ガラッ。そう考えてる間に、扉が勢いよく開けられた。開けた主、つまり中にいたやつが、鋭い眼光で俺を射抜く。あ、これ捕まったら殺される……。
「…………あ。えーっと……な、何も見てねえから。それじゃ!」
「み~た~わ~ね~~~~~!?」
鬼のような形相で叫んだのは、やはり俺の想像した通り萩谷凛花こと女王様その人だった。
「い、いやだから見て……ハイ見ましたサーセン」
「ああ……よりにもよって初霜に……最悪……」
顔を真っ赤にして恥じる萩谷。俺は彼女に首根っこを掴まれ、そのまま教室の中へ引きずり込まれる。
「そ、その……なんといえばいいか……お前、そのキャラ作ってたのか?」
「そ、そんなことないわ! 私は男が嫌いで、毅然としていて……強がってなんか、いないわよ!」
「その言い方、自分で墓穴掘ってるようにしか見えないんだが……」
「はぁ⁉」
鋭い声でそう叫び、再び怒りをあらわにする萩谷。その姿は確かに迫力がある。だが、柊のじいさんと一対一でやりあった後では、仮面の剥がれかけている女王様が幾分かマシに見える。
「それに、その若……あー、某駄犬のこと、嫌ってるんじゃなかったのか?」
「き、嫌いよ! 嫌い! くだらない話をして笑う姿とか、私だけに見せるツンとした表情とか、色々挑戦する癖に失敗して、それでも爽やかに笑って流すところとか、全部大っ嫌い!」
……これってもう、一種の告白にしか思えないのは俺だけだろうか?
「お前、素直になれなさすぎだろ」
「だからそんなんじゃないわよ!」
なんというか、悪いやつじゃないとは思うがこいつ……思ったより不器用だったんだな。
「とにかく、このことを誰かに言ったら……分かるわね?」
萩谷はそう、冷血と言われるだけある程の凍てついた視線で俺を睨んでくる。
「わ、分かったよ……。あ、でも……」
「でも、なによ」
「その……あいつと、このままでいいのか?」
「べ、別に関係ないでしょ」
「確かにそうだな」
でも、なんとなくこいつの素直になれないところは、なぜか俺にも分かる気がするというか……。
「……なのに、あんたは何なのよ」
「は?」
ぽつりと落ちたその声に、思わず聞き返す。
「平凡みたいな顔してあいつのそばにいて、あげく佐倉さんや柊さんまであんたの周りにいるじゃない。……見てるこっちからしたら、意味が分からないわよ」
「そんなこと俺に言われても……」
「分かってるわよ。八つ当たりだってことぐらい」
萩谷はそう言って、ふいと顔を逸らした。
「……でも、あんたってずるいのよ。無関心みたいな顔して、結局ちゃんと見てるじゃない。見てるくせに、何でもないみたいな顔して受け取ってる」
「……」
その萩谷の言葉に、何も言い返せなかった。
若葉のことも、佐倉のことも、柊のことも。俺は“たまたま巻き込まれただけ”みたいな顔をしていたのかもしれない。けど、本当は――
「……悪かったな」
「別に、謝ってほしいわけじゃないわ」
萩谷は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を落とす。
「ただ……そのまま鈍いままなのも、なんか癪なのよ」
「鈍いって言われても、なぁ……。というか正直、俺より若葉の方が鈍いと思うぞ?」
「そういう意味ではなくて、いや、あいつが鈍くても困るんだけど……」
言いかけたところで、再び自分で深い墓穴を掘り返したことに気づいた萩谷は、再び顔を真っ赤にする。
「…………っ! 今の無し! とにかく、初霜は今聞いたことに知らぬ存ぜぬを通すこと! 誰かに言ったら承知しないから!」
女王様はそう叫び、ダッシュで空き教室を後にした。おうおう、忙しいやつだな……。
……見てるくせに、何でもないみたいな顔をしてる――か。あいつは八つ当たりだと言っていたが、あながち間違ってもない気がした。
っと、そんなことを考えている場合じゃない。早く飲み物買いに行かねえと……。




