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27 柊のパーティ


 テストも終わり、やっと一安心――と言いたいが、俺たちはまだ安心しきれずにいた。なぜなら、まだもう一つのテスト、(ひいらぎ)のパーティを終えてないからである。


「セレナ、今日一人でへーき?」


「だ、大丈夫だよっ。頑張ってくるね」


 テストの最終日の翌日であり柊のパーティ当日である今日。10分休みにロッカーから教科書を取る時、ふとロッカーの席の近くにいる柊と佐倉(さくら)の会話が耳に入る。あー、俺も励ましてやりたいが……そう思いちらりと二人の方向を見ると、ばっちり柊と目が合ってしまった。……流石にここで無視するのは、あれか。そして、俺はこっそりと彼女に向かって親指を立てた。それに気づいた柊は顔をパッと明るくし、いつものホワイトボードを握ろうとして――手を止め、代わりにスマートフォンを手に取る。


『ありがとう。頑張るねっ』


 そうメッセージを送ってきた柊に、俺はその場で笑みを返す。その俺たちの様子に気づいた佐倉が、どこかにやにやした表情を見てきているのはなんだか釈然としない。だが……今日、本当に上手くいくといいな、柊。けれど、そう思いながら自分ができることはもうないことに歯がゆさを覚える。ああ、くそ……。


 ピロンピロンピロン。


 そこで、俺のスマホが鳴りだした。ん、佐倉? 不思議に思って彼女の方を見ると、廊下に行って電話に出ろとでもいうかのように、手を払うジェスチャーをしていた。


『なんだよ、いきなり電話なんて』


『だって喋る方が楽なんだからしょうがないじゃんっ。教室じゃ話しかけちゃダメなんでしょ?』


『まあそうなんだが。……で? 何か言いたいことあんのか?』


『そうそう! 双葉(ふたば)、放課後セレナの後、こっそりついて行こ?』


『は?』


 唐突な佐倉の提案に、処理が追いつかず思わず聞き返す。


『だーかーら、セレナの後、こっそりついて行こ?』


『なんでナチュラルにストーキングすんだよ……。ほれに俺はともかく、お前は素直に一緒に帰って励ましてやった方がいいんじゃないか?』


『そうしたいのは山々だけど、セレナはあたしを心配させないように「一人で大丈夫」って逆に気を使わせちゃうと思うの』


『あー……それは、確かに柊らしいな』


『でしょ? でも心配だから、ついて行くの。あーけど、双葉が「人目が~」とかいちいちうるさいから、どうしよ……』


『そんなら大人しく尾行は辞めようぜ……』


 尾行はプライバシーの侵害、ダメ、絶対。


『それは無いっ。あ、それなら学校付近まではそれぞれセレナを追いかけて、学校から離れた途中の道から合流ってことで、どう?』


『えー……』


『うん、決定ねー! それじゃねっ』


 そしてぷつっと電話を切る佐倉。なんだかこいつには毎回言いくるめられている気がするんだが……まあいいか。俺も柊のことは気にかかっていたしな。


――


 そして放課後。一人で帰る柊の後をつけるのだが――


「うぅ、セレナ〜大丈夫かなぁー……」 


 佐倉の尾行が下手すぎる。そんなに声を上げてよく本人に気づかれないな。ほら、周りの人に怪訝な顔で見られてるぞ……。

 今は校門を出た通学路の曲がり角に差し掛かるところで、柊の後ろの電信柱に佐倉、その後ろの柱に俺という状況だ。現在柊は俺たちに気づく様子は無いが、正直いつバレてもおかしくないと思う。

 ……まぁ、もう学校は離れたし、いいか。


「おい、不審者」


「へ!?……なんだぁ、双葉かぁ」


 不審者……もとい佐倉に声をかけると、一瞬驚いた後、安心したような笑みを見せる。


「大声を上げるなよ。バレるだろ」


「双葉がびっくりさせるのが悪いんじゃんっ」


「へいへい。ほら、後追いかけるぞ」


「はーい」


 角を曲がり、柊に見つからないぐらいに距離を取りつつ、小声で佐倉と話す。


「ところで、こうして柊の心配をしているが……お前はテストの方、大丈夫そうか?」


「あたしはなんとか……赤点は免れたと思う!」


「お、手応えあったのか」


「うん! おかげさまで!」


 そう佐倉は満面の笑みを浮かべる。……色々あったが、よかったな。


 そうこうしているうちに、柊が自宅の前に到着する。彼女は家の前で深呼吸をしたかと思うと、意を決したような表情で敷地に一歩踏み出して行った。だがその背中はどこか――寂しそうにも見えた。


「お、柊が家に着いたぞ」


 ま、これで明日の報告を待って、俺はお役御免ってところか。そう彼女の家に背を向けようとしたところ――


「え、双葉、中まで着いて行かないつもりだったの?」


 きょとん、と目を丸くする佐倉。


「は? そりゃそうだろ。あいつが一人で行くって言ってるし、そもそも俺たちは参加出来ないだろ?」


「この場合の『一人で行く』は着いてきて! って言ってるようなものじゃん! 乙女心が分かってないな~双葉」


 そ、そういうものなのか……?


「でも、パーティ用の服とか持ってきて……」


 そこまで言いかけて、言葉が止まる。

 ……あんな背中を見ておいて、本当に帰っていいのだろうか。


「いや……行くか」


「え?」


「行くんだろ? 柊のパーティ」


「……うん! そうこなくっちゃ!」


 待ってましたと言わんばかりに、明るい笑みを見せる佐倉。


「けど服が無いのは事実だから、今から帰って――」


「あれ? 双葉くん?……と、お友達かしら? こんなところでどうしたの?」


 二人で柊の家の前でそう話していたら、柊のおばあさんことマリアさんがそこに通りがかった。


「こ、こんにちは。あー、いやーその……」


「あ! 私、セレナと同じクラスのリリアーナって言います! あの、今日セレナがおじいさんのテストを受ける大事な日だって聞いて……応援したくて来ちゃったんですけど……」


 元気よくマリアさんに挨拶し、事情を説明する佐倉。


「ああ! あなたが同じ帰国子女のリリーちゃんね! 可愛いわね~! 分かったわ。そういうことならいらっしゃいな。お洋服も貸してあげるから」


 俺にしか見えないよう「やったね!」と言いたげに親指を上に向ける佐倉。本当にこいつは運がいいやつだな……。


 なんだか訳の分からない間に、広すぎる駐車場を通り、家というよりは、屋敷というにふさわしい建物の裏口に通される。


「お、おじゃましまーす……」


「わぁ〜広〜い! お姫様のお屋敷みたい!」


「ふふふ、ありがとう。迷子にならないよう着いてきてね」


「はい!」


 そしてマリアさんの後に続いて、長い長い廊下を歩くこと数分。


「ここが衣装部屋よ〜」


 着いた先にはつやつやとした黄金色のあしらいがされている高級そうなドア。それをマリアさんが慣れた手つきで開く。


「わぁ…………」


「おぉ…………」


 扉の先には、部屋中にずらりと高級そうなサテンの生地のドレスや、かっちりとしたタキシード等の衣装が並んでいて、テレビや映画でしか見たことがないような部屋に思わず感嘆の声が出てしまう。


「ふふふ。そうだ! せっかくだから、私に見繕わせて頂戴な。二人とも若いからどの衣装も映えそうだわぁ」


 きらびやかな衣装の前で、マリアさんが佐倉にあれこれとあてがいながら悩んでいる。


「あぁ〜ん。それも、これも、可愛いわぁ。うーん、この二つなら、リリーちゃんはどっちがいいと思う?」


「うーん……こっち、かな?」


「分かったわ。着るの難しいだろうから、私も手伝うわね」


「ありがとうございます。あ、双葉は外で待っててねっ」


「お、おう……」


 ザ・女の子な空気から追い出される俺。あ、俺の服……まあ、それは後でいいか。


「あっ、ちょっと……マリアさん……!」


 佐倉の声と、衣擦れの音がドア越しにうっすらと聞こえてなんというか……俺、ここに居ていいのか? そうなんとも言えない居心地の悪さを感じながら佐倉の着替えが終わるのを待つ。


「双葉くーん、入っていいわよー」


「は、はーい。……っ」


「ど、どう? 似合ってるかな?」


「お、おう。悪くないんじゃ、ねえの……」


 カクテルドレスっていうんだっけか、Aラインのそれが彼女の女性らしいラインを引き立てていて、なんとも愛らしい。佐倉の名前に乗じたわけではないだろうが、桜色の薄いピンクのドレスは赤毛との相性も相まって、とてもよく似合っていた。

 正直、直視し続けることができないぐらい可愛い。


「それならよかった……けど、素直に褒めてくれてもいいんだからね?」


「い、いや、その…………うん」


 陰キャにそんな高度なスキルを求められても。


 そのやり取りの後、俺もタキシードをマリアさんに選んでもらって着替え(もちろん一人で)、衣裳部屋を出る。


「待たせたな、佐倉」


「ううん、全然……って、双葉も悪くないじゃん」


 俺のタキシード姿を見て、若干顔を赤らめつつ佐倉がそう伝える。いかんいかん、これは社交辞令だ。正面から受け取っては怪我するぞ。俺。


「お、お世辞でもありがとうな……」


「はいもう青春ワールドにはツッコまないわよ~。二人とも、確かによく似合ってるわ」


「「あ、ありがとうございます」」


 パン、と手を叩いて俺たちの微妙な雰囲気を崩すマリアさん。何から何まで尽くしてくれた彼女は言葉を続ける。


「セレナのお友達になら、当然のことよ〜。気にしないで。けど……」


「「?」」


「このまま何事もないと、いいけどね♪」


 マリアさんはそう軽やかに言って、俺たちを会場へ案内し始めた。

 な、なんだ? 銃火器がドンパチするような危険なパーティなのか……?


――


「じゃあ私は、お客様の対応もあるからここで失礼するわね。二人とも、楽しんでいらっしゃいな♪」


 それから会場である広間の付近まで案内してくれたマリアさんが、俺たちに別れを告げる。


「マリアさん、ありがとうございました!」


「あ、ありがとうございます……助かりました」


「いえいえ〜」


 屋敷の中でも、特に大きいであろう広間の扉を開ける。その先は、まるで別世界だった。

 シャンデリアの光が天井から降り注ぎ、グラスの音と談笑が静かに重なり合っていて、高級感溢れる空間で。特別な人の集まる場所に思えてしょうがなかった。なんつーか……場違いだな、俺。


「わ、わぁ……」


 隣に立っている佐倉も、会場の雰囲気に飲み込まれているようだ。

 そう圧倒されて立ちつくしていたら、人の波の向こうにひときわ輝いている少女を見つけた。あれは……柊か? あいつは艶やかな素材の淡いミントグリーンのドレスを着ており、それが会場の光を受けて柔らかく揺れている。背筋を伸ばして立つその姿は、さっきまで教室で見ていた柊とはまるで別人で――違うな。こっちが、本来のあいつなんだろう。華やかな会場の中で、誰よりも自然にそこに立っている。まるで、最初からこの場所にいるべき人間みたいに。それなのにその手だけが、ほんの少し強く握られていた。


「ひ、ひとまず……端行くか。佐倉」


「そ、そうだね……」


 会場に入る人の邪魔にならないように、移動して柊の様子をうかがうことにする。そして、移動した先の端のテーブルにはなぜか――柊の爺さんがいた。

 嘘だろ。こんなところで遭遇するなんて……。だが、向こうは同席した俺たちのことを気にもせず、柊のことをただじっと鋭い眼光で見つめている。


 このまま見ていると震えが止まらなそうなので、視線をそらすべく再び柊の方を見る。すると、柊に近づく人の姿が視界に映った。


「もしかして君……柊家のご令嬢かい? これはこれは……君のおじいさんにはお世話になっているよ」


 中年のなんと言えばいいのだろうか……会社をいくつも復活させた敏腕コンサルのごときやり手のオーラをまとう男性がそんな柊に声をかけているようだ。


「は、はい。え、っと……は、初めまして……アメリア・柊・セレーナと申します。よ、よ……」


 よし。名乗るまでは順調だな。いけ、柊!「よろしくお願いします」だ! 緊張する柊に心の中で精一杯の応援をする。気づいたら、隣で見守っている佐倉も緊迫した表情で拳を握りしめていた。


「よ、よ……」


「よ?」


 言葉に詰まる柊に、不思議そうな顔をして聞き返す敏腕コンサル。頼むからもう少しだけ待ってあげてくれ……。そんな祈るような気持ちで見つめる。練習は散々一緒にしてきたが、本番では見守るだけで何もできない無力さがなんだか悔しい。


「よ、よ……」


 数秒。 いや、体感ではもっと長い。会場の空気が、じわじわと冷えていくのが分かる。そして、頭が真っ白になったのか、呆然と立ち尽くす柊。その様子を見て、セレナを睨む爺さん。これはもしかして……ダメか?


 そして爺さんは失望したかのように深くため息をつき、扉から会場の外に出ようとする。くそ。このままじゃ柊が……。

 そこでふと、走馬灯のようなものが浮かんでくる。喧嘩の仲裁に入るために声を出した時の柊、上手く話せた時の嬉しそうな笑顔――そして一人で努力している小さな背中。

 ……あいつ、あんなに頑張っていたのに。この瞬間のために、ずっと必死だったのに。ここでそれらが踏みにじられるのか? そんなのやっぱり……。


 そして、そんな悔しい思いと共に昨日若葉から言われた言葉が脳裏をよぎる。


「関わったなら中途半端なこと、するんじゃねぇぞ?」


 ……ああ、そうだな。お前の言う通りだよ。


 俺は心の中で親友に感謝すると、柊の命運を握る爺さんに向けて一歩踏み出した。


「え、双葉!? 私たち出てっちゃダメだ――」


「ちょっといいですか」


「…………君は……」



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