26 テスト本番!
なんだか騒がしかったファミレスでの勉強会も終わり、いよいよテスト本番を明日に控えた夜。
俺は明日のテストに備えて、自室の机で最後の振り返りをしていた。ここのところ、二人の心配ばかりしていたが、俺もどうだかなー……。ま、この感じだと今まで通り国語以外は平均ってところかね。
それはともかく、あの二人は大丈夫だろうか……。ここまでで、できることはやり尽くしたと思うが……GWもちゃんと二人とも、勉強したようだしな。後はもう、あいつらの努力がそれぞれ本番で発揮できることを祈るのみだ。
ピロン。
ん? なんだ? メッセージの受信を告げたスマホを見ると、佐倉がグループチャットにボイスメッセージを送っていた。
『やばい! 明日緊張する! あと漢字むずい!』
『リリー、Fight』
『Grazie、じゃなくて……ありがとセレナ!』
佐倉は声、柊は文字でお互いにメッセージを送り合う。ああ、柊は佐倉でも読めるように英語で書いてるのか。
「いや分かりづれぇなこれ……」
二人のやりとりに思わずツッコみが口から出てきてしまう。それからまた、ぽん、と佐倉のメッセージが投下される。
『あとちょっとヘルプ! なんか読めない漢字あって困ってるの! でも、読めないから入力して調べるのもできないじゃん?』
『それは写真に撮って……ううん、双葉君が教えてくれるかもっ』
あ、これ柊のやつ、俺に投げやがったな? ……まあしょうがねえ。その漢字がテストに出てきたら困るし、答えてやるか。
『……分かったよ。写真に撮って送ってこい』
すぐに既読がつき、なぜかテスト範囲外の箇所が送られてきた。……うん、佐倉らしいかもしれん。
――
そして、テスト当日がやってきた。――四日間の長い戦いの始まりだ。
生徒たちは皆いつも通りのようで、どこかピリピリとしているようにも見え、いつもより緊張感のある空気が教室を包み込んでいる。
キーンコーンカーンコーン……。
「はーい、着席。問題用紙配るぞー」
そして予鈴の音が響き渡り、教師が問題用紙を配り始める。よりによって初っ端から国語なんだよな。いきなりヘビーだと思うんだが……。心配のあまり、思わず佐倉の方に視線をやってしまう。あいつは俺の視線に気づくと、左手で軽くガッツポーズを取り微笑んだ。それに応えるように、俺もこっそり右手で同じポーズを返す。うん、ひとまず――調子は良さそうだ。
あいつにとっての本番が、今始まろうとしていた。
――
そして五十分後、国語の試験終了を告げるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気がわずかに緩んだ。俺は答案用紙を裏返し前の席のやつに渡しながら、ちらりと佐倉の方を見る。
あいつは、前に手を組み思い切り伸びをして「ん~!」と声を上げていた。その仕草の大きさに俺以外のやつの視線も集めている。まったく……。
そして、またあいつが顔を上げた時に見えた表情は――どこかやり遂げたような顔でもあり、疲れ切ったような顔でもあった。けれど、絶望している顔ではなかった。
答案用紙の回収が終わり、緊張の解けた生徒たちがそれぞれ口を開き始める。その中でもひときわ大きいあいつの声が、俺の耳に届く。
「ねえねえ、みっちゃん」
「はいはい。何? ダメだった?」
「ううん、その逆だよ! 全部じゃないけどさ、結構読めたかも!」
「声でかいわ」
「あ、ごめんっ!」
その会話は、教室中に聞こえていたのだろう。佐倉の周りの廊下側の生徒だけでなく、窓側の生徒も彼女たちの会話を聞いてクスリと笑っている。その中にはほっとしたような笑顔を見せる柊もいる。
一番気がかりだった国語だが……ひとまず、手ごたえはあったようで何よりだな。まだテストは始まったばかりだが、俺は少し安心して胸を撫で下ろした。
……本当だったら、『よくやったな』の一言ぐらい、かけてやりたい気も、ちょっとだけした。
――
それからの四日間は、長いようで短かった。
佐倉は試験が終わるたびに、相変わらずの大げさすぎるジェスチャーで、死にかけたり復活したりを繰り返していた。「漢字多すぎ!」と机に突っ伏したかと思えば、次の瞬間には「でも昨日より読めた!」と顔を上げる。
柊はそんな佐倉に、時々小さく励ましのメッセージを送っていた。あいつもテスト中はいつもより緊張した様子だったが、解き終えた後の表情をたまに見る限り、大きく崩れてはいなさそうだった。
俺は俺で、自分の答案用紙と向き合いながらも、休み時間になるたびに二人の様子を目で追ってしまう。
……これじゃ、どっちが試験を受けているのか分かったもんじゃないな。
――
「なー双葉」
「なんだ?」
そして、そんなテストも順調に進みつつある四日目の最終日。着席して一時間目の世界史の復習をしていると、ふと隣の若葉が話しかけてきた。何か分からないとこでもあったのだろうか。
「なーんかおまえさ……浮かれてないか?」
「はあ? いきなりなんだよ。ま、今日でテスト終わるから気は確かに緩んでるけど……」
「そういう意味じゃなくて……あの二人のことだよ」
「はあ?」
唐突に二人のことを引き合いに出され、頭の中に?マークが浮かぶ。
「なんか、本番が来たから、自分の役目は終わってせいせいしたように見えるっつーか……」
「……当たり前じゃないか?」
だって実際、俺にできることはもうほとんどない。問題を解くのは佐倉で、話すのは柊だ。俺が横から手を出せる場面なんて、とっくに終わっている。
「いーや、違うな。あの二人が結果見て喜ぶにしろ、落ち込むにしろ、そこで横にいるところまでやって一区切りなんじゃねえの?」
「そ、それはまあ……」
否定しようとして、言葉に詰まる。言われてみれば、それは一理あるかもしれない。けど、何で今その話をしたんだ?
「ま、お前はさ、前にも言ったようにやる気ないフリしてなんだかんだ真面目だよ。けど、やっぱりめんどくさがりだから、肝心なところで引くんじゃねえかとも思うんだよ」
「肝心なところ?」
「ああ。最後の一歩とかな。とにかく……関わったなら中途半端なこと、するんじゃねぇぞ?」
「お、おう……?」
「よく分かってねえ顔だな」
「分かってねえからな」
「開き直るなよ。ま、言うだけのことは言ったからな。テストも今日で終わりだし、頑張ろうぜ」
「あ、ああ」
そしてテスト最終日の始まりを告げる鐘がなる。うーん。いまいち釈然としない気もするが……。ま、けどひとまず今は目の前のテストに集中するとするか。
――
四日間の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩む。皆が感じていた緊張が、するするとほどけていくのが伝わってくる。
「終わったああああ!!」
そんな弛緩していく空気に一番安堵したバカ、もとい佐倉が一番に叫び、周りの視線が一斉に集まる。やっぱりあいつは裏切らないなー……。
「リリー、騒ぎすぎっ」
「だってぇ……やっと文字見なくて済むから嬉しくて~」
案の定友人にツッコまれ、そのやりとりに周りも苦笑する。そして佐倉は俺の方向をぐるんと向いたかと思うと、
「ねえふた――あ、そっか……」
「? リリー、どうしたの?」
佐倉はきらきらした笑顔で何かを言いかけ、すぐに一転して残念そうに言葉をつぐんだ。あー、もしかして俺に報告しようと……。
「ううん! 今回いけた気がするんだって話」
……悪いな。佐倉。そうあいつにほんのり罪悪感を覚えつつ、ふと気になって窓の方の席の柊を探す。視界に入った彼女は、安堵しているのか一人で小さく息をついていた。そして柊は俺の視線に気づくと、こちらを安心させるかのようににこりと微笑んだ。――ひとまずこっちのテストは、大丈夫そうだったみたいだ。俺は彼女にこっそりグーサインを見せ、前に向き直る。
なにはともあれ……、ここまでは順調にいっているようだな。




