双葉君が変態ならしょうがないね……。
佐倉を追いかけた翌日の放課後。
昨日は少ししおらしかったあいつだが、今日は教室でも普段通りの様子だった。いや、むしろいつもより元気だったと言ってもいいだろう。うるさすぎて先生に怒られてたし。まあ、元気が戻ったなら何よりだ。
そんなことを思いつつ、なんとなく足を多目的資料室の方へ向けかけたのだが――そこで鍵のことを思い出した。そこで、職員室へ引き返して確認すると、それは既に借りられていた。
どうやら、今日は柊が先に向かっているようである。助かるな。ちなみに、もちろん佐倉という線は無い。借り方は一応教えたが、「えー借り方覚えられないからどっちかが借りて♡」と悪びれることなく言いのけたからな、あいつ。
そのまま見慣れた廊下を歩きぼろっちい教室の前に到着し、入ろうとドアに手をかけた瞬間――
「よろしくっ…………」
か細い声が耳に入った。お、柊、こっそり練習してるのか。ちらりとドアの窓を覗き込むと、一人で練習する小さな背中が見えた。間違えては言い直して、それを何度も繰り返しているようだ。……あいつ、頑張ってるな。うん、佐倉が来るまではこのまま――
「あれ? 双葉、なんでドア覗き込んでるの? や、やっぱ変態なの……?」
「……っびっくりさせんなよ! つーか変態じゃねーよ!」
そう思ったのもつかの間、突然佐倉が横から話しかけてきて、驚いた俺は反射で返事をしてしまう。あっ、やべ。声でかかったかも……。そしてもう一度教室の中に視線を戻すと――。
柊が顔を真っ赤にしてこちらを振り向いていた。
――
『き、来ているなら入ってきてよ~……うぅ、恥ずかしい……』
「あー、その、邪魔しちゃいけないと思ってな……。で、でも一人で練習なんてえらいじゃないか」
『そ、それはありがとう……? でも勉強してるから当たり前のような……』
「だそうだ佐倉」
真面目っぷりを表す柊の発言によって一番被害を受けるだろう佐倉に話を回す。
「そんなことない! セレナはえらいよ! そして双葉はやっぱり覗くの大好きな変態だっ!」
「だーかーら俺は変態じゃないって言ってるだろ」
『で、でも覗かれるの……恥ずかしいけど、双葉君が変態ならしょうがないね……。世の中色んな人がいるもんね。大丈夫! 私は受け入れるよ、双葉君』
きらきらとした純粋な瞳とホワイトボードを向けてくる柊。いやいやいやいや。
「だからそういうことじゃねぇ! しかも純粋なだけあって柊が一番鬼畜に思えるぜ……」
もう否定するの疲れたからこのままでいいか……。まだ今日の本題が始まってもないのにすげえ疲労感があるぜ。
「ま、そんな当たり前のことはともかく。明日からGWじゃん? 日本のGWって最高だよね~。イタリアにも祝日はあるけど、元からこんなに繋がってないし……」
休憩中、佐倉がふと机に上半身をもたせかけながらそう話してくる。そう、今日が終わればGWに突入するため、連休前最後の放課後の日本語教室なのだ。
「そうなのか?」
『イタリアだと4/25の解放記念日と5/1のメーデーが祝日なんだ』
「あー、そりゃ確かに日本より少ないな……。メーデーはともかく、解放記念日聞いたことあるぞ。えーっと、確か1945年にイタリアがナチス占領から解放された日だったけか……?」
確か世界史の授業辺りでで聞いたことがある気がする。
『そうそう。それでメーデーは、アメリカのシカゴが起源の労働者が働く側の権利を主張する日なんだよ』
「へぇ……知らなかったな……」
『日本では祝日じゃないから、そういう人多いと思うよ。世界ではメーデーは祝祭日の国が多いんだけどね……』
「まあそれは日本だからな……」
「日本人は働きすぎー! ってよくみんな言うもんね」
「やっぱり言われてんのか……。で、だからこそこの休みは貴重なんだろうな。それはともかく。そんな貴重なGWは各々自習ということで、課題を出すぞー」
「うぅ……だよね……。はーい!」
お、佐倉。前までなら多分ここで「えー!」とか言いそうなものだが、今は文句を言わない。うん、ちゃんと課題と向き合おうとしていることが見えるな。
「まず佐倉、お前はー……いつものドリルと、学校の課題、萩谷にまとめてもらったノートを見て暗記、および練習問題を解くことだな」
「いややっぱりなんかヘビーじゃない⁉」
「き、気のせい……だ。うん」
目を逸らしながら答える。正直俺もそう思うとか、そういうワケじゃないぞ……。
「うー、ひとまず頑張るかー……」
「あとこれは余力があったらで構わないんだが……読み書きに慣れるため、一日2~3行日本語で日記をつけてみると良いかもしれん」
「か、書くの⁉ それはハードル高くない?」
「簡単なことでいいんだよ。今日は母親が作ってくれたコトレッタ食べたーとか、友達とカラオケ行ったーとか」
「なーるほどー……それなら、やってみる! 今日の日記はねー、『双葉からの課題が多すぎて困っちゃいます!』かなっ」
「おい」
「へへ。嘘だってば~」
まあでもやる気はありそうでよかったな。この調子ならGWもだれずにいけるだろう。
「そんで、柊は、『話す自習』だな」
『話す自習?』
「そうだ。『話す自習』は王道のやり方があるじゃないか。ていうか柊ももう実践済みだろ」
古来より言い伝えられている王道で誰にでもできる、あの方法が。
「え?」
「いつでもできて、手間もかからなくて、なにより、間違っても恥ずかしくない。それは……」
気になったのか柊と佐倉は前のめりになって俺の話を聞いており、二人が同時にゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。
「独り言だ」
ドテッ。二人がその場に軽く倒れ込む。
「そ、そんなに思わせぶりに言うこと~?」
『た、確かに有効な手段かもね……?』
「ひ、独り言バカにすんなよ。言語習得の研究からも有効って認められてるんだぞ! それに……さっきまでこっそりやってたじゃねぇか、柊」
『そ、それは……その……うぅ、恥ずかしい……』
「恥ずかしい気持ちは分かる。大いに分かる。だが、これも勉強だ。本番で必要なフレーズを独り言で練習したり、それこそ好きな本を音読してもいい。家でなら――」
ピクッ。俺が言いかけると柊の肩が震えた。
「ん? どうした、柊?」
『う、ううん……とにかく独り言、頑張ってみる!』
「よし、その意気だ。それで、各自どれだけやったかの記録等つけるとなお良しだな。モチベーション向上にもなるだろうし」
「記録かー……忘れちゃうよね」
『私は好きだけど……』
「うん、やっぱりそういうとこ正反対だよなお前ら……。まーでもこのGWは確実に結果に繋がるだろうし……」
考えること数秒、俺は言葉を続ける。
「よし。じゃあ、ちゃんとやった分は俺も見てやる。だから、ここからテストに向けて頑張ろうな」
「おー!」
「……お、おー……」
最後に鼓舞をしてみたものの、やっぱり返事はハモらない二人。だけど、その正反対さがどこかこいつららしいと思った。




