双葉は嘘が吐けないもんねー?
「……佐倉?」
夕陽に照らされた、ブランコが二つと砂場が一つあるだけの人気のない小さな公園。そのブランコのうちの一つにちょこんと座っている佐倉に、公園の入り口から声をかける。
「……え⁉ 双葉⁉ なんでこんなところに……」
「それはこっちのセリフだ。今日一日お前様子がおかしかったし……それに、用事があるんじゃなかったのか?」
「えーっと、それは……」
俺の質問に、気まずそうに目を逸らして言い澱む佐倉。こいつ、無遠慮に見えて意外と気遣い屋なところあるよな……。うーん、ストレートに聞いてたとしても、余計な心配させまいと笑顔でごまかされるだろうし……。
「あー、なんだ? 寝たり急いで帰ったり……なんだ、その……やさぐれたのか? それとも、人生への新手のボイコットか?」
「やさぐれる……? ってなんだっけ? ボイコットは英語だからなんとなく分かるけど……別に、そういうのじゃないよ」
「あ、ああ……じゃあ……ああ! 故郷の飯が恋しくなってそれしか考えられなくなったんだろ! そうか! 本場のイタリアンを知ったらそりゃ恋しくもな――」
「ちーがうって! もー、双葉、相変わらず変な方向に空回るんだから……ふふっ」
「な、なんで笑うんだよ」
「だって、気を使ってるのに空回りしてスベッてる双葉がなんか面白くて……あははっ」
「そんなに俺が愚かなのが面白いのかよ……」
「面白い! すーっごく!」
満面の笑みでそう言い切る佐倉。馬鹿にされているのはなんだか釈然としないが……でも、こいつのこう……、何の邪気も無いキラキラとした笑顔は、やはり安心感があるな。
「で、なんでお前今日一日変だったんだよ」
「あー……まあ、ここまで来てくれたならしょうがないかぁ……。いやね、中々勉強とか、色々上手くいかないなぁってへこんでただけなんだけど……」
「そうか……家族にでも怒られたのか?」
「んーん。怒られた、ワケではないんだけど……」
そうつぶやき、今日散々見たうっすら陰りのあるぎこちない笑顔を作る佐倉。
「……このままだと、イタリアに帰すことになるかもって言われちゃってさ」
「…………そうか」
「……最近は、私なりに頑張ってたつもりなんだけどなぁ……。いまいち上手くいかないっていうか」
確かに佐倉は最近頑張っていると思う。以前より不満をいう回数が減った。放課後の勉強だって前のめりで取り組むようになり、俺をいつも質問攻めにしてくる。こいつの好奇心に、こちらの知識が追いついてないくらいだ。……きっと、親御さんはまだその変化に気づいていないだけだと思うんだが。
「なーんかあたし、要領は良い方でおしゃべりとかは好きなんだけど、勉強は昔からさっぱりなんだよねえ」
「ま、まぁ……そんなこと…………う、うん」
否定しきれない。
「ふふっ。双葉は嘘が吐けないもんねー?」
「スマン……」
「いーのいーの。でね、今回日本に来るときだって、ママとパパは最後まで『本当にいいの? 勉強ついていけなくなるかもだしイタリアに居たら?』って何度も何度も確認してくれて」
「そうなのか……」
「それが優しさだって分かってるの。でもね、その気持ちが……時々辛くなることもあって」
「もっと大人で、期待されるような娘になりたいなって思うの」
ぽつぽつと言葉を続ける佐倉に、俺は無言で頷く。
「でも、完璧になれなかったあたしがここにいるだけで」
「だから、頑張りたいなって思うんだけど……怠けちゃうあたしだって居て。どれが本当のあたしか分かんなくて」
「えへへ! ごめんね。こんな辛気臭い話! 女の子とだと盛り上げて明るく話そ! って感じになるんだけどさ、双葉っていつも淡々としてるじゃん? だから冷たく見えるけど、それが逆に無理しないでいい気がしてこっちも楽で……それに、なんだかんだ世話焼きで話聞いてくれるから……話し過ぎちゃった」
「いや、大丈夫だぞ。なんつーか……お前の思ってることを聞けてよかったというか……俺が世話焼きかどうかはともかくな」
「えー? 自覚無いんだ? ま、それはともかく……ママもパパもね、あたしのためを思ってイタリアに帰そうとしてることは分かってるんだけど……それでも帰りたくないの」
「そうか……じゃあ、へこんでいる場合じゃないな」
こいつの本音は聞いた。だから今は、適した言葉を渡す番だ。
「え?」
「だって、帰りたくないんだろ? 確かに読み書きは難しいが、こんなに話せるようになっているお前なんだ。こつこつ勉強を続けていれば、いつか必要な分は覚えられるだろう」
俺は唖然とした様子の佐倉をよそに言葉を続ける。
「それに、お前は覚えられないとへこんでいるようだが――俺には、初めて話した日より読み書きできるようになっていると思うぞ?」
「双葉……」
「親御さんを安心させるどころか、見返すぐらいの結果を出してやろう。むしろ『日本に連れて来て大正解だった』って思わせてやろうぜ」
「…………うん!『さすが私たちの子!』って言ってもらいたいもん!」
「そうだ、その意気だ!」
「おー! やっぱ、双葉……たまにはいいこと言うよね。ありがとっ」
「たまにはってなんだたまにはって」
そう普段の調子を取り戻した彼女の笑顔は、いつもより輝いているように見えた。




