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違和感を覚えるのは、俺だけだろうか?


「試合終了ー! 2対3でチームBの勝利!」


 広い体育館に高らかなホイッスルの音が響く、そんな体育の授業中。


「ありがとうございましたー」


 試合を終えた両チームは互いにばらばらとやる気のない挨拶を済ませ、それぞれ休憩へと散会する。


「へっへーん。俺の勝ちだな、双葉(ふたば)


「あぁそうかよ……言っても体育の授業だし、運動神経じゃお前には敵わないっつーの」


「それでも勝ったら嬉しいもんだろ。あー、でも次は休憩か」


 残念そうにそうつぶやく若葉(わかば)。俺は休憩がありがたくてしょうがないけどな。つーか、俺のチームは負けたからしばらく試合が無い。よっしゃ。


「そうだ休憩だ。ほら、ここにいても邪魔になるから端行くぞ」


「へいへいっと……あ、女子はちょうど試合中みたいだな」


 今日の授業は男子はバスケで、女子はバレーボールだ。確かに若葉の言う通り、緑のネット越しに、女子が試合をしている。……あれ? よく見ると、(ひいらぎ)佐倉(さくら)じゃねえか。二人はどうやらそれぞれ敵チームとして戦っているようだ。


 にしてもやっぱり二人とも、相変わらず目を引く容姿をしているよなー……。普通のジャージも姿もなんだか様になっているというか。これだから美形ってやつは。

 特にこう太陽の光が差し込んでくると、柊の金髪は目立つ。あ、でもボール落とした。あちゃー……。そして、柊はぴょこぴょこと申し訳なさそうに周りに頭を下げ始める。


「ドンマイドンマーイ! セレナちゃん、大丈夫だよー!」


 その様子を見た周りから励まされる柊。確かにあれを見たら、温かい視線を向けたくなるだろう。対して、佐倉は体育の授業が大好きで、いつも大活躍をしているんだよな。そう思いつつ、柊の敵陣にいる赤毛の方に視線を向ける。


「……あれ?」


 心なしか、あいつぼーっとしている気がするような。普通に構えているんだけど、どっかこう……いつもの覇気がないというか。そういえば、普段なら佐倉のいるチームがだいたい圧勝するはずなのに、今日は点差もそこまで開いていないし。


「どうした双葉?」


「いや……なんでもねぇ」


 だが不用意に口に出して、気のせいだったら佐倉に悪いし、ひとまず心の中に留めておこう。それがいい――


「リリー! ボール行ったよ!」


「……へ?」


ドンッ!


 その瞬間、佐倉の顔面に相手チームの勢いの激しいアタックがぶつかった。


「リリー!」


「いってて~。えへ、やっちゃったぁ」


 バレー部顔負けの強烈なボールを顔に当ててしまった佐倉の顔、特に右頬は真っ赤になっていて見ているこちらまで痛みが伝わってくるようだ。うぅ、痛そうだ……。


「やっちゃったぁ、じゃないよ! ほら、保健室行くよ!」


「うん……ありがとう、みっちゃん。せんせー、ほけんし……いてて……」


「無理にしゃべらなくていいから」


 そして友人に連れられて保健室へと向かって行く佐倉。いつものあいつなら、あんなボールさばけたと思うんだが……いったいどうしたんだろうか?


「うっわー……佐倉さん、痛そうだな……」


「ああ、心配だな……」


 俺たちはそうぼやきながら、体育館を去る佐倉と友人の背中を見ていた。



――



 ガラッ。


 アクシデントのあった体育の後の昼休み。教室の扉が後ろから開かれた。そして、佐倉が右頬にアイシングを当てながら教室に入る。その姿に教室中の視線が集まる。


「おー、佐倉。にしても、酷いケガだな……」


「えっへへー。やっちゃったっ☆」


「やっちゃったじゃないでしょうアンタ……」


 佐倉の周りに続々と人が集まってきて、皆一様に心配そうな目線を彼女に向けている。


「でも見た目よりは全然痛くないんだっ。それに右ほっぺにぶつかっただけで、鼻にはかすっただけだから問題ナッシング!」


「リリー、それマジで大丈夫?」


「でも痛そう……」


「へーきへーき!」


「あの、佐倉さん。本当にごめんなさい……」


 そして佐倉にボールをぶつけてしまった女子が、おずおずと佐倉に謝りに来た。


「全然大丈夫だよ! ぼーっとしてたあたしが悪いんだから、そんなに気にしないで? むしろ保健室でいっぱい寝れてラッキーだったよっ」


「あ、ありがとう……」


 謝罪に来た相手が罪悪感を感じないようにおどけてみせる佐倉。そういう優しさは、いかにもこいつらしいと感じる。


「……佐倉さん」


 人だかりの端から、萩谷(はぎや)が少し呆れたように声をかけた。


「今日は無理しない方がいいわよ。腫れてるし……ほら、まだちょっと赤いじゃない」


「あ、凛花ちゃん。心配してくれてる~?」


「ち、違うわよ。ただ、その……痛そうだから言ってるだけ」


「ふふっ、ありがと!」


 佐倉にそう返されて、萩谷は小さくそっぽを向く。……あいつ、やっぱり悪いやつじゃないんだよな。今だってこう佐倉を気にかけているし、放課後も、すげぇ親身になって勉強を教えているし……。


「まあリリーなら寝たらすぐ治りそうか……」


「そうそう、今元気百倍! って感じだし♪」


 そして、そう周りの声に明るい笑顔を見せる佐倉。確かにいつもの笑顔に見えると言えば見える。だけど――どことなく違和感を覚えるのは、俺だけだろうか?



――



 その日の放課後、佐倉はあんなことがあったから「帰っても大丈夫だぞ?」と言っておいたが、「ううん。できる日はちゃんと頑張りたいのっ」とのことで、俺たちは今日も三人で集まっていた。


「あー、佐倉。ここの答え違うぞ。ケアレスミスだけど、気をつけろよ」


「あ、そっか。うっかりしてた~。あははっ」


 俺の指摘に笑顔で答えて修正する佐倉。普段通りの様子に見えなくもないが――どこか笑顔に陰りが見えるのは、俺の気のせいだろうか。佐倉が書き直している間、彼女に聞こえない程度の小声で柊に話しかける。


「なぁ、柊。佐倉の様子、ちょっと変だと思わないか……?」


『え? そうかな? 別に、いつも通りの元気なリリーだと思うけど……』


 柊は特に佐倉の様子に違和感を覚えていないようで、不思議そうな顔で答える。ちゃんとホワイトボードを佐倉から見えないようにしているのは流石だ。


「うーん。体育でもボールを顔にぶつけてたし、元気がないように見えたんだが……」


『あれは痛そうだったね……。確かに、言われてみるとちょっとぼーっとしてるかもとは思うけど……でも、いつものリリーじゃないかな?』


「そうか……。ま、柊がそう言うのなら気のせいかもしれないな。変なこと聞いて悪かったな」


『ううん、大丈夫だよ~。双葉君って、ちょっと心配性なところあるからね』


 いたずらっぽい笑顔でそう返す柊に、思わず言葉をつまらせてしまう。


「なっ……! そ、そういうわけじゃな……」


「あー! 何二人でコソコソ話してるのー? 仲間外れとかずるーい!」


 俺たちがこっそり話していることに気づいて、ふくれっ面を向けてくる佐倉。この様子を見ると、確かにいつも通りっちゃいつも通りに見える。


「あー、今日も佐倉がぼやぼやしてるって話だよ。体育の授業中とか」


「ひどー! それはしょうがないじゃん! ちょっとぼーっとしてただけだし」


「ふーん……。夜更かしでもしてたのか?」


「そんな感じかな……。あ、そうそう。向こうの友達と連絡取ってて、ついつい長引いちゃってってとこ」


「あー……ヨーロッパとなら、確かに時差結構ありそうだな……」


『イタリアの方が、日本に比べて8時間遅いんだよ』


 イギリスとの差は9時間だから……と考えていたら、柊の補足が入る。おお、そんなに差があるのか。柊はやっぱり歩く検索マシンかもしれんな。


「そ、そう! そういうことだから! それで……とにかく、内緒話は禁止ねっ!」


「あー、へいへい」


「ふふ…………」


 俺と佐倉のくっだらないやりとりに、苦笑いする柊。あまりにも見慣れた光景。

 ……なのに、昼に佐倉から感じた違和感だけが、どうしても胸の奥に引っかかっていた



――



 キーンコーンカーンコーン……。


 下校開始時刻を告げるチャイムが鳴り、いつものように帰宅準備を始める俺たち三人。普段はこの後、佐倉と柊は一緒に帰り、俺は鍵を返し一人で帰るのがルーティンとなっている。


「……よしっ! ごめんセレナ! 今日は先帰るね!」


 だが今日は、いち早く荷物を詰め終えた佐倉がそう言い残し、一目散に飛び出して行ったのであった。


「め、珍しいな……」


『う、うん……』


 風のような速さで駆けて行った佐倉に、唖然とする俺と柊。まあ、あいつだってたまには用事やらなんやらでそういう日もあってもおかしくないかもしれない。誰だって、いつも同じというわけではない。でも今日のあいつは、やっぱりこのまま放っておいてはいけないように思えるんだが……。


「……鍵」


「え?」


「私、鍵……返す……」


「ひ、柊?」


『私が鍵を返すから双葉君はリリーを追いかけてあげて。さっき、今日のリリーがなんだか変、って言ってたでしょ?』


「あ、ああ……おう! 助かる、ありがとう! 柊」


『それと、正門を出て右にずっとまっすぐ、だからね?』


 そう急いで書いた文字を見せる柊に親指を上げて答えながら、俺はドアを開けて走りだす。去り際の顔の下でちょこんと手を振る柊の姿はとても頼もしく見えた。


 昇降口まで走って、靴をひっつかみ慌てて上履きから履き替える。正門を出て右っと。柊が教えてくれてよかったぜ。なんせ、佐倉は足が速いのかすっかり姿が見当たらないからな。ずっとまっすぐって話だったが……どうにか追いつけることを願うばかりだ。走ること五分。


「流石にもう突き当りなんだが……」


 突き当りから左右に道が別れており、どちらを選べばあいつがいるのかは本当に分からん。あー、追いつけなかったか……。


「こりゃしょうがないか……ん?」


 突き当たりに到着すると、右の方に公園があるのを発見。そこには、うちの学校の制服を着た――赤毛の少女が一人ベンチに佇んでいた。


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