なんでお前が……こんなところにいるんだ?
「双葉ー今日もどうせ二人に教えに行くんだろ?」
賑やかに昼飯を食ったその日の放課後、HRが終わるや否や若葉がそう俺に声をかけてきた。
「そうだな」
「そんなら、たまには俺も付き合ってやるよ」
「えー……お前今日昼も来てたから来なくてよくね?」
「いーんだよ。今日、店番無くて暇だし。つーか双葉のくせに俺を邪険にするなんて、生意気だな?」
「思ったこと言っただけだっつーの。ま、来ても大丈夫だけどさ」
「言われなくても行ってやる。ほら、行くぞー」
「へいへい」
なーんかこいつといると主導権を握られるというか、ペースが乱されるんだよな……。そう思いつつ、俺は教室を出ようとする若葉の背中を追いかけた。
――
そして若葉を連れて多目的資料室へ向かうと、扉の前にはすでに佐倉と柊の姿があった。どうやら待たせてしまっていたらしい。声をかけて鍵を開け中へ入った瞬間、佐倉がぱっとこちらを振り向く。
「お昼のお弁当本当美味しかった~! 双葉、ありがとうっ」
『すっごく美味しかったよ。私も見習いたいな……』
「おうよ。しいたけを好きになってくれたなら嬉しいぜ」
「お前は本当にぶれねえな……。上手かったけどさ」
それぞれ、手近な椅子に座りつつ会話を続ける。あ、そうだ。
「この放課後の活動が終わったらしいたけ研究部を作るのもアリかもな……」
「いやナシだろ」
「安心しろ若葉。お前は部員1号にしてやるよ」
ちなみに部長は俺だ。
「本当しいたけのことに関するとお前人の話聞かねぇな!」
「活動内容はしいたけの生態観察、および研究で、もちろん部室で培養して……」
「あちゃー…………完全にしいたけワールド入ってるね」
外からなにやら声が聞こえる気がするが、気のせいだろ――
「ふ、双葉君」
しいたけで染まりつつあった俺の脳みそが、柊の声で覚醒する。こいつがしゃべるのはめったにないことだからな……。
「お、おう柊。なんだ?」
『あのね、お昼休みの時と同じ視線を感じるんだけど……』
「ま、またなのか……」
いったいどこのどいつなんだ。
『い、今ドアの辺りにいる……すごく怖い』
後ろ歩きでドアにそろりそろりと近づいていき……、やがてドアの取っ手に手が触れたところでガバッと振り返り、引き戸を開く。その先に居たのは――
「なんでお前が……こんなところにいるんだ?」
ドアに張り付いていたのか、支えをなくしてすってんころりんと転がっている冷血の女王様だった。
――
「昼休み、一緒に昼食を取っていたじゃない。佐倉さんと柊さんが家畜の毒牙にかかってるんじゃないか心配で見ていただけよ」
古びた椅子にふんぞり返るように座って、つけていた理由を話す萩谷。なんだかこの構図にデジャヴを感じるのは俺だけだろうか。
はて、まさか一緒に飯を食っているところを見られてたとはな……。しかもよりによって女王様かよ。ていうか家畜って。一応人間として同じ学校に通ってるだろ。
「凛花ちゃんそんな心配しないでいいのにー! 双葉も若葉君もちょーっと小うるさいけど、そんなに悪い子じゃないから」
「小うるさいってなんだ。小うるさいって」
フォローになってるんだかなってないんだか分からんことを佐倉が言う。
「ほらそういうとこ~」
「はっ。それでわざわざ女王様が監視かよ。ストーカーもいいとこだな」
「ストーカーなんかじゃないわよ。汚らわしい男共から純情な女子を守る正当な監視よ。か・ん・し」
「世間ではそれをストーカーと言うのでは……」
「何か言った⁉」
「なんでもございません」
俺じゃあ女王様には勝てなさそうだ。頑張れ三人!
「とにかく、それだけで用もないなら出てけよ」
「そんなこと言われなくてもそのつもりよ。佐倉さん、柊さん、行きましょう」
「あーっと……あたしたちは残るよ?」
「わ、わわ私、リリー……ふ、双葉くん……日本語……」
「…………どういうこと?」
残ると言う佐倉と、切れ切れに状況を説明しようとする柊に対し、頭上に?マークを浮かべる女王様。
柊、伝えようとする努力は百点満点だし、お前がここまで上手く話せていることが俺は心から嬉しい。だが、状況が状況だな……。
――
「ふぅーん。初霜が……ね。確かに国語だけは学年トップクラスだけど、万年二位じゃない」
ひとまず混乱する萩谷に状況説明をしたのだが……どうにも納得はいってなさそうな様子だ。
「俺だってそう山城に言ったけど、取り合ってくれなかったんだよ」
「そういえば、双葉も何で素直に引き受けたんだ? いつものお前ならのらりくらりとかわすだろ」
「な、なんとなくだよ」
な、なんか話が嫌な方向に向かっている気がする。
「あ、それ最初教わる前に山城先生がなんか言ってた気がする―。なんだっけ、セレナ?」
『えーっと、確か「あいつの秘密をしっかり握っておいたから、安心して教わってこい」だったと思うよ?』
「なぜ思いっきり暴露する柊!」
俺は暴露された焦りと驚きから、思わず椅子から立ち上がって声を上げる。
『え⁉ だ、ダメだった? ご、ごめんなさい……』
「真実の隠蔽の上に、柊さんへの恐喝……これは重罪ね」
「セレナ怖がってるよ? 双葉いっけないんだー」
「おいおい何隠してんだよ、あぁ?」
気づけば、いつの間にか立ち上がっていた戦士たちに三方向から圧迫され、古臭い多目的資料室の隅にじりじりと追いやられる。柊に思わずツッコんだのは悪かった。それは認めよう。だけど誰にだってあるはずの秘密を言わずにいるだけで、ここまで責められるのは解せない。だが……まだ死にたくない。ということで、
「は、話すから勘弁してください……」
大人しく俺は頭を垂れた。この情報化社会でも、秘密とかプライバシーは圧倒的な力の前には守られないもんなんかね。と、己の無力さを突きつけられた瞬間であった。
――
ということで、山城から呼び出された時の一連の話を手短にこいつらに説明した。
「バイト? やる気なし男のお前が?」
「ああそうだよ。悪いかよ」
「悪くはねえが……お前別に金に困っている方じゃないだろ。普通に小遣いもらってるし、そんなに金使うタイプでもねえし」
いまいち納得が行かないのか、胡乱げな目線を俺に向ける若葉。
「ま、まあそうなんだが……」
「どうせ人に言えないようなものを買っているとかでしょう」
「? 例えばそれってどんなの?」
「そ、それは……」
聞き返す佐倉に顔を赤くしてどもる萩谷。何を勝手に妄想してるんだ……。そんな態度を見せては「女王様って意外と……」と弱みを握りかねられないだろうに。
「ふぅん……」
ほら、若葉がしたり顔で女王様を見てるじゃねえか。これ以上めんどくさいことを増やさないでくれ……。と、頭を抱えていたところ、柊が書いていたホワイトボードをくるりと翻す。
『青酸カリとか呪いの本……とか? 双葉君、疲れていたんだね……』
「そんなに人を呪いそうな顔をしてるかよ! ちげーよ!」
どうしてそんなに発想が飛躍するんだよ! これ以上情報を増やしてくれるなオイ!
「まあ買いたいものがあるって言うのは本当だ。でもそんなに特殊なもんじゃねえよ。普通の家電製品だ」
「ふ〜ん。だがそれなら、尚更バイトの必要性が分かんないだろ。ゲームとかじゃないよな? お前の親だって、生活費は出してくれてるだろ」
共働き、なおかつ父は単身赴任中でうちの両親。今ドキでは珍しくもない家庭の形だが、加えて母親は仕事ジャンキー。よって俺は、料理含む家事の多くを担当している。
そういうわけで、小遣いに加えて食材代等もきちんと用意してくれている。だから、俺がバイトしてるのは自主的なものだ。
「そうなんだが……」
「で、結局何を買うために双葉はバイトしてたの?」
佐倉がくりくりした好奇心に満ちた目と共に、俺に問いかける。つくづく今日は言いたくないことを言わされる日なんだな……。
「…………低温調理器」
「「「……は?」」」
「だ、だって、恥ずかしいだろ! なんかこう普通の高校生がバイトして買うもんって……やっぱりお前らが言うようなものや、ゲームとかそういうものが多いだろ? でも、それに比べてコツコツとバイトして低温調理器を買う高校生って変なんだろうなって思うし……」
「まあ変わってはいるよな」
「この男と意見が一致するのは癪だけど、変であることは否定できないわね」
「俺の方こそ癪だわ。……ともかく、だからといってそんなに恥ずかしがることでもねーだろ。逆に、俺がキャンプ用の料理道具を買うためにバイトしてるって言ったとしても、ゲーム程普通じゃないものだけど、別に不思議に思わねえだろ」
「まあそれは確かにそうだな……。でも、俺が個人的に欲しい物だから、親には言いづらいし自分で手に入れてみたかったんだよ」
「低温調理器? って料理の道具なの? それなら確かに双葉っぽいじゃん」
『私も双葉君らしくて素敵だと思うよ。でも、そんなに低温調理器って高いの?』
「値段はピンキリ……あー、安いやつから高いやつまであるんだが、いい品だと三万円ぐらいするんだ」
『それは確かに高いね……』
「確かにバイトしてもおかしくない金額だけど、そこまでして守る秘密だったのかしら……」
「双葉ってなーんか読めないところあるよね」
『素敵な心がけだと思うけど……』
「あーもう勝手に言ってくれ!!」
「お前の母ちゃんなら、喜んで買ってくれそうだけどな。あ、そうだ。電気だからキャンプで使うのは難しいけど、具材の下処理に良さそうじゃね? 今度キャンプの時持ってきてくれよ」
若葉はキャンプ道具店の息子ということもあって、それなりにキャンプが好きらしい。だから、こいつに誘われてたまにキャンプに行くことがある。
「あー……確かにいいかもな。肉をマリネして低温調理にかけて、現地で焦げ目だけつけるとかな……」
分厚い牛ステーキ肉をたまねぎとにんにくのソースに漬けておいてもいいし、豚肉をはちみつと醤油につけてローストポーク風にするのも悪くないな。厚みがある肉でも、低温調理ならむらなくしっとり瑞々しく仕上がるし、そのうえ仕上げに炭火を使って風味をつけられるとは、なんて贅沢な食べ方なんだろう。そしてそれを晴れやかな天気のいい青空の下でかぶりつく。ああ……自分で言っていて腹が減ってきたぜ。
「おーい、双葉ー。あちゃー……まーた完全に自分の世界に入ってるね。もー……」
「おいおい、今度はしいたけじゃなくて肉かよ……おい、起きろっ」
「痛っ! たぁ~~、若葉ちょっとは加減してくれよ……トリップしてたのは悪いけどよ」
妄想の中で川のせせらぎを見つめながら肉を焼いているところで、若葉に脳天チョップで起こされた。こいつは自分の力を制御することを覚えるべきだと思う。まじで。
「初霜ってこんな感じだったのね……。てっきり名前がちょっと女の子と紛らわしいだけの、大人しい男子だと思ってたんだけど……」
「あ、ちょい萩谷、それは……」
「? え、何よ? だって双葉って女の子でもよくいる名前じゃない? そうよね?」
「うーん、ほら、あたしたちはまだ日本の名前に慣れてないからよくわかんないけど……」
「……ああそうだよ。俺の名前は女っぽいよ。よく女子と間違われたさ。はは……」
「いや別に悪いとは言ってないけど……」
「小学生の頃、体格のいい男子から双葉ちゃんって言われてバカにされるし、あまつ母親は女の子の服装を着せようとしてくるし……男なのに……なんで……」
話しながらも、嫌だった記憶がまざまざと蘇ってくる。
今は幸い、人並みに成長してあの頃みたいな扱いを受けることは減った。だが、名前が女っぽいと言われると、今でもついつい敏感に反応してしまう。
「こいつ、自分の名前が女子っぽいこと結構コンプレックスに思ってるんだよ……」
そんな俺を尻目に、なにやらヒソヒソ若葉が萩谷に話している。
「そ、そうなのね……初霜、悪かったわ。名前の性差なんて気にしない方がいい時代よね……」
萩谷の謝罪で俺の意識が現在へと引き戻される。やべ、久々に動転しすぎたかもしれん。
「あぁ、大丈夫だ。つーか、取り乱しすぎてスマン……」
「そうだよ双葉暴れすぎー! 凛花ちゃん困ってたじゃーん!」
「いや、私は別に……」
『まあまあ、リリー。私は双葉君の名前、素敵だと思うけどな』
「フォローありがとな。柊」
『思ったことを伝えただけなんだけど……』
なんだか不服そうな表情を見せる柊。ん? なんか俺間違った返事でもしたか?
「あ! ねー双葉、この前ぼやいてた件さ、凛花ちゃんに頼めそうじゃない?」
「ぼやいてたことってもしかして……人手のことか?」
「そー! 凛花ちゃんって頭いーんでしょ? 手伝ってもらえば?」
「いや、でもなぁ……」
「佐倉さん、こいつだけはやめた方がいいぜ。なんせ口うるさ……」
「黙りなさい駄犬」
「な、駄犬だと⁉ 俺は犬なんかじゃねぇ! 上等じゃねぇか! やってやるよ!」
一部のマニアなら犬扱いされて喜びそうなものなんだが、若葉は違ったようである。まあ近しい友人がそうだったらそれはそれで反応に困るが。
「あー落ち着け若葉!……こんな感じだから、じょお、こほん、萩谷に頼むのは得策じゃないと思うんだが……」
「えー、凛花ちゃんが力になってくれたらすごく嬉しいんだけど……凛花ちゃん、ダメ?」
『双葉君の負担も減るし、それに、私も萩谷さんがいると、心強いって思うんだけど……?』
「え、ええ……? で、でも……」
二人に迫られて引き受けた方がいいかと思うものの、若葉との相性もあるのか答えかねてうろたえてこちらに視線を向ける萩谷。それはそれとして、女王様がこんなにうろたえているところなんてレアかもしれねぇな……。
「お、俺としてはそりゃ助かるんだが……」
「ふーっ、ふーっ……」
そう、視線の先には俺と、女王様を威嚇する若葉がいて。うーん、でもこれは断られそうだな……。
「でも……もしかしたら……これで……」
俺たちから視線を外し、下を向いてぶつぶつつぶやく女王様。そしてなぜかもう一度若葉の方にちらりと目線をやった後、顔を上げたかと思うと
「分かったわ。二人への指導、協力するわ」
そうはっきりと、提案を受ける返事をした。
「え、マジで? 帰っていいぞ?」
「やったー! やったね、セレナ!」
了承した萩谷に対し、さっそく帰宅を促す若葉と、両手を上げて喜び同意を求める佐倉と、それにコクコクと頷いてにこやかに笑う柊。否定一肯定二。多数決の上でも若葉の負けだな。俺? 俺はもちろん中立だ……と言いたいが、正直、優等生の女王様がいると助かる。若葉、スマンな。
「残念ながら、帰らないわよ。というか、あなたは別に山城先生に頼まれたワケではないのでしょう? あなたこそ、帰りなさいよ」
「は? いきなり割り入って喧嘩売るなんて本当に良い度胸してるよなぁ。じょ・お・う・さ・ま?」
「あまり気に入っていないから、そのあだ名で呼ばないでくれると嬉しいわ、駄犬君?」
「あー、でもやっぱりこの二人は相性悪かった、かもね……?」
気まずそうな顔を俺に向ける佐倉。そうなんだよ。本当にこれ以上ないぐらい最悪の組み合わせなんだよ……。
テストまであと二週間、助っ人が参入したのになぜか先が思いやられる日であった。




