筑前煮ちゃんと持ってきた?
「ねーねー双葉。前に言ってた筑前煮っていつ食べさせてくれるのー?」
柊が喧嘩を仲裁してくれた日の翌日。午前中の10分休みに佐倉にいきなり呼び出され、人目につかない階段の踊り場に駆け込む。急に声をかけてきたと思ったら、なんだ、そんなことかと拍子抜けだ。
「前に言っただろ。俺たちが一緒に弁当を食べるところを見られたらどんな目で見られるか」
「それだけで付き合ってるとか? 別に三人……、若葉君入れて四人だとしても普通に『友達なのかなー』ぐらいにしか思われなくない?」
直球的な返しに、思わず言葉に詰まってしまう。
「そ、そこまでではないが……、友達だとしても釣り合う、釣り合わないっていう周りの目線があるんだよ。お前らは華やかで目立つし、俺は地味なやつだ。それで、互いのバランスが悪いと何かと目立ってめんどくさいってわけ」
「そう言われてもあんまりピンとこないんだけど……。とにかく、周りの人に見つかんなければいいんでしょ? セレナと人目につかない場所を探すから、今度のお昼休み、筑前煮を作ってくること! じゃないと……課題さぼっちゃうぞっ」
「課題は自分のためにやるのであって、そんな他人に依存するものでは……」
「出た! 双葉の真面目節! でもさー、たまにはご褒美があった方がやる気がでるんだけどなー?」
両手を合わせ、上目遣いでこちらを覗き込みながら迫ってくる佐倉。こうなったこいつがもう人の言うことを聞かないことは、この数週間の短い付き合いでももう分かり切っていた。
「……ああもう、分かったよ! しょうがねぇなあ……」
「やったー♪ 楽しみにしてるねっ」
手を振って軽やかな足取りで教室を出ていく佐倉。あいつは本当強引なところがあるよな。けど……、そのぐらい強引な方が、きっと変化を受け入れるにはちょうどいいのかもしれないな。とその背中を目で追いながら、どんな場所でもしなやかに生きていけそうなあいつが少しだけ羨ましくなった。
――
「で、校舎裏のここなら見つからないと」
翌週の月曜日の昼休み。俺たちは人気の少ない草木の生い茂る校舎裏に集まっていた。春にしては眩しい太陽の日差しが、ぼうぼうと生えている雑草をきらきらと輝かせていてどことなく綺麗だ。
「そー♪ セレナが見つけてくれたんだっ」
『静かな場所リストは日頃からチェックしてるんだ』
ぜひ俺にもそのリストを共有願いたい……。じゃなくて、
「俺も相伴に預かれるなんてありがたいぜ……その、色々とな」
ちゃっかり来ている若葉がちょっと憎らしいような、けどこいつがいなかったら女子二に俺一人になるから居てくれてありがたいような。けど、冷静に考えるとそれっていつもの状況だな?
「というか、呼ばなかったら絶対後でうるさいだろお前」
「そうでもないぜ? せいぜいお前の腹に切り込みを入れて、えらと内臓を取り出して丸洗いしてたき火にくべるだけだ」
「俺は魚じゃねえよ! キャンプ用の食料にすんな!」
自然あふれる川の中、自分で釣って食う魚はさぞかし美味いだろうけどよ! あー、食べたくなってきたな……。今日の弁当に、魚の照り焼きとか入れてもよかったかもしれん。
「双葉を丸焼きにしたらなんか呪われそうだよね。それに、生まれ変わったらしいたけになってそう」
『しいたけ双葉君……可愛いかも』
生まれ変わりまで考えられても。
「って、そんなことより! おなか空いちゃったから食べようよ~。双葉、筑前煮ちゃんと持ってきた?」
『楽しみ……』
「おう。いっぱい作ってきたから、そんなに急がんで大丈夫だぞ」
女子二人の声に答えて重箱の包みを解き、蓋を開いて筑前煮の御開帳だ。
ほくほくに煮えたれんこんとごぼう、みずみずしい鶏肉、渋い色のそれらを鮮やかに彩る華やかなにんじんの橙と絹さやの緑。それに何より、艶々に美しく輝いているしいたけ。もちろん丁寧に花模様の飾り切りを入れてある。うん、我ながらいい出来だ。他の段に卵焼きやごま和えなどの別のおかず、それに主食のおにぎりを入れており、栄養バランスと彩りを兼ね備えた弁当となっている。喜んでもらえるといいが……。
「す、すごいね……」
「お前は本当料理が上手いよなあ……。キャンプでも凝った料理しそうなタイプだな」
「わあ~! 写真より美味しそう! 一個もーらいっ。あ、いただきます!」
各々の反応を見せる三人。首尾は上々といったところか。佐倉にいたってはもう頬張っているしな。
「ん、鶏肉がぷりっぷりで美味しい! あたしこれ好き!」
「おお! それならよかったぜ」
そう目を輝かせて感想をくれる佐倉。日本人向けの味だろうからイタリア帰りの口に合うか、いささか不安だったが……喜んでもらえて一安心だ。
「いただくぞー。どれどれ、俺も一口……っと」
「い、いただきますっ」
若葉が鶏肉を皿に取り、柊が綺麗な箸使いでしいたけを一つつまむ。そして、柊はおそるおそるといった様子でしいたけを口に入れた瞬間、目を輝かせた。
「どうだ? 美味いか?」
リスの様に咀嚼しながら頷く柊に、思わず苦笑する。美味しいなら何よりだ。作ってきてよかったな。
「うん、美味い。双葉、俺の専属料理人になっていいぞ」
そしてこちらは鶏肉を頬張りながらあらゆるおかずを皿に取り、ガツガツ食べようとしている男子高校生若葉の感想である。
「いやなんねえよオイ。それより若葉、紙コップは持ってきてくれたか?」
「あ、ああ。ちゃんと持ってきたぜ。今の今まで出し忘れてたけど」
鞄の奥底からプラスチックの袋に入った紙コップをひっぱり出し、手渡してくる若葉。
「それじゃ意味ないっっつーの。さんきゅ。ほら、茶も淹れてきたからよかったら飲め」
そういいつつ、持ってきた大き目の水筒から入れてきた茶を紙コップに注いで皆に渡す。
「これなんてお茶? 紅茶っぽい色だけど……匂いはコーヒーに近い感じだし」
『もしかして……ほうじ茶?』
「当たりだ、柊。けど急須じゃなくて、ティーバックのやつだけどな」
「きゅうす?」
「急須、家にないのか? あー、何ていえばいいのか……そうだ。ティーポットの日本茶版みたいなもんだ。そっちで淹れた方が、やっぱ本格的な味が出るんだよ」
「まあ正直味の違いって分かんねえけどな……」
「そういうことは言うな」
『急須は、こっちで言うとマキネッタに近い物だよ。リリー』
「なるほど! 日本茶用マキネッタってことなんだ!」
今度は俺の頭に?マークが浮かぶ番だ。マキネッタとはなんぞや。話の流れからイタリア版急須なのか? だが俺が分からないってことは、きっと若葉も分からないはずだ――
「ああ、確かにマキネッタの本場だもんな。イタリア」
「いやお前も分かるんかーい!」
どうやら俺が置いて行かれる側になったらしい。若葉がなんだか遠く感じるぜ。
「そりゃ分かるっつーの。なんせウチの店にも置いてあるしな」
「だとすると、キャンプで使える急須……直火OKの急須ってことか。やかんとはまた違うよな……」
「双葉が悩んでる悩んでる。普段あたしが悩んでる側だから、ちょっと新鮮で面白いかも」
『シンキングタイムだね』
みんながほうじ茶を飲み終わったタイミングで、
「はい時間切れー。悩みすぎだろお前」
と、若葉が俺のシンキングタイムを止めてきた。
「え⁉ あとちょっとで分かりそうなんだが……」
「時間がもったいないからカットだ。答えは、イタリアと言えば?」
「「カッフェ!」」
と声を合わせて言う二人。カフェ……、喫茶店のことか?
『って言うのは、私達の言葉、イタリア語。日本語や英語だとコーヒーって言うよ。イタリアでは、カフェは喫茶店だけではなく、飲み物のコーヒーそのものも指すんだ』
「ああ、コーヒーのことか! なんだかどっちがどっちか分からなくなりそうだな……。確かにイタリアと言えばコーヒーだよな」
「ほら、こんな感じ。あたしの家も4~5個あるよ」
佐倉が見せてくれた写真にはアルミかステンレスに見えるシルバーの上下分解できそうなくびれがあり、取っ手の付いてあるポットが物置のようなところに並んでいた。
『私は、数えたことないかも……』
「柊さんはお金持ちなんだっけ。そりゃそうか……。あ、双葉、もし買うなら俺の家で買っていけよ」
「オフラインの日常生活に唐突に広告を入れるな。それに俺、あんまコーヒー飲まねえし」
「え⁉ そうなの⁉」
「ああ。コーヒーより、それこそ今日持ってきたみたいなほうじ茶とかよく飲むな」
『コ、コーヒーも、美味しいよ……?』
悲しそうに目をうるうるさせながらこちらを見つめる柊。な、なんだこの罪悪感……。
「じゃあ今回のお礼にでも、今度双葉が大好きになっちゃうような美味しいコーヒー淹れてあげる! セレナ、一緒に淹れよ?」
佐倉の声かけにもちろん、とでも言いたげにこっくんと深く頷く柊。
「佐倉さん言い方……」
肩をぷるぷる震わせる若葉。
「? 何かおかしなこと言った?」
「さ、佐倉は悪くないんだ……悪いのはこいつだから気にすんな」
仕置きとして若葉の頭をグリグリしながら佐倉にそう返答する。
「あ痛っ。くそっ、やめろよお前」
「もー、相変わらず変な二人っ。ふふっ……」
佐倉は俺たちのやりとりを見て苦笑したかと思うと、顔を伏せて言葉を詰まらせる。
「どうした、佐倉?」
「ううん。帰りたくないなぁって思って……」
そのほんのり寂しげな笑顔には、今の生活が楽しいことと、ここに残れるかの不安が浮かんでいるようで――見ているこちらまで胸が痛くなってくる。
「……そんな顔すんなよ。帰らないために、放課後頑張ってるんじゃねぇか。それに……コーヒー、淹れてくれるんだろ?」
「……うん! そうだねっ。双葉にコーヒー飲んでもらうために、まだまだこっちに残らなきゃっ」
「おう。だからサボらないようにしないとな」
「はーい!」
よし。いつもの晴れやかな笑顔に戻ったな。こいつが元気ないと、なんだか調子狂っちまうしな。
そう佐倉が元気を取り戻したところでちょんちょん、と後ろから肩を叩かれる。……なんだ?
「お、おう。柊か……どうした?」
こいつはいつも無言で背後から来るから結構びっくりする。
『ごめんね。でも、廊下側の茂みの辺りから視線を感じて……』
言われてそちらの方向に目を向けたが誰がいる様子はない。おおかた気のせいだろう。若葉の時はこいつの勘が当たったが、本当は日常生活で誰かからつけられることなんて、そうあるはずないからな。
「今回は誰もいなさそうだぞ? 気にしすぎじゃないか?」
『そ、そうだといいんだけど……』
柊はどこかまだ疑念が晴れぬ様子で、誰もいない茂みを見つめていた。




