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訓練されたアイドルオタクではなく


 昨日はあれから怒る佐倉(さくら)をなだめつつ、ドリルとテスト範囲を進めるのが大変だった……。というか、パンツぐらい家で教わらなかったのだろうか。だけど、いつもよりは進んでなによりだったな。ただ、もう少し授業の内容を分かりやすくまとめてやりたいんだがどうしたもんかな……。俺は国語以外の成績はいたって平均、若葉(わかば)は、ザ・理系で人に教えるのが得意なタイプではない。だから教え上手で、ノートまとめが得意なやつでもいれば助かるんだが……贅沢は言っていられないだろう。決して自分の人望の無さに泣いてるとかじゃないよ。ここ大事。


「よし。じゃ、かいさーん」


 山城(やましろ)のかけ声でHRが終わったことに気づく。ぼやぼや昨日のことを考えていたら、いつの間にかHRが終わっていたようだ。今日は火曜日。唯一、放課後教えに行かなくていい曜日だ。休みって、謎の解放感があって嬉しくなるぜ。


双葉(ふたば)ー。今日はなんもないんだろ? 帰ろうぜ」


「おー。そうだな」


 若葉に声を掛けられ、共に教室を出て歩き始める。最近は放課後になるとまっすぐに多目的資料室に向かっていたから、こうして若葉と帰るのも久々な気がする。


「なんかお前と帰るの久々な気がするわ」


 どうやらこいつも同じことを思っていたようである。以心伝心なのに、なぜかあんまり嬉しくない。なぜだ。人と心を通わすのは素晴らしいことと言われているはずなのに。


「やっぱそうか? まあ実際は一、二週間ぶりぐらいなんだけどな」


「双葉、最近あの二人に付きっきりだったからなー」


「そういう言い方されると釈然としないが……」


「実際そうだったろ。放課後すぐに帰ることが多かったのに、今ではだらだらへばりつくように学校残って」


「なんか悪意ないかその言い方? 部活とかで放課後残ってる全ての学生に謝ってこい」


「じゃなくて、直行直帰だったお前が変わったから、俺にはそう見えてるってコト」


「別に今だけのことだから、変化のうちに入らないっつーの。俺の帰宅部根性舐めるなよ」


 一時的な変化で、俺の生まれ持った魂が変わることなんてありはしないのだ。そんなどうでもいいことを話しつつ下駄箱で靴を履き替え、正門から学校を出て帰り道を歩き始める。


「んなしょうもねぇもん誇るな。で、二人の……テストだっけ? 間に合いそうなのか?」


「うーん、今のとこ、ギリギリになりそうなんだよな」


「そうなんだなー……。ま、でも、お前ならどうにかすんじゃね?」


「なんだその適当感」


 結局他人事かい。


「いや……一応褒めてんだよ。お前はやる気ないフリしてなんだかんだ真面目だからな。面倒見がいいというか、少しでも気になったら放っておけないっつーか」


「フリじゃなくて、本当にないんだが……」


「でも実際一年の頃だって、購買買い逃して腹空かしてた俺に、弁当分けてくれただろ」


「あー……、そんなこともあったな」


「あれ、結構助かったんだぜ? ただ、煮物上手いって褒めたら、延々と具材に入っていたしいたけについて語られて引いたけどな」


「そ、それは……スマン」


「今となっては、別に気にしてねぇよ。だから……俺の国語も、忘れずに助けてくれよ?」


 こいつ、もしかして……


「お前、そのために俺を持ち上げたんじゃ……」


「そ、そそそんなことねぇよ!」


「はぁ……まあ、いいけどよ。むしろお前には一年からずっと教えてるしな」


「よかったー……。もう他の生徒で手一杯だからやんねーよとか言われたら途方に暮れるところだったわ」


「いや、今更一人、二人増えたところで、そんな変わんねえだろ」


「……やっぱり、そういうところだよなー……」


 若葉がなにやら小声でつぶやいたが、俺の耳には届かなかった。


「? なんだ?」


「いーや、なんでもねぇよ」


「そうか?」


「そうだよ。あーあ、けど、佐倉さんと柊さんみたいな美少女と一緒にいれる放課後はさぞ幸せだろうなー」


 そして、若葉は棒読みで話を切り替えてきた。なーんかわざとらしいけど……別にいいか。

 

「教えるのに必死で、幸せとか考える余裕無いっつーの。それに二人とも、び、美少女というより……今は手のかかる生徒って感じだな」


「ふーん……。先生役も大変だな。ま、せいぜいバレないように頑張れよ」


 万が一クラスメイトにでもバレたら、俺は断頭台に立たされること間違いなしだろう。若葉にはもう知られちまったが、もう誰にもバレるわけにはいかない。俺はまだ生きたい。

 

「あれ……、あそこにいるのって、佐倉さんじゃね?」


 噂をすればなんとやら、というやつだろうか。若葉の指差す先に目を向けると、通りがかった公園に――すっかり見慣れた佐倉の後ろ姿があった。あのトレードマークの柔らかそうな赤毛は見間違いようもない。

 あいつ、なんか茂みにひっそり隠れて何かを見張っているようなんだが……どう考えても不審者にしか見えない。大丈夫かあいつ? それに、昨日はクラスメイトとカラオケに行くって言ってなかったか……? はぁ。知り合いのよしみだ。通報されないように声をかけてやるか。


「おい、佐倉? そんな茂みに隠れて何やってんだよ。てか、あれ? お前、クラスメイトとカラオケじゃなかったのか?」


「へ、双葉と若葉君⁉ ちょ、ちょっと、静かにしてっ。ほら、あそこ……」


 佐倉の指指す先には、白地に茶色い模様の入った猫と、その目の前で猫じゃらしをフリフリと揺らす(ひいらぎ)の姿があった。


「お、柊か? なんだ。一緒に帰っていた……ワケじゃなさそうだな」


「違うよー。カラオケ行こうとしたら、なーんかセレナがこそこそしてて気になったから、後を着けてきたってワケ」


 若葉といい佐倉といい、人の後をつけるのってそんな日常的に行うことなんですかね。俺の中の価値観が、最近壊されつつある気がしてどうにも恐怖を覚えてしまう。


「そ、そうなのか……。ま、なんでもいいか。にしても柊、雰囲気が普段と違うように見えるな……」


「ね。いつもより雰囲気が柔らかいよね~。猫ちゃん効果かな?」


 柊は基本的に温厚なタイプだが、人見知りの性格ゆえ、普段から人前では若干緊張しいなところがある。それが今、猫と一対一で話す彼女からはまったく感じられない。まさに佐倉の言う猫の効果なのかもしれない。ゆっるゆるの完全リラックスモードのほんわかした雰囲気が、ただ目の前に広がっていた。


「可愛い……きゃっ」


 あ、飛びつかれたうえに顔を舐められてる。猫、お前の品種は分からんが、そこを代わってくれ。

 そう言いたくなるほど、猫とたわむれる柊はなんというか……絵になっていた。本人自体が小動物と例えられるほどの愛らしさを持っているのに、ふわふわの毛並みと人間の腕に収まってしまう小さな体とつぶらな瞳を持つ猫と並ぶと、可愛さの相乗効果で人間の心臓を軽く打ち抜けるぐらいの威力を放っている。こ、これは新手の人間兵器かもしれん。最近は放課後よく会っているからなんとか耐えられているが……柊、末恐ろしいヤツだな。


「く、くすぐったい……。ひゃっ!……も~。はぁ……。猫となら、ちょっとは、話せるのになぁ……」


 そう少しだけ寂しそうに笑って、猫相手に話し始める柊。ん、話し始める……?


「こんばん……は。それと、はじ……めまして、あと、よろ……しくおねが、い……」


「なあ佐倉。あいつ、いつもより話せてるよな?」


「そうですね旦那」


 いやその返しどこで覚えてきたんだ。ドラマか? まあそんなことはともかく。猫相手なら話せるって、あいつ本当に人見知りなんだな……。だが、この件で話す能力自体はあることが証明されたから、柊が話せないのはやっぱりメンタルの問題だったってワケか。

 さーて、どうすればヒト相手でも緊張せずに話せたもんか……。


 ん? そういえばさっきから若葉が無言だが……いつもうるさいこいつにしては珍しいな。どうしたんだ?


「若葉ー? どうした?」


「…………いや、あの猫どっかで見た気がするなって思って……」


「え、そうなのか?」


 野良猫ではなく飼い猫なら、誰かが探しているはずだ。飼い主に今すぐ知らせなければいけないと思うが……。


「うーん……いや、やっぱりどこにでもいそうな猫だし、気のせいだろ。悪い悪い」


「気のせいならいいんだが……」


「それより柊さん、確かに教室や放課後の雰囲気と違って……うん、違うというか……」


「……その気持ちは分かる。分かるぞ」


 思うことは同じで、でもなんとなく直接口には出せず静かに互いに同意し合う俺たちをよそに、佐倉は穏やかな目を柊に向ける。


「でも猫とセレナの組み合わせ、すっごい可愛いね〜。二人まとめて飼っちゃいたいよ〜」


「……そうか。……うん、そうか」


「…………」


「え、双葉も若葉君も反応薄くない? ちゃんと見えてる?」


 可愛いよそりゃ可愛い。けれど男子高校生がそれをちゃんと照れずに褒めるなんて中々ハードルが高いし、褒めたところで声が大きくなりすぎてしまうかもしれない。もうそうなると大人しく頷くことしかできないんだよ。こちとら訓練されたアイドルオタクではなく、ただの女子に慣れていない一般的な男子高校生なんだよ。勘弁してくれ。

 だが、そんな本音をここで佐倉にぶつけるわけにもいかない。大人しくしておこう。


「見えてるっつーの。それに、佐倉の家は人間型ペット飼えないだろ?」


「それもそっか……」


「いや柊さんペット扱いすん……悪くねぇな」


「ダメだツッコミが不在すぎる」


 若葉までボケないでくれ。


「セレナはみんなでお世話しよ〜。で、せっかくだし、セレナに声かけてく?」


「いや、今日はやめておこうぜ。せっかく勉強の無い放課後だしな」


「それもそっか。今からでもカラオケ間に合うかなー? ちょっと連絡してみよ。じゃねっ」


 そう言うと、ひらりと俺らに手を振って去って行く佐倉。あいつはいつも本当に元気だなー……。


「……帰るか、若葉」


「お、おう。そうだな……」


 名残惜しそうな表情を残しつつ、その場を後にする若葉。なんとなく無言でいつもの帰り道を歩く俺達。


「なあ双葉……」


「なんだ?」


「……人間型ペットって、違法だと思うか?」


「まださっきのネタ引きずってんのかよ! 柊は確かに可愛かったけど!」


「じょ、冗談だよ。まあ、結構タイプだからグッとは来たけどさ。普段大人しいけど、動物の前でははしゃぐなんて意外というか」


「あー、お前は見かけによらず、清楚でおっとりしたタイプが好きだもんな……」


 それに加えてギャップなんて見せられたら、そうなる気持ちも分からんでもない。


「ま、とにかく冗談だから気にすんな。お前の大好きな柊さんを取らねえよ」


「いや、なんで大好きって設定になってるんだよ……」


 今たまたま関わりがあるだけで、その扱いはなんとなく釈然としない。というか、柊にも失礼だと思うんだが……。


「え、佐倉さんか? もちろん魅力的だが――お前があのテンションについていけるのか?」


「なにバカなこと言ってるんだ。帰るぞ」


 くだらないことを言い続ける若葉にツッコんで、俺たちは帰り道を再び歩き始めた。

 ……面倒見がいい、か。もしそうだとしたら――いつか犬か猫でも飼ってみたいもんだがな。


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