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変な顔してるよ?


 ――楽しさを伝えられるようなやり方であれば正直なんでもいい、か。多目的資料室に入る前、山城(やましろ)の言葉を脳内で反復する。まあ、俺なりにあいつらに合ってそうなやり方を探してみるか……。


「わり、山城と話してたら遅くなった……って、佐倉(さくら)だけか?」


 そして一呼吸を置き、引き戸を開いたら佐倉が一人で開いた窓枠に体をもたれ外の風景を見つめ黄昏ていた。


「そー。今日セレナは、おうちの用事で来られないんだって~。さっきチャットで連絡が来たよっ」


 手に持っている、おそらく自分の物であろう淡いピンク色のスマホを振りながら言う佐倉。なるほど。そりゃあ、たまにはそういう日もあるか。


「了解だ。じゃあ今日はみっちり佐倉の特訓だな」


「え? チョットニホンゴワカンナイ……」


「バリバリ分かってるだろ! 現実から逃げるんじゃないぞ」


「え~~。まあしょうがないか……。あ、待って。そういえば双葉(ふたば)と連絡先交換してなくない? しよ!」


 言われてみれば確かにしてなかったな、と机から引いた椅子に座りながら思う。というか、俺自身に女子と連絡先を交換するという概念がなかったから思いつかなかったぜ。よい子のみんなは俺が悲しい男子高校生だという事実に触れないでくれ。


「お、おう。今回みたいな欠席があったら役に立つしな。……で、どうやってやるんだっけ?」


「ここの追加ボタンでQR出してっと……はい、読み取るねー。追加! あれ? でも、新しいクラスでいっぱい交換しなかったっけ?」


「まあ、佐倉は数えきれないぐらいしただろうな……」


 みんながこいつの連絡先に群がる風景は容易に想像がつく。

 そういえばあっさり交換しちまったけど、何気に同年代の女子と連絡先を交換するのは初めてだな。気恥ずかしいような、大人の階段を登れたような……謎の感慨深さに包まれて若干頬が緩みそうになる。


「? 変な顔してるよ双葉?……ま、いっか! 双葉はいつも変だし! そうそう、セレナの連絡先も送っとくねー。グループチャットも作っちゃおうよ!」


 喜びに浸ってあまり聞いてなかったが、失礼なことを言われた気がする。そんな俺の思考を置いてけぼりに、ぽんぽんと手際よく操作を進める佐倉。さすがに手慣れていて、コミュ力の高さを感じさせられる。


「さんきゅ……って、お前読み書き苦手なのに、チャットは平気なのか?」


「ふふん。ボイスチャットと文字起こしとか音声入力があるからへーきなんだよっ」


「なるほどな……」


 文明の利器様々だな。こういう誰かのためになる変化は――必要なものだと思う。あれ、チャット、文字のやりとりと言えば……。


「そういえば佐倉。お前……(ひいらぎ)の書いてること、全部読めてるわけじゃないんだよな?」


「うん、100%は分かってないよ?」


 俺のふとした疑問に佐倉はあっさりと答える。


「分かってないのかよ」


「えへへ。でも、なんとなく? 前後の流れとか、表情でけっこう分かるんだよね」


「それで成立するの、なんというか……天才型だなお前」


「そうかな? でも駅の案内とかは全然無理! 」


 表情や流れでどうにかしてしまうのも、 できないことをできないとはっきり認めるのもどことなくこいつらしい。

 

「そういうことか……。なんか分かった気がするな。よし、それじゃあぼちぼちやってくか。そんで佐倉、週末の課題のドリルは進んだか?」


「え? えーっと、いや、その……」


 気まずそうに目をそらす佐倉。これはもしや……。


「じゃあ聞き方を変えよう。ドリルを開いたか?」


「ひ、開いたよ! ひらがなまではやったもん!」


「カタカナと漢字はまだ、と。……ひとまずそんなもんか」


 カタカナぐらいまでは進んでるかな、とも考えたが初学者が一人でテキストを開いたという時点で大分検討したと言えるだろう。


「だって、文字読んでると頭が痛くなってきちゃって……、で、あーもう、分かんなーい! ってなって投げ出しちゃうんだよね。あはは……」


「最初から、解かなきゃって重く考えすぎるから嫌になるんだよ。まずは開いたら大丈夫。一文字でも読めたら儲けもん。1ページ解けたら万々歳。ってな感じでハードルを低くして考えるといいぞ」


「確かにそれなら……開くだけならできるよ!」


「うん、そこからだな。んで、今日はカタカナからじっくりやろうぜ」


「はーい! あ、ねえねえ双葉。そういえば思ったんだけどさ」


「おう。なんだ?」


「なんで日本語ってさ、3種類も文字が使われるの?」


 あー、確かその説明は週末読んだ本に書いてあった気がする。えーっと、確か……


「最初に書き言葉として中国から伝わった漢字が使われたんだ。それが元となって、カタカナとひらがなが作られたらしい。カタカナは漢字の一部を切り取って、ひらがなは書いているうちに書き崩れた漢字の形からできたんだとさ」


「へー! じゃあ漢字は日本語の中でも王様なんだねっ」


「まあある意味ではそうとも言えるかもな。それで、使い分けも諸説あるが、自立語と付属語の区別をつけやすくするためって説が俺の中でしっくりきてるんだが……自立語と付属語は分かるか?」


「分かりません!」


 清々しいぐらいハッキリ言い切る佐倉。うん、素直に言えることはいいことだ。


「OK。例を出すな。今佐倉はノートを持ってるよな。それを『佐倉のノート』と呼ぼう」


「うん」


「この場合『佐倉、ノート』の単語はそれだけで、意味が分かるよな?」


「そうだねっ」


「で、『の』はそれだけでは何のことを言ってるのか分からない単語だ。これを付属語と言う」


「な、なるほど……なんとなく分かった!」


「で、これの区別をつけやすくするために三種類の文字が使い分けられるって説があるんだ。他にも色々言われてるらしいけどな」


「へえー! 確かに分かりやすい……かも?」


「よし、その調子でゆっくり慣れていこう。でもなんでそういう風に作られているのか、理由が分かるとちょっと面白いよな」


「うん! 無理矢理覚えると辛いけど、理由が分かると楽しいかも!」


 満開の花が咲いたような笑みを浮かべる佐倉。そう言ってもらえてよかった。これからの指導方針はこっちの方向で行こう。


「おう、その意気だ」


「はーい! えいえいおー!」


 気合いを入れ直し、珍しく黙ってドリルを進めていく佐倉。口では文句ばかり言うが、こうして素直に切り替えられるのはこいつの長所かもしれない。

 しばらく俺の出る幕はなさそうだし。俺も自分の勉強するか。そう思い鞄から教科書とノートを取りだし、課題に手をつけることにする。


 そして無言で十分が過ぎ――


「あー疲れた。双葉、休憩していい?」


「いやバテるの早いな!」


「おしゃべり休憩ねっ。そうそう、今日クラスで私の地元の話になったんだけど、あ、確かこの前あたしミラノ出身って言ったよね?」


「しかも人の話聞かねぇし……。まあいいか。確かに言ってたな」


「あたしの地元ににまつわるクイズをしたんだけど、みんな当てられなかったんだ〜。だから、双葉にもクイズ出してあげるっ」


 本当にこいつはよく喋るな……。それはそれとして、確かにクイズは興味深い。


「ミラノにおいてある有名な絵画はなーんだ?」


「ああ、確か『最後の晩餐』だろ?」


「え!? みんな分かんなかったのに……なんか双葉が当てるのショック〜」


「お前、ちょいちょい俺のことバカにしてないか?」


 しかも、悪意がなさそうに言っているのがタチが悪いと思う。そういうのよくないぞ。


「待って、じゃあ……あ、『最後の晩餐』の置いてある美術館の名前は?」


「あーっと、なんだっけ……」


「これは分かんないでしょっ」


 ドヤ顔でこちらを見てくる佐倉。……そんな顔されたら意地でも当てたくなるじゃねぇか。そう顔を下に向けて考えていたら、開いていた世界史の教科書の一部分が目に入った。


「サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会だ」


 ちょうどクイズの答えの部分を開いているなんて、ツイてたぜ。ちょっとズルいかもしれないけどな。


「えーまた当てちゃったじゃーん! 悔しいっ。あと何出したっけー……」


「別に勝負じゃないと思うんだが……」


「あ、そうだ! 地元名物のこの揚げピッツァの名前はなんでしょう!」


 佐倉はそう言って、身を乗り出すようにスマホの画面をこちらに突き出してくる。そこに映っていたのは、こんがりと揚がった包みピザのようなものだった。


「うぇ!? マニアックじゃねぇか?」


「そんなことないですー。有名だもん。シンキングタイムは1分ねっ」


「揚げピッツァ……フライピッツァとか?」


「ブー」


 画面を睨みながら頭の中で単語を転がす。ピッツァピッツァ、ピザピザピザピザヒザヒザヒザヒジ……あー分かんねぇな……。


「時間切れだよー。答えはね……」


 佐倉が正解を言おうとしたその瞬間、教室の扉が軋む音を立てて開いた

 キイッ。キキキキッ……。


「おっすー。暇つぶしに来たぜー。この扉立て付け悪いな」


「パンツェロッティ!」


 若葉(わかば)が教室に入ってくるのと同時に、佐倉がクイズの答えを高らかに言い放った。……おう、バッドタイミングだな……。


「…………双葉、何言わせてんだよお前?」


「違う! 誤解だ! 俺が言わせたわけじゃない!」


「? なんで若葉君そんな怒るの?」


「大丈夫だ佐倉さん。こいつはちゃんと通報しておくぞ」


「だから誤解だ若葉!」


 そう叫ぶ俺の鳩尾に的確にパンチを入れてくる若葉。あふっ……死ぬっ……。


「うぷっ……。だーかーらー、佐倉のスマホの画像見ろお前」


「コレコレ」


「あぁ!?……普通の包みピザっぽいパンじゃねぇか」


「今、佐倉の地元の名物クイズをしてたんだよ。で、あのパンの名前が、その……」


「パンツェロッティね」


「ってワケ。ほら早く解放してくれ」


「はぁ〜ん。なんか納得いかねえけどな」


「それは理不尽すぎだろ……」


「ねえねえ、なんでパンツェロッティって言葉、日本では変な意味でもあるの?」


「それは、その……なぁ双葉?」


「むやみに口にしない方がいいと言うか……」


「だからなんでってば」


 口ごもる俺らに痺れを切らしたのか若干不機嫌になる佐倉。


「に、日本では下着……えっと、しかも下半身につける方だな。そ、それのことをパ、パンツって言うんだよ。てか、英語でもそうだろ? だから似てるというか……」


「あ……え? た、確かに英語もそうだけど……とにかく! 二人とも変態〜〜〜~!」


「「だから言いたくなかったんだよ!」」


 意味に気づいて顔を真っ赤にして怒る佐倉に、俺と若葉の叫びが重なった。



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