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せっかくなら声出そうぜ


 たけのこ、にんじん、鶏肉、ごぼう、れんこん、こんにゃく、そして俺にとっての主役のプリンセス……違う、しいたけっと。しいたけは昨晩から水に浸しており、一日たった今は無色だった水を美しい琥珀色に染めている。昨日しいたけ愛と料理への汎用性を語ったら、久しぶりに筑前煮が食べたくなったからな。そんなウキウキの休日である土曜の朝、材料が揃っていることを確認して冷蔵庫を閉めようとしたら、いつもは埋まっている場所に空白があることに気が付いた。


「醤油を切らした……だと? この俺が……?」


 いつもは絶対に起こりえない現象に驚愕する。なんで切らしたんだっけ……そうだ。三日前に切らしたことに気づいたものの「まあ味噌はあるし、それでどこまで作れるかチャレンジも悪くねえな」となぜか謎の挑戦をしていたんだ。だがしかし! 筑前煮は……しょうゆだ。


 まあそんな問答はさておき、おとなしく買い物に行くか。そう思い、冷蔵庫の隣の棚に収納してある水色のエコバックをズボンの後ろポケットにしまい、スニーカーを履いて玄関の扉を開ける。


「にしても、本当に良い陽気だな……」


 一歩外に出てまさしく春爛漫、と言った陽気と眩しい太陽の日差しに思わず目を細める。

 ここ一週間はあいつらに日本語を教えるのに手探りだったな。佐倉(さくら)はドリルが嫌だとぶーぶー言うし、(ひいらぎ)は柊で頑なに話さないし、二人とも優れている面はネイティブにも勝るとも劣らないのに本当にもったいない。

 それに、筑前煮をいつか食わせてやるって言っちまったし、いつか持って行ってやりたいが……昼休みに二人に近づいたら、目立つことは確定だし難しいか。って、なんで休日まであいつらのことを考えちまっているんだ。そこまでの義務は俺にはないはずだ……と言いたいが、しょうがないか。引き受けちまったことだからな。


 家から歩くこと十分で、いつものスーパーに到着。入り口に入りカゴを一つ取って、自動ドアの中をくぐり抜ける。

 お、新玉ねぎと新じゃがいもが袋詰めで売ってるぞ。入口に置いてある旬の野菜はなんとも抗いがたい魅力を放っている。その輝きに手を伸ばそうとしたところで、奥の根菜売り場付近に見覚えのある姿を見つけた。


 あれ? あの薄い体と金髪は……柊だろうか? ミントグリーンのシフォン素材のボウタイブラウスに、ベージュ色のマーメイドラインスカートといういでたちをしており、ザ・日常空間であるスーパーの中で、まるでそこだけ外国の庭園かと思わせるかのような優美さを放っていた。ま、眩しい……。そのあまりの輝きに声をかけるか躊躇してしまう。しかし、発話にはいい機会だろうなと思い、正面に回って声をかけることにする。


「柊? こんなところで偶然だな」


「~~! ……っ⁉ ふ、ふた双葉(ふたば)君⁉」


 こちらに気づいた柊は目を丸くして、もごもごと話し慌てた様子で鞄を漁る。そして、何かを見つけたような表情をし、取り出したのは――


『い、いきなり話しかけるからびっくりしたよ。双葉君、こんにちは』


 いつもの見慣れたホワイトボード。


「ホワイトボードが学外でもデフォルト装備で俺もびっくりだ。せっかくなら声出そうぜ……」


 いや、冷静に考えると我ながらライブの煽りみたいな発言だな。それに、学外であればなおさら必要な装備かもしれないな。


『それはちょっとまだハードルが高いな……』


 発話の練習になればなと思ったんだが、まあしょうがないか。少しずつ少しずつ、それぞれのペースで上達することが大切だろう。


「ここなら周りも知らない人ばかりだから、ちょうどいいかと思ったんだが……ま、徐々にでいいか。今日は買い物か?」


『うん。ノンナとノンノ……おばあちゃんとおじいちゃんと来たの』


「あの噂の厳しいじいちゃんと一緒なのか⁉」


 背中を冷や汗が伝う。名家の爺さんなんて、コワモテで、恐ろしいんだろうな……。できれば会わずに帰りたい。なんだか手のひらが震えてきた。


『うん。今日は爆発しないといいんだけど……』


「ん? 爆発?」


 機嫌が悪くないといい、とかならまだ分かる。けど、爆発ってなんだよ。ダイナマイトのごとくキレるのかよ。おっかないな。

 そこで俺が怪訝に思っている様子を察してか、話題を変えるべく俺のかごを見て


『ご、ごめん。こっちの話だから気にしないでっ。あさり……ボンゴレビアンコ?』


 と、上目遣いで疑問を投げかけてくる。身長が低いからそうなるのはしょうがないけど、どうにも破壊力が……。いかんいかん、気を確かに持つんだ。


「……こほん。ああ、パスタだよな? 確かにイタリアであさりといえばそうかもな」


 特売だったし、味噌汁にでも入れようかと思ってかごに入れたが、そっちも美味しそうだな。


『あまり知られてないかもしれないけど、実はそれもローマの名物料理なんだよ』


「おお、そうなのか。地元のものが世界に広まっているのを見ると、誇らしいよな」


「セレナー? こんなところにいたの……って、あら? ひょっとしてお友達?」


「ノンナ……」


 そう俺の背後から声がし、目の前のセレナが反応する。女性の声だからおそらくおばあさんだろう。そう考え振り向くと――


「いつもセレナがお世話になってます。祖母のアンナです……って、あら、固まっちゃってどうしたの?」


『双葉君?』


 どう考えても孫を持つおばあさんには見えない容姿の女性がそこに立っていた。三十代か、せいぜい大きく見積もったとしても四十代ぐらいにしか見えん。そりゃ、驚きで固まりもする。


「あ、ああ! すみません、こちらこそいつもお世話になってます。初霜双葉と申します……柊、本当にお前のおばあさんなんだよな?」


 後半は、柊にしか聞こえないぐらいの小声で問いかける。


 コクリと頷き、『ノンナ、若く見えるとはよく言われる……』と書いて見せてくれた。


 実際の年齢は分からんが、とにかく若い。そして、華奢で小柄なところと灰色の瞳が柊にそっくりだ。


「なぁに、若人が二人で話し込んじゃって」


「い、いえ! なんでも……」


「あらそう? そうそう、この子ったら人見知りが激しくて……仲良くしてくれる子がいてよかったわぁ。あれ? 双葉君って……、あぁ! セレナが最近よく話すお友達って、あなたのことだったのね!」


「ノンナ!」


「あら、野暮なこと言っちゃったかしら?」


 家で話していたことをそんなに嫌そうにとがめるなんて、柊は家でいったいどんな俺の悪口を言っているのだろう。やっぱり生クリームのくだりはまずかったか……。とにかく、これは接し方を変えたほうがいいかもしれない。そう心の中で反省会を開くこと数秒。


「アンナよ、どこに行っておるのじゃ」


 ふと、威厳のある鋭い声が真上から飛んできた。その声が聞こえた瞬間、目の前にいる柊の肩がぴくりと揺れる。


「あら、おじいさん。いつの間にかあんなとこにいたのかしら」


 見上げるおばあさんにつられて上を向くと、上の階にザ・江戸時代スタイルともいえるような着物を着た威厳のある鋭い目つきのおじいさんがいた。


「今行くわー! ごめんなさいね双葉君、もう行かなきゃ。セレナのこと、これからもよろしくね。ほら、行くわよセレナ」


「ば、ばいばい。双葉君……」


 去り際におばあさんは可愛らしくキュートなウインク、柊は挨拶と共に胸元で手を小さく振って上の階に歩いて行った。その姿になんだか心音が跳ねた気がして、美形のパワーの恐ろしさを思い知った。

 ……ん? そういえば柊、簡単な挨拶だがちゃんと声を出せてたな? よし、いい進歩だ。帰ったら記録しておこう。

 にしても、柊はあんなその道の人でも泣いてしまいそうな切れ味百点満点の眼光のじいさんを納得させなきゃならんのか……。身内にも厳しそうな人だし、こりゃ険しい道のりになりそうだな。


 いかんいかん。人の家庭について考える前に、目先の買い物を終えなければ。醤油醤油っと……。

 そう思い売り場に行ったら、いつも使っている醤油がラスト一個になっていた。危なかった、と思いつつかごに入れる。でも、これ以外の様々な種類の醤油が並んでいて気軽に色々試そうと思える人は、きっとどんなことも身軽に挑戦できるんだろうな、と思う。だけど今日は、やめておくか。俺には冒険はまだ早い……よな?


――


 いつもの醤油、いつものレシピ、いつもの道具で完璧で艶やかで美しい筑前煮を作り上げたその晩。


「読むか……」


 一通りその日の家事や雑事を終えた俺は自室の勉強机で、山城から渡された本と向き合っていた。平日中に一冊は手を付けていたが、その他は触れてない。教えられるレベルの知識があるか怪しい俺は読んでおくべきだろう。

 そう思って読んだが色々な教え方があって、正直さっぱり分からん……。柊の言う通り、語学って深い世界なのかもしれねえな。


 山城は二人に日本語を教えることを、俺の国語の成績がいいからって理由だけで依頼したが、別に俺に日本語の才能があるわけではない。多分小さい頃からよく本を読んでいたから、勝手に成績が伸びただけだ。読書は一人っ子で両親が家を空けることが多い俺にとって、ちょうどいい暇つぶしだったからな。


 そこでふと、読んでいる本の一行が目に留まる。「ただ暗記的に教えるより、理解を促すように歴史や背景から教える」か。これはすぐにでも使えそうなやり方だな。うん、やってみてもいいかもしれん。それで、教え方とかもう少し専門的なところは月曜日に聞きに行くか。

 

「残りは明日っと……」


 読みかけのページに美しいしいたけがプリントされている使い古している栞を挟み、ぱたんと本を閉じて机に置き、月曜の放課後に思いを馳せた。




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