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スモールトーク?


「今日はスモールトーク、というものをやろうと思う」


「スモールトーク? 何それ?」


 放課後の日本語教室、という呼び方にしておこうか。それも三回目になる、四月の金曜の放課後。多目的教室に入って、開口一番に発した俺の提案に首をかしげる佐倉(さくら)(ひいらぎ)。いかんいかん、流石に話の切り出し方が急だったかもしれん。


「ああ、いわば雑談なんだが……、そういう簡単な雑談は、学んだ日本語の能力を定着させることおよび対話の続け方を学ぶことに効果がある……らしい」


「へ~そうなんだ! 確かに英語の授業でも、よく最初に雑談を英語でするもんね。やろやろ!」


「たーだーし佐倉、お前はこれをやりながらだ」


 スモールトークに向け張り切って腕まくりをする佐倉の目の前に、ででん、と小学生のやるような日本語のドリルの山を置く。


「お前の課題は、会話ではなく読み書きだ。だから、手を動かして学習あるのみだ」


「えぇ~~~⁉ なんか難しそう~~! うえ~~ん」


「日本に残りたいんだろ? ちゃんと教えてやるから、ほらやるぞ」


「え~~~~」


『私もドリルやりたい……』


「柊は会話の方が大事だっつーの。強みを伸ばすのも大事だが、弱みが大きすぎて二人とも困ってるんだろ? テストまでは二人とも弱みに集中!」


双葉(ふたば)の人でなし!」


『えっと……き、鬼畜?』


「ええい、どう言われたってかまわん! で、トークのネタだが……どうしようか」


 とにかくスモールトークを提案することだけ考えていて、話の内容まではすっかり頭になかったな……。一つのことを考えると他のことには頭が回らない時、あるだろう? そんなことが俺はしょっちゅうだ。単細胞とも言うかもしれない。自分で考えて悲しくなってきたな。


「え、考えてなかったの⁉ うーんと……あ、じゃあ、好きな食べ物とかどう? 定番だし」

 

 ネタを悩み始めた俺に助け舟を入れてくれる佐倉。さすがムードメーカー。会話のストック数が違うぜ……。


「お、おう。それにしよう」


 柊も「ナイス!」と言ったような顔で首肯しているし、そのネタで行くことにする。


「おっけー。あたしはねー、ママの作ったコトレッタ! 地元ミラノの名物料理なんだっ。衣がサックサクで、中のお肉はしっとりとしていて絶品なんだ~」


「お、ミラノはなんか聞いたことあるぞ。で、コトレッタは……聞いた感じ、日本でいうトンカツか?」


 衣がついていて、具材が肉であるならばそんな感じだろうか。ミラノについてはどこで聞いたんだっけな。後で調べておくか。


『うん。確かにトンカツが一番近いと思う。けど、コトレッタの方が薄いかも。あと仔牛肉で作ることが多いのと、衣が細かいのも特徴だよ』


 もはや定番となりつつある柊の解説が入る。なるほど、そんで、仔牛肉はこっちではあまり手に入らないかもな。でも聞いた限り美味しそうで、興味が湧いてくる。


「セレナナイス解説ー!」


『えへへ、ありがとう。私はカルボナーラが好きかな。私はローマが出身なんだけど、ノンナ……こっちで言うおばあちゃんのレシピが受け継がれているんだ』


 カルボナーラは確かに有名なイタリア料理だな。地域ごとに多種多様な料理があって、代々受け継ぐレシピがあるのは日本とも共通なんだと感じ、親近感が湧く。


「ローマと言えば! って感じだよね~。あたしも好き!」


「カルボナーラって作り方に色々なバリエーションあるよな、生クリーム入れるとか」


 俺がふと生クリームと言った瞬間、笑顔だった柊の表情が凍りつく。え、何かまずいこと言ったか……?


「あ……双葉、それ言っちゃいけないんだ〜」


「え、なんでだ?」


「Capisco,capisco……però non posso accettarlo……」


 なんだか黒いオーラを出しながらイタリア語でなにやら呟く柊。


「イタリア、特に本場のローマでは生クリーム入りのカルボナーラは邪道って言われてるの。だから受け入れられなくて、ショック受けちゃったってトコ」


 佐倉がそう補足を入れてくれる。な、なるほど……。どうやら俺は知らぬ間に柊をはじめとするイタリア人の地雷を踏んでしまったらしい。ここは、文化の違うところだったのか。


「そ、そうなのか……。悪いな、柊」


『大丈夫だよ。取り乱してごめんね……』


 眉をハの字にして謝る柊。俺が地雷を踏んでしまったのだから、そんなに気にすることではないと思うんだが……次からは踏まないように気をつけなければな。


『それで、双葉君の好きな食べ物は?』


 気を取り直して、柊が俺に話を振ってくれる。うーん、本場とはいえイタリア料理の並ぶ前ではいささか言いづらい気もするが……。


「し、しいたけ……かな」


「あー、きのこ? だよね。あたしあんまり食べたことないかも」


『イタリアでも最近売られているんだけどね。地元のきのこの方がよく食べるかも』


「なんだと⁉ あんなに美味しいのに……」


 自分の大好物が海の向こうではポピュラーではないことを知ってショックを受ける。これは「井の中の蛙、大海を知らず」に近いものを感じるな。あくまでも近いだけだが。


『どんな料理が美味しいの?』


「ね、それ気にな――」


「筑前煮、ホイル焼き、炊き込みご飯等、どの料理も絶品だが、やはり一番美味いのはなんといっても含め煮だな。ほどよい醤油の味がしいたけの旨みと風味を引き立てる、まさにキングオブしいたけ料理と言え――」


 そこで、佐倉はジト目で、柊は口をぽかんと開けて俺を見ていることに気づく。やべ、ついつい話が止まらなくなっちまった。


「すまん、話しすぎた」


「めっちゃ食い気味でくるじゃん! しいたけ好きすぎない? 大体そもそも、ちくぜんに? って食べたことないんだけど」


「あー、まあ和食だしな……。根菜や鶏肉を醤油で味付けした煮物なんだが、味の想像が難しいかもしれんな」


 どう説明したもんか思案する俺を尻目に、画像検索でもしてるのか二人は柊の白いスマホを共に覗き込んでいる。


『美味しそうだけど……』


「……しいたけ、メインじゃなくない?」


 どうやら筑前煮の画像にはいきついたようだが、二人ともなんとも微妙そうな顔で問いかけてくる。


「み、見た目には分かりにくいが、俺の中では主役なんだよ。 あの干ししいたけの旨みが筑前煮の味を握ってるんだ!」


「ふーん……」


「目立たないけど、いつもそこに居て皆を安心させる存在。それがしいたけなのだよ」


『し、思想が強めだね……』


「正直今の双葉の顔、ちょっと……キモいって言うんだっけ? そんな感じ」


「どこで覚えたんだそんな日本語! 忘れろ!  というか、そんなに文句があるならいつか食べさせてやるよ」


 俺はどう思われてもいいが、しいたけを侮られることだけは許せん。筑前煮の主役は誰だか思い知らせてやる!


『本当⁉ 日本の料理、食べてみたい……!』


 俺の提案に興味津々に返答する柊に、ふと疑問が湧く。


「あれ、そういえば二人は家で日本食出てこないのか? 親御さん、どちらか片方は日本人だろ?」


「そーだよー。でも、あんまり出てこないかも。ずっとイタリアに住んでいたからさ。だから、持ってきたら私も食べてあげるよっ」


『私もたまに出てくるぐらいかな……。だから、日本の家庭の味、興味あるんだ』


「なんで佐倉は上から目線なんだよ……」


 率直に興味を示してくれる柊はともかく、なんで佐倉は上からなんだ……。そんな偉そうな佐倉に半眼で視線を送る。


「んー、双葉のしいたけ愛にちょっと引いたから?」


「なっ。しいたけは俺のすべてなんだからしょうがないだろ!」


「ええぇ……」


『まあまあ二人とも。でも、乾燥して保管できるきのこなら、こっちでいうポルチーニに近いのかもしれないね』


 俺と佐倉の意見の対立を見かねて仲裁する柊。


「あー確かに!」


「ポポポポルチーニ⁉……ってそうか、イタリアは原産地だな。こっちだと高級で手が出ないから羨ましい限りだぜ……」


『確かに、こっちではパスタコーナー辺りにたまに置いてあるぐらいだもんね……』


「そう! しかもイタリアより高いからしばらく食べてないな~。うう、食べたくなっちゃうよ……」


「そうか。ところで佐倉……、故郷の味を思い出すのもいいが手が止まってるぞ」


 故郷を懐かしむことに夢中でペンを持った手を一切動かしていない佐倉に気づき、声をかける。


「だって会話の方が楽しいし~」


「ほら、教えてやるから……って1ページもやってないじゃねぇか!」


「えへへ、ごめんなさい?」


「口はいいから、手を動かせ」


「え〜〜〜」


「口答えしない。で、それはそれと柊に本題なんだが……、お前は『パーティーでちゃんと挨拶や会話をする』っていう課題があるよな? そのために、柊にはパーティーでよく使うような言葉に絞って練習してもらおうと思ってる」


『了解ですっ』


 気を引き締めたような表情で、そう書いたホワイトボードを見せる柊。


「具体的には、クラスの自己紹介でも言った『よろしくお願いします』や、基本の挨拶『こんばんは』初対面に使う『はじめまして』とか本当に基本の言葉だな。あとは雑談の返しとか」


『で、できるかな……』


「自己紹介で……だ、大体言えていたから平気だろ」


 言おうとしてたことは伝わったが、噛み噛みで山城のフォローが入っていた自己紹介を思い出す。あ、あれは言えていたの範疇に入るかは微妙だが、伝えようとした思いを評価ってことで。


「あ、話が逸れるんだが、イタリア語で『はじめまして』って何て言うんだ? 英語だと『nice to meet you』だが……」


 なんとなく気になって、見当もつかないイタリア語について聞いてみる。イタリア語は英語と同じくラテン語が語源って言うし、やっぱ英語と似てんのかな。


『「Piacere di conoscerti」だよ』


 全然似てなかった。ナの字も合ってない。舐めていたかもしれん。


「ぴ、ぴあちぇ……? 読み方難しそうだな」


「そんなことないよ~? Piacere di conoscerti.はいっ」


 佐倉が軽やかに話に入ってきて、復唱を促してくる。


「い、いきなり振られてもだな……」


「えー、あたしたちだって慣れない言語頑張ってるんだから、双葉もあたしたちに歩み寄ってくれてもいーんじゃない?」


 まぁ確かに、言われてみればそんな気もするな。共に学ぶ姿勢が大事というか。別に俺は本当は教師ではなく、二人と対等の生徒という立場であるわけだから佐倉の言うことはまっとうであると言えるだろう。


「確かに一理あるな……。あ、じゃあ、二人も時々イタリアのこと教えてくれよ。二つの国の文化を交換したらなんか一石二鳥じゃないか?」


「それいいね! がんがん教えちゃうよ~」


『異文化交流……楽しそうだね』


 異文化交流。確かに言いえて妙だな。俺の生まれた国である日本と、イタリアから帰ってきた二人とで互いの文化を教え合えばなんというか――視野が広がる気がする、というか。それは、俺の中では大きな意味を持つように思える。もちろん、二人にとっても意義あるものであってほしい。まぁ、でも今はともかく――


「今は、目先の日本語の勉強の方が大切なんだがな。ほら佐倉、また手を止めるんじゃない」


「あ、バレちゃった?」


「黙ってやれ」


「うわ〜ん、双葉の鬼〜〜!」


 涙目になりながら手を動かし始める佐倉に思わず呆れ顔になる。こいつ、この調子で大丈夫なのか……?


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