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東亰PRISON  作者: 天野地人
生ける屍編
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第8話 進展

「自分たちが知ってる事は全部話したッスよ」

「本当にそうか? あの死体は尋常じゃなかった。何かまだ話していないことがあるんじゃないか?」


「か、勘弁してくださいよ。俺ら、何も隠していないし、嘘もついてない! ホントに知らねえんすよ! あいつが――ピアス野郎が一方的にケンカふっかけてきたから戦った――ただそれだけの話で‼」


「……本当にそれだけか? 場合によっちゃ、お前ら《リスト入り》だぞ」


 《リスト》――流星がその言葉を口にした途端、《ブラン・フォルミ》のメンバーの顔が真っ青になった。

 東京のゴーストが最も恐れているものの一つが《リスト登録》――《死刑執行対象者リスト》への登録だ。リストに登録された瞬間、東京中の《死刑執行人(リーパー)》に命を狙われることとなる。


 よほどの強い力を持ったゴーストであれば、逃げ続けることも可能かもしれないが、大抵のゴーストは《死刑執行人(リーパー)》たちの手によって二週間以内には刑に処されてしまう。それは事実上の死刑宣告と言えた。


 このまま素直に情報を提供してくれたら、すんなり終わる。深雪はそれを期待していた。実際、彼らは互いに顔を見合わせ、目配せしあって流星にどう対応したものか協議しているようだ。


 ところが、彼らが見せた委縮と逡巡は、ほんの一瞬の事だった。


「……やれるもんなら、やってみろ。ただで殺せると思うなよ!」

 (ヘッド)の松永は心持ち前屈みになり、一歩こちらに踏み込んで来る。


 その眼には、先程までにはなかった獰猛さが宿っていた。尋常ではない緊張感から、決死の覚悟であることが伝わってくる。

 他の者たちも(ヘッド)に加勢しようと、一斉に殺気立つ。


 流星はそれを見て、すっと両眼を細めた。先程から放っていた威圧感が、更に鋭く強いものになっていく。両者は無言で睨みあい、一歩も譲らない。沈黙が刃となって、神経を切り刻んでいくようだった。深雪の背中を、冷やりとしたものが伝っていく。


(まさか……このまま本気で殺り合おうってんじゃないよな?)


 そう思うと、いてもたってもいられなかった。余計なことをするつもりはなかったが、思わず流星に小声で囁いていた。


「流星、こいつら本当に心当たりがないんじゃないかな」

「………。どうしてそう思う?」


 案外冷静な声音だった。深雪は僅かに唾を飲み込んで、それに答える。


「だって……小難しい嘘をつけるような奴らじゃない。それにもし本当に何か知っているなら、もっとこう……余裕がある筈だよ。内容次第によっては取引に使えるし……。有益な情報を何も持ってないから、強硬な態度に出るんじゃないかなって」


「………」

 流星は深雪をじっと見つめる。何か間違ったことを口にしただろうか。深雪はどきりとした。

「あ、ごめん。余計なこと言って……」

 すると、流星はにやりと笑う。

「いや、謝るこたねーよ。……で? 深雪ちゃん的にはこれからどうするんだ?」

「……。『ちゃん』じゃねーし……」


 深雪は揶揄われたことに顔をしかめるが、今は取りあえずそこにこだわっている場合ではない。すぐに松永の方を向いて尋ねた。


「あの、さ。事件の事、もう一度教えてもらいたいんだけど」

「もう一度って……でも」

 松永は怪訝な表情で口籠る。深雪はできるだけ相手を刺激しないように続けた。

「すでに話したことでもいいから」

 松永は品定めをするように深雪を見つめていたが、やがてぽつりぽつりと、話し始める。


「……先に手を出してきたのは、ピアス野郎だ。うちのメンバーでナナミってのがいるんだけど……あそこの髪の長い、ピンクのワンピ着た、ちっちゃい女子。ピアス野郎がナナミを追いかけ回しやがって。暴行を働こうとしてたから、俺らが助けに行ったんだよ。そしたら今度は俺らに向かってきやがって……仕方ないから応戦したんだ」


「相手のアニムスは? 分かる?」


「さあ……よくは分からなかったけど、おそらく身体強化系だよ。恐ろしく腕力が強かった。素手でコンクリの壁、ぶち抜きやがってさ。こっちは俺が炎のアニムス使えるのと、電撃系のアニムスが一人、スピード強化と防御力強化が一人ずつついたけど、それでも苦戦させられてよ。

 とにかく、いろいろ普通じゃなかった。強さもだけど……攻撃に一切迷いがないっていうかさ。こっちも見ず知らずの奴にそこまでされるなんて思ってなかったから、完全に不意打ちを食らったみたいになっちまってよ」


「そうか……それ、キツイな。……大変だったんだな」

 

 深雪は思わずそう呟いていた。自分が《ウロボロス》の幹部だった時に、もし同じ事が起こったら、同じチームの仲間を守れただろうか――そう考えると自然とその言葉が口をついて出たのだ。

 松永は少し驚いた表情を見せる。松永にとって、深雪は《死刑執行人(リーパー)》側の人間だ。それが松永達に同情的な言葉を言うとは思ってもみなかったのだろう。


「あの……ナナミって子と少し話せる?」

 深雪が再び尋ねると、松永は最初より若干協力的な態度で言った。

「ああ……まあ、構わねえけどよ。……ナナミ!」


 松永に呼ばれて、後ろの方で固まっていた集団の中から、一人の少女が駆け寄ってくる。彼女がナナミだろう。十五は過ぎている筈だが、背丈は小学生ほどしかない。

 確かに小柄な少女だった。痩せた体に、ピンク色のチェックのワンピースがよく似合っている。胸元には花の飾りがあり、それがアクセントになっていた。


 ナナミは松永の後ろに隠れるようにして立つと、おずおずと深雪を見上げた。

「あ……あの、わたし……」

「事件の事、詳しく教えて欲しいんだ。何か気づいた事とか無いかな?」 

 深雪は中腰になり、できるだけ目線を合わせてそう尋ねる。すると、ナナミは辛そうに目を伏せてしまった。

 深雪は、まずかったかな、と後悔を覚える。しかし、彼女から情報を引き出さないと、手掛かりが得られない。


「ごめんね、怖いこと思い出させて。どんな些細な事でもいい……違和感みたいなことでもいいから。何か覚えてないかな?」

 しかし、ナナミは目を逸らし、俯いたままだ。深雪が困り果てていると、それまで黙って成り行きを見守っていたシロが、ててて、とナナミに近づいていく。


「このお花、可愛いね!」

 シロはナナミの胸元の飾り(コサージュ)をのぞき込んで微笑む。ナナミは最初、突然近づいて来たシロにびくりと肩を震わせたが、その邪気のない笑顔にすぐに緊張を解く。

 おまけに服を褒められたのがうれしかったのか、僅かに表情を緩め、小さな声で言った。


「あ、あの……これ、手作りなの」

「ホント⁉ すごい、可愛い!」


「本当は蝶々もついてたんだけど……それは取ったの」

「どうして?」


「蝶は……怖いから」


「怖い……?」

 深雪はシロの後ろで首をかしげる。蝶は怖いだろうか。むしろ女の子は好きなモチーフだと思っていた。蝶々柄の小物やハンカチなど、女子はよく身に着けている。


 すると、ナナミは恐怖に激しく表情を歪め、震えながら答えた。


「蝶の模様を入れていたの、あの人。腕の辺りに」


 あの人というのが、《ブラン・フォルミ》を襲ったゴーストの事であると、深雪はすぐに気づいた。


「蝶の模様……入れ(タトゥー) 、か⁉」

 勢い込んで尋ねると、ナナミは小さく頷く。


 チームに属しているゴーストたちはエンブレムを入れ(タトゥー)にしている者も多い。《ニーズヘッグ》の若者たちは、腕に黒い龍の入れ墨をしていたし、《ブラン・フォルミ》のメンバーは蟻をかたどった入れ墨を入れている。


 ナナミを襲ったピアスの男も、おそらくそういったチームエンブレムの入れ(タトゥー)を体のどこかに刻んでいたのだ。しかし、流星たちが発見した時には遺体の損傷が激しく、それを見つけることが出来なかった。


 唯一、男に襲われたナナミだけは、それをしっかり見ていたのだ。


 蝶をかたどったという入れ(タトゥー) ……それが彼の属しているチームのエンブレムである可能性は高い。

 思いがけず手に入った手掛かりに、深雪と流星は互いに顔を見合わせた。





 《ブラン・フォルミ》のアジトを後にし、流星やシロと共に事務所に戻る。


 すると、ミーティングルームには、オリヴィエや奈落、神狼が先に到着していた。


 深雪たちがミーティングルームに入ると、収穫があったのか、オリヴィエがすぐさま声をかけて来る。

「……流星!」

「おう、お疲れ。そっちはどうだ?」

「あなた達のおかげで分かりましたよ。黒い蝶のエンブレムを持つチームが一つだけありました。

 《メラン・プシュケー》……五十人ほどの、中規模のチームだったようです」


「例のピアス野郎も、そのチームに所属していたので間違いないようね」

 マリアの声も、先ほどのミーティングの時よりずいぶん弾んでいる。


(もうそこまで分かってるのか……)

 深雪は内心でそう驚いていた。流星が蝶の入れ(タトゥー)の情報を得、それをマリアに伝えたのは僅か小一時間前だ。その短時間で、チームの特定まで済んでしまうとは。


 この調子だと、犯人の特定も時間の問題か――そう思いきや、オリヴィエは困惑したように眉をひそめる。

「ただ、それが……少し妙なのです」

「妙?」

 すると、今度は神狼が口を開く。


「《メラン・プシュケー》、行方不明。誰一人、見つからない」


「……何だそりゃ?」

 流星もさすがに眉根を寄せた。オリヴィエも、皆目見当もつかないとばかりに、首を振る。


「幹部はおろか、現メンバーが一人も見つからないのです。他のチームにも聞いて回ったのですが、彼らも詳しい事は何も知らないと」


「本当か? 五十人もいるんだろ」


「だから、妙なのですよ。それだけの人数が、一斉に姿を眩ませる事ができるとも思えません。ただ、何人か過去に《メラン・プシュケー》に所属していたという若者の話を聞くことができました」

 そう言って、詳細を説明し始めた。





 奈落とオリヴィエが話を聞いた四人の若者は、かつて《メラン・プシュケー》に所属していた下部構成員の一人だったらしい。

 それが証拠に、彼らの右腕にはみな同じエンブレムの入れ(タトゥー)――黒い蝶の紋様が刻み込まれてあった。

 だが、二か月ほど前に、彼らは《メラン・プシュケー》を辞めてしまったのだと言う。


「……どうしてあなた達は組織を抜けたのですか?」

 オリヴィエは丁寧な物腰で尋ねたが、返ってきたのは強い反発と拒絶のみだった。

「はあ⁉ お前らにはカンケーねえだろ!」

 そう言って、こちらを見ようともしない。


 東京にいる若いゴーストは、非力さゆえに警戒心や猜疑心が強い。その為、見るからに異国人風であるオリヴィエと奈落の質問に、快く答える者など皆無だった。


 だが、そこで大人しく引き下がる二人ではない。


「フン……いい御身分だな?」

 奈落が一人の若者の胸ぐらを掴む。そしてごつい折り畳み式ナイフを取り出し、くるくると手の中で器用に回転させた後、ぴたりと男の首筋に突きつけた。すると若者達は打って変わって、「ひっ」と短い悲鳴を上げた。


「うっ……ひ、ひいい! 助けて!」

 胸倉をつかまれた若者は、今にも死にそうな情けない叫び声を上げる。それを見て、オリヴィエは眉をしかめ、奈落をたしなめた。


「おやめなさい、奈落。これでは落ち着いて話もできないではありませんか」

「逆だ、逆。俺はこいつらが話しやすいシチュエーションを、わざわざ作ってやってんだよ」

 あまりの言い草に、さすがのオリヴィエもすっかり呆れ果てる。 


「……よくそんなヘリクツをこね回す真似ができますね?」

「ヘリクツかどうかは試せば分かる。……安心しろ。人間は鼻や耳たぶをこそぎ落としたくらいじゃ、死にはしないからな」

 何食わぬ様子でそう言い放つ奈落。まるで、野菜でも切り刻むかのようなノリだ。このまま放っておけば、本当に耳たぶを切り落とされかねない――そう思ったのだろう、男たちは震え上がって口々に叫び始めた。


「は、話します! 話しますってば‼」

「俺らがチームを抜けたのは、何か……おかしくなったからだよ!」


「どういう事ですか?」

 オリヴィエは目線で奈落に手を放すよう促し、次いでそう聞き質した。異国の神父に助けられた格好となった若者たちは、観念したのか、たどたどしく事情を喋り始めた。


「め、《メラン・プシュケー》はもともと、あんま武闘派じゃなかった。覇権とかこだわらず、マイペースにユルくやってるチームだったんだ。俺らも、そういう空気が好きで、《メラン・プシュケー》に入った」


「みんな、仲は良かったよ。他のチームの中には幹部がまわりをぐいぐい引っ張って行くタイプのとこもあるけど、あそこはみんなで助け合ってくカンジのとこだった」


「でも……それが変わってしまった?」

 オリヴィエの言葉に、若者たちは頷く。


「……最初におかしくなったのは、(ヘッド)の加賀谷さんだった。他のチームに手を出したり、わざと喧嘩ふっかけるようなことしたり。《メラン・プシュケー》の中もスゲエ荒れて、加賀谷さん、気に喰わない事あったらメンバーに手を出すから、みんな攻撃されないようにピリピリしてた」


「止める人はいなかったのですか?」


「最初はもちろん、他の幹部とか止めに入ってたよ! でも、そのうちそいつらも皆、おかしくなっちまって……誰も口が出せる状態じゃなくなった。まるで独裁政権の恐怖政治みたいになっていったんだ」


「だから、俺達メラン・プシュケーを抜けたんだよ!」

「あれじゃ、武闘派でキツくても、他のチームに入った方がましだもんな……!」


 当時の事を思い出したのか、四人とも苦々しい表情で愚痴をこぼしている。かなり嫌な思いをしたのだろう。オリヴィエは、成る程、と呟いた。


「別者のように人格が変わり、それが周囲に伝染していったという事ですか……」

「俺たちだけじゃない。他にもチームを抜けたやつは結構いる」

「どれくらい?」

「分かんねーけど……半分くらいはいると思う」


「《メラン・プシュケー》が誰かに強い恨みを買っていた……という事は無いのですか?」

「昔は無かったと思うよ」

「チームの方針も、できるだけ抗争を避ける方向でやってたし」

「でも今は……誰の恨み買ってるとか、数えらんねーくらいだし……ぶっちゃけ、周囲は全部敵みたいな状態なんじゃないの」


「そうですか……」

 考え込むオリヴィエ。《メラン・プシュケー》の(ヘッド)である加賀谷とかいう男が、急に心変わりを起こしたのは何故なのか。それを掴みたかったが、目の前の下っ端構成員はそこまでの事情は知らないらしい。


 さらに質問を続けようとすると、それまで黙っていた別の若者が、重い口を開く。

「……こないだ、俺、加賀谷さん見たんだよ」

「えっ……マジで⁉」


 初耳なのか、他の若者たちは驚いている。チームを抜けた手前、(ヘッド)の反応が気になるのだろう。声には驚きだけでなく、恐れや気まずさを感じる。


「どこだ? どこで見た」

 それまで口を噤んでいた奈落が、鋭くそう問い詰めた。確かにそこは重要だ。奈落のハスキーで低い声にやたらとビクつきながら、先ほどの若者は慌てて説明し始めた。


「し、渋谷駅の近くにある廃ビルの辺りだよ! 加賀谷さん、何か目が空ろで、フラフラして……顔色悪かったし、口も半開きで、様子が変だった。何だか、まるで意志が無いっていうか……ゾンビになったみたいだった」


 そう言って、蒼白な顔に強い戦慄の色を浮かべる。それはまるで、つい今しがた幽霊でも見てきたかのようだった。


「ゾンビ……?」


 奈落とオリヴィエは揃って怪訝な表情をする。巷でそういう話題が噂となっているのは知っている。だが、目の前の若者の浮かべる恐怖は、そういった興味本位による都市伝説の域を超えていた。


「声はかけなかったのですか?」

 努めて冷静に尋ねるが、若者はヒステリックに声を荒げる。

「そんな事、軽々しくできるようなカンジじゃなかったよ! はっきり言って……ちょっと気味が悪かった。以前の、優しかった加賀谷さんとは、もう全くの別人だよ!」


「………」

 奈落は無言で男を見据えている。嘘をついているかそうでないか、検分しているようだ。自分より頭一つ分以上も高い上に、外見もやたらと物騒な眼帯の男にジロジロと見降ろされ、哀れな若者はすっかり縮み上がっている。


「他に異変はありませんでしたか?」

 オリヴィエは更にそう促す。

「そう言えば……」

 若者はふと思いだしたのか、呟いた。「加賀谷さん、スゲエ太ってたな」

「……あ?」

 そんなことはどうでもいいとばかりに凄む奈落。男は慌てて釈明する。


「あ、いや……十キロは太ったんじゃないかなって……気になったから、言っただけだよ。……何だよ、聞いて来たのはそっちだろ!」




「――分かるわぁ、ストレスは美容の天敵よね! ついつい食べ過ぎちゃうのよ~」


 オリヴィエと奈落の話を聞いていたマリアは、はふう、とため息をついた。

 一方、流星は半眼になる。



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