白鳥の男
「……やっと、見つけた」
目の前にいる青年は、あまりにも美しかった。
白銀の髪は肩のあたりまで柔らかく流れ、薄暗い地下室の中でも淡い光を帯びている。
整った鼻筋に長い睫毛、透き通るような肌。
股間に白鳥の頭部が鎮座してさえいなければ、舞踏会で令嬢たちのハートを独占していても不思議ではない。
「……ええと、あなたが、ジークフリート様……でしょうか」
「そうだ。君は……」
「ポンポコナーと申します」
「そうか」
ジークフリートは静かに微笑んだ。
その瞳に宿るまっすぐな光からは噂のような狂気は感じられなかった。
「どうして、わたくしを知っているのですか?」
ジークフリートの表情が変わった。
白い指先が、わずかに震える。
「覚えているんだ、君に会った日のことを」
知り合いに白鳥などいない。
ポンポコナーは眉を寄せた。
「……わたくしと?」
ジークフリートはゆっくりと座った。
異様な姿と裏腹に声色は穏やかだった。
「私が七歳の頃だ」
*
ジークフリートは鳥が好きだった。
ヴァルグレン領の南、王都から少し離れた湖には、毎年冬になると白鳥が飛来した。
真っ白な羽に長い首、優雅に水面を滑る姿。
幼いジークフリートにとって、それは世界で最も美しいものだった。
ある冬の日、彼は父に連れられて湖を訪れた。
そのとき、湖畔に一人の少女が白い息を吐きながら、一羽の白鳥をじっと見つめていた。
ジークフリートは思わず足を止めた。
「……誰だろう」
その呟きが聞こえたのか、少女が振り返った。
大きな瞳が印象的で、頬は寒さで赤くなっている。
少女は、少し困ったように笑った。
「白鳥って、ずっと見ていられるわね」
その声をジークフリートは忘れられなかった。
*
「私は白鳥を見ていたはずなのに、その日から、君のことばかり考えるようになった。どこの誰なのかも分からなかったが、もう一度会いたかった」
ジークフリートは地下室の天井を見上げた。
「父に尋ねても使用人に聞いても分からない。春に再び湖を訪れても、君はいなかった。それでも私は諦めたくなかった」
「……どうして、そこまで」
「好きだったからだ」
真っ直ぐな答えだった。
「そこで私は考えた。白鳥になれば再会できるのではないか、と。君は白鳥を見に来たのだから、私が白鳥になれば私を見にまた現れるかもしれない」
ポンポコナーは、頭痛を覚えた。
なるほど、噂の出所が少し分かった気がする。
「それで……この衣装を?」
「ああ、白鳥の優雅さを再現するために何度も改良した特注品だ。これと同じものがあと10着ある」
ジークフリートは胸を張った。
冗談を言っている様子は微塵もない。
股間の白鳥も心なしか誇らしげだ。
「私は君のためなら何にでもなれる」
ポンポコナーの胸が、小さく鳴った。
不器用だが嘘ではないと確信した。
「では……なぜ、わたくしがその少女だと?」
「声だ。あと、君は白鳥を見るとき少しだけ首を傾ける。今もそうだ」
ポンポコナーは慌てて姿勢を正した。
ジークフリートが笑みを添える。
「変わらないな」
その瞬間、ポンポコナーの遠い記憶の底から何かが浮かび上がった。
「……まさか、あなた……あのときの男の子ですか?確かに、大人しそうな男の子に会った気がします。でもあの子は黒髪だったはず」
「全身の色素を薄くする魔法薬を作って飲んだんだ」
「ずっと、わたくしを探していたのですか?こんなわたくしを」
「ああ」
答えは一つ一つ、迷いなく返ってきた。
アレクシスは名前を理由にポンポコナーを捨てたが、目の前の青年は名前でも家柄でも婚約者としての価値でもなく、幼い頃の自分を覚えていた。
「……ポンポコナー、君はちゃんと私を見つけてくれた。白鳥になって、生きていてよかった」
一歩彼が近づき、白い髪が肩の上で揺れる。
ポンポコナーは後ずさりしなかった。
ジークフリートの手が伸び、触れる直前で止まった。
「触れてもいいだろうか」
ポンポコナーはその手を見た。
触れたいのだろうに慎み深かった。
「……はい」
指先が、そっとポンポコナーの手に触れた。
温かかった。
「やっと会えた」
ジークフリートの声が、初めて震えた。
地下牢の小さな窓から差し込む夕暮れの光が、二人の間に細い道を作っていた。
その光の中で、白鳥だけが二人を見守っていた。




