残されたもの
「……ジークフリート様!」
声が谷へ吸い込まれていく。
橋の中央部分が大きく崩れ落ち、濡れた木材が谷の途中へ突き刺さっている。雨水を含んだ土が崩れ、細かな石が絶えず斜面を転がっていた。
「……そんな……」
ポンポコナーは膝をついた。
思わず声が漏れた。
「わたくしが……わたくしがもっと早く気づいていれば……」
ポンポコナーは唇を噛んだ。
涙が一粒、頬を落ちた。
「何もできなかった……」
そこまで呟いてからふと考えた。
こんなときジークフリートならどうしただろうか。
ポンポコナーを何年ものあいだ一途に想い続け、再会すべく手がかりも少ないなかあらゆる手段を試し続けたジークフリートならどう考えただろうか。
遺体もなく、死んだと断言しきれない状況で諦めるにはまだ早いのではないか。
ポンポコナーは涙を手の甲で拭った。
彼女は立ち上がりら震えていた膝を両手で押さえる。
「探せば見つかるかもしれない、人を呼んできます」
乗って来た馬車へ戻ろうとしたそのとき、足元に何かが引っかかっていることに気がついた。
拾い上げるとそれは黒い革の細片だった。
端は鋭く裂けており、橋の木材に引っかかり雨に濡れている。
馬車のものではない。
御者の服にも、護衛の装備にも使われていない革だった。
ポンポコナーは橋の上を見渡すと、さらにおかしなものが目に入った。
橋を固定していた太い縄の切断面が、やけに整っている。
「……切れている?」
崩落した衝撃で千切れたのならもっと繊維が乱れるはずなのに、これは刃物で切ったように一本の線になっている。
「誰かが……」
視線を動かすと、橋の手前の泥の中に複数の足跡が残っていた。
そのうち一つは踵の部分だけが深く沈んでおり、おそらく誰かが急いで走った跡だ。
「……馬車で来て、途中で降りた?」
ポンポコナーの目が鋭くなる。
これは偶然ではないのではないか。
朝に見た書状を思い出す。
内容不明の急かすような文面だった。
「……あの手紙は本当に、ヴァルグレン家からだったのでしょうか」
ポンポコナーは革片を懐へしまった。
「そうと決まったわけではありませんが、あなたを探しつつこの件を調べようと思います。どうかご無事で」
ポンポコナーは崩れた橋を睨む。
絶望の底でポンポコナーは一つの確信を掴んでいた。
*
夜が明けても、ジークフリートは見つからなかった。
川下へ向かった捜索隊からも、何の知らせもない。
朝の冷たい風がポンポコナーの頬を撫でる。
「もっと下流を探してください。川岸の茂みも、ひとつ残らず確認してください。岩陰もです」
使用人たちが川沿いへ散っていく。
ポンポコナーも歩き出した。
足元には、昨夜の騒ぎで折れた枝や崩れた石が散らばっている。
しばらく捜索していると、瓦礫の中に白い布が引っかかっていた。
駆け寄り拾い上げた布きれは、ジークフリートの衣服の一部だった。
ポンポコナーは布を握りしめた。
「……まだです。まだ、何も分かっていません」
橋へ戻り、今度は橋そのものを調べ始めた。
ジークフリートがいなくなった原因を知りたかった。
ポンポコナーは持ってきた紙に、切られた縄や不審な足跡の場所を描き写した。




