第六話 宝物殿
――その日の夜。
カイルとルカは、北方に出現した宝物殿の前まで来ていた。
巨大な入口を囲むように、雪原にはすでに大勢の人間が集まっている。
だが、その全てが王命によって徴用されたハクレインの民というわけではなかった。
装備も、その身なりもバラバラ。
彼らは宝物殿の噂を聞きつけ、国境を越えて集まってきた冒険者達である。
目的は、最奥に眠るとされる宝具。
命を落とす危険があっても、手に入れれば人生を変えられるかもしれない。
その可能性を求め、自らこの雪原までやって来た者達だった。
周囲から聞こえてくるのは、これから足を踏み入れる場所への恐怖ではない。
最奥にはどのような宝具があるのか。誰がそれを手にするのか。
冒険者達は、期待を隠すことなく言葉を交わしていた。
この人達は、自分から宝物殿へ入ろうとしている。
カイルには、それが信じられなかった。どれほど価値のある宝具が眠っているのかは知らない。
けれど、そのために命を懸けようとする者が、これほど大勢いる。
彼らにとって宝物殿は、恐れるだけの場所ではないのだろう。
だが、カイルやハクレインの民達は違う。望んでここへ来たわけではない。
王命に従わなければ処罰されるから、連れてこられただけだった。
カイルは隣に立つルカへ目を向けた。
ルカは寒さを堪えるように身体を縮め、目の前に聳える宝物殿の入口を見上げる。
僕が、ルカを守らないと……。
改めてそう胸に刻み、カイルが周囲へ目を戻す。
でも、この人達の傍を離れなければルカを危険な目に遭わせずに済むかもしれない。
雪原にそびえ立つ宝物殿は、白い石を幾重にも積み上げて造られた巨大な建造物だった。
正面には何本もの柱が並び、その奥には高いアーチを描く門が聳えている。
門扉は、隙間一つなく固く閉ざされていた。
その上部には、かつて何者かの姿を象っていたと思われる浮き彫りが刻まれている。
だが、中央にあったはずの姿は所々が大きく抉られ、降り積もった雪にも覆われている。
辛うじて形を残しているのは、左右へ広げられた二枚の翼だけだった。
あの門は、どうやって開く?中には、何が待っている?
どうすればルカを守りながら、生きて帰れる?
カイルには、考えなければならないことがいくつもあった。
それなのに、目の前にある宝物殿はカイルに何一つ答えを与えてはくれなかった。
その時、カイルの近くから陽気な声が聞こえてくる。
「今回は天使型みたいだし、厄介なのは試練くらいだねー」
カイルが声のした方へ目を向けると、小柄な女冒険者が立っていた。
背丈はかなり低い。
それなのに、鎧の隙間から覗く腕には、その小柄な身体からは想像できないほどの筋肉がついている。背中には、本人の背丈に迫るほど長い鈍器まで背負っていた。
その姿を見て、カイルはすぐにトルガを思い浮かべた。
――あの人も、ドワーフなんだ。
ドワーフ達の国、オランデル。
フレイ・ガルドと国境を接するその国では、暮らしている者のほとんどがドワーフだという。
加工場で働くトルガ以外のドワーフと、こうして間近で接することは滅多にないが、小柄な身体に似合わない頑丈な体つきは、やはりよく似ていた。
「だろうな。翼があるうえ、見た目も白い神殿みてぇだ。どう見ても天使の宝物殿だろ! それに、天使型の守護者が、俺達に勝てるわけねぇよ。しかも今回は、フレイ・ガルドの遠征隊までいるんだぜ?」
同じグループの冒険者なのだろうか。
ドワーフの女冒険者の隣にいた背に幅広い剣を負った男冒険者が答えた。
その言葉は自信に満ちていた。
だが、ハクレインでは見慣れない髪も瞳も、七色を見分けられないカイルには何色なのか分からない。
ただ、口元に浮かべた自信だけは、色が見えなくてもはっきりと伝わってきた。
守護者。
宝物殿の奥深くで、宝具へ辿り着こうとする者達の前に立ちはだかる存在である。
宝物殿には天使の力が残されたものと、悪魔の力が残されたものがあり、そこに現れる守護者もまた、天使型と悪魔型に分けられていた。
どちらであろうと、宝具を手にするためには避けて通れない存在だった。
そして、その男の声に賛同するようにまた一人近寄ってきた。
「ロウの言う通りです。これだけの人数が集まっているのなら、どの守護者が相手でも敵なしです」
そう答えたのは、眼鏡をかけた男の冒険者だった。
落ち着いた口調ではあるが、彼もまた、今回の攻略が失敗するとは考えていないようだった。
「セイルには同意したくないけど、これだけ人がいるんだもんねー!」
さらに隣で、カイルよりも年下に見える少女が大きく頷いた。
幼さの残る顔には、ほかの三人ほどの余裕はない。
それでも、守護者に敗れる可能性までは思い描いていないようだった。
カイルは、冒険者は皆こんなにも自信過剰なのかと疑問に思う。
「あれ、《四重の檻》じゃないか!?」
近くにいた冒険者の一人が、興奮を抑えきれない様子で仲間の肩を掴んだ。
「橙色のミラに、赤色のロウ、青色のセイルに、黄色のニア……間違いない! 四色位パーティーの四重の檻だ!」
「異例の速さで四色位まで駆け上がったっていう、あの若い四人組か!」
「しかも噂じゃ、数々の魔物を仕留めて、いくつもの宝物殿を攻略してるらしいぜ……」
冒険者には、一から七までの七段階に分けられた色位が存在する。
その中でも五色位は、上位に位置する階級だった。
そこへ到達できるのは、幾度もの依頼と戦いを生き抜き、確かな実績を積み重ねた者だけだ。
中でも四重の檻は、階級の枠を越えて各国に名を知られた、屈指のパーティーだった。
だが、冒険者としての実力とその人間性は別の話である。
周囲から向けられる羨望の眼差しを当然のように受け止めていたロウは、ふと王命によって集められた白の民へ目を向けた。
「それにしても――どうせ白の連中が先に入れられるんだろ?なら、罠の一つや二つは潰してくれそうだよな」
「ロウ、そういうこと言うのやめなよー」
ミラが呆れたように窘めた。だが、ロウは聞く耳を持たない。
それどころか、白の民全員に聞こえるよう、わざと声を張り上げた。
「トーンレスが壁になってくれるなら、俺達は楽でいいよな!」
その一言に周囲にいた何人かの冒険者達が、つられるように笑い声を上げた。
だが、白の民は誰も言い返すことができなかった。
なぜなら、相手は武器を携え、いくつもの死地を越えてきた冒険者達である。
力を持たない白の民が言い返した所で、何をされるか分からない。
白の民が何も言い返さず、黙っているのを見て、ロウは悪い笑みを浮かべた。
「見ろよ、あの顔! 死ぬ覚悟なんて、これっぽっちもできちゃいねぇぜ!」
「ロウ、さすがに言いすぎです。突入前に、余計な問題を起こすべきではありません」
「問題? 俺はありのままを言ってるだけだろ?」
セイルの忠告を鼻で笑い、ロウは黙り込んだ白の民を見回した。やがて、その視線は近くにいたカイルとルカの前で止まる。
「なあ? そこのトーンレス。お前もそう思うだろ?」
突然自分達へ向けられた言葉に、ルカの肩が小さく震えた。
先ほどまで白の民全体へ向けられていた嘲笑が、今度は自分達へ向けられている。
ルカはどう答えればいいのかも分からず、怯えたように身を縮めた。
それを見たカイルは、ロウの視線からルカを隠すように黙って一歩前へ出る。
「……俺達は、王命で連れてこられただけだ! 好きで死にに来たわけじゃない!」
その時、周りの冒険者達は口を噤んだ。
誰もまさか口答えするとは考えていなかったからだ。ロウの口元から笑みが消えた。
「はぁ? だから何だってんだ?」
白の民であるカイルに言い返されたことが、よほど気に障ったのだろう。
ロウはカイルとの距離を詰めると、睨みつけるように顔を近づけた。
「色も力もねぇ奴が戦場に立った時点で、死体候補だろ! 生意気に口答えなんかしちゃって……痛い目を見ねぇと分からねぇみたいだな!」
ロウが拳を握り締め、大きく振り上げた。カイルはルカを背に庇ったまま、迫る拳を見据える。
その拳が振り下ろされようとした――その時だった。




