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第三話 贈り物

市場をあとにしたカイルは、芋と干し肉の入った紙袋を抱え、雪の積もる道を歩いて孤児院へと戻った。


扉の前まで来ると、中から子供達の楽しそうな声が聞こえてくる。

どうやら、もう始まる前から随分と賑やかなようだ。


「ただい――」


扉を開けたカイルは、そこで思わず言葉を止めた。

部屋の中では、トルガが何人もの子供達に囲まれていた。


一人を抱き上げれば、今度は別の子が背中へ飛びつき、その周りをさらに小さな子供達が楽しそうに駆け回っている。


しかも、加工場で見た時とは格好まで違っていた。

仕事で汚れた作業着ではなく、橙色を基調とした、普段よりもずっと小綺麗なよそ行きの服に着替えている。


どうやらカイルと別れたあと、一度自宅へ戻ってから来たらしい。

そんなトルガから少し離れたところでは、アリアが微笑みながら子供達とのやり取りを見守っていた。


白い髪を長く伸ばした、整った顔立ちの女性だ。


柔らかな目元と穏やかな笑顔も相まって、誰が見ても美人と呼んで差し支えない容姿をしている。


アリアはこれまで一度も結婚したことがない。

それでも、まだ若いうちからこの孤児院で子供達の面倒を見続けてきた。


血の繋がりこそなくとも、ここで暮らす子供達にとって、アリアは母親のような存在だった。


もちろん、それはカイルにとっても変わらない。

物心ついた頃から自分達を育て、叱り、笑い、何かあれば誰より先に心配してくれる。


カイルにとってアリアは、ずっと母親代わりだった。


子供達に囲まれているトルガと、それを優しく見守るアリア。


その二人を見ているうちに、カイルはふと足を止めた。

なんというか――こうして並んでいるところを見ると、妙に夫婦のように見える。


「……やっぱり、あの二人はお似合いだな」


誰に聞かせるでもなく、カイルは小さくそう呟いた。


「あ! カイル兄ちゃん!」


子供達の中にいた一人の男の子がカイルの姿に気づき、ぱっと表情を明るくして駆け寄ってくる。


「お帰り! カイル兄ちゃん!」


「おう!ただいま!」


カイルも笑顔で腰をかがめ、駆け寄ってきた男の子を迎える。

その声に気づいたのか、トルガの周りに集まっていた子供達も次々とカイルの方を振り向いた。


「カイル兄ちゃんだ!」


「お帰りー!」


次の瞬間には、子供達が一斉にカイルのもとへ駆け寄ってきた。


「お、おい。そんな一気に来たら危ないって!」


紙袋を落とさないよう抱え直しながら、カイルは自分を取り囲む子供達に笑いかける。

そんな様子を見ていたトルガも、子供達の向こうから声をかけてきた。


「おう! 帰ったか!」


「はい。ただいまです」


カイルの表情も自然と緩んでいた。

そこへ、子供達の後ろからアリアも歩み寄ってきた。


「お帰り、カイル」


「ただいまです、アリアさん」


そう答えたところで、アリアの視線がカイルの抱えている紙袋へ落ちる。

口の開いた袋から覗く干し肉に気づくと、アリアは驚いたように目を丸くした。


「カイル、これ……干し肉?」


「はい。今日はルカの誕生日ですから!」


カイルはそう言って笑った。

けれど、アリアは少し心配そうな顔をする。


「でも、何かに使うってずっとお金を貯めてたでしょう?」


「いいですよ。今日くらいは」


カイルは気にした様子もなく答えた。

アリアには、その金を何のために貯めているのか話したことはない。


いつか、孤児院の子供達を学校へ通わせてやりたい。


そのために、カイルは働いて得た金の中から、ほんの少しずつ貯めていた。


もちろん、その願いを諦めたわけではない。

それでも今日は、ルカが十歳になる大切な日だった。


「えっ、干し肉!?」


「やったー! 干し肉だ!」


「お肉食べられるの!?」


歓声を上げると、子供達は嬉しそうにその場を駆け回り始める。


普段の孤児院では、肉を食べられる機会などそう多くはない。それだけに、ほんの少しの干し肉でも子供達にとっては十分なご馳走だった。


「もう、そんなに走り回ったら危ないわよ」


アリアは困ったように笑いながら子供達をたしなめると、改めてカイルへ目を向けた。


「ありがとね、カイル。晩御飯ができるまで、ゆっくりしていて」


「はい」


カイルはそう返事をすると、汚れた作業着を着替えるために別の部屋へ向かおうとする。


その途中、ちょうど近くにいたトルガの前で足を止めた。


「そういえばトルガさん、わざわざ一度帰って着替えてきたんですね。作業着でもよかったのに」


周りに聞こえないよう小声でそう言うと、トルガの耳がみるみる赤くなっていく。


「べ、別にいい格好をしようとしたわけじゃないぞ!これはだな……ルカの誕生日会なんだから、それに合う服装をと思って……」


随分と必死な言い訳だった。カイルは思わず口元を緩める。

誕生日会のためだけなら、そこまで慌てて否定する必要もないだろう。


けれど、すぐに先ほど見た光景を思い出した。

子供達に囲まれ、楽しそうに遊んでいたトルガ。


この孤児院の人間でもないのに、こうしてルカの誕生日を祝いに来て、他の子供達のことまで気にかけてくれている。


「トルガさん、ありがとうございます」


「……なんだよ、急に」


不意に礼を言われたトルガが、少し戸惑ったように眉を上げる。

カイルはそんなトルガを見ながら、素直に思ったことを口にした。


「トルガさんが、ここの皆のお父さんになってくれたらいいのにな」


「なっ……!」


ただでさえ赤くなっていたトルガの顔が、今度こそ耳まで真っ赤に染まった。


「な、何言ってやがる!早く着替えてこい!そろそろ始まるんだからな!」


「はいはい」


カイルは楽しそうに笑いながら、今度こそ着替えるために部屋をあとにした。


しばらくして普段着へ着替えたカイルが戻ると、部屋の中ではすでに誕生日会の準備が整っていた。


大きなテーブルの上には、湯気を立てる芋料理や、いくつかの皿に分けられた簡素な食事が並んでいる。


どれも、いつもの孤児院で食べているものと大きく変わるわけではない。

けれど今日は、その中に干し肉もあった。決して豪華な食卓ではない。


それでも、普段はなかなか口にすることのできない肉が並んでいるだけで、子供達にとっては十分すぎるほど特別だった。


まだ食事が始まってもいないというのに、子供達は席につきながら嬉しそうに料理を眺めている。


そして、そのテーブルの中心近くには、この日の主役であるルカの姿があった。


いつも以上に楽しそうな笑顔を浮かべながら、周りの子供達と何かを話している。

そんなルカの姿を見て、カイルも自然と頬を緩めた。


すると、食事が始まる前にトルガがルカへ声をかける。


「ルカ。ちょっといいか」


「なに?」


首を傾げるルカの前へ、トルガは持ってきていた包みを差し出した。


「大した物を用意できたわけじゃないが、明日から必要になると思ってな」


「えっ……これ、僕に?」


「おう」


それが自分へのプレゼントだと分かった瞬間、ルカの表情がぱっと明るくなる。

孤児院では、誰かが自分一人のために何かを買ってくれることなど、そうあるものではない。


だからこそ、ルカにとっては包みの中身を見る前から、それだけで十分に特別な贈り物だった。


「開けていい!?」


「ああ。好きにしろ」


許可をもらうなり、ルカは待ちきれないとばかりに包みを開いていく。


そして、中から現れたのは――厚手の革手袋だった。

 

それを見た瞬間、カイルの目が止まった。


見覚えがある。六年前――カイルが十歳になり、初めて加工場で働き始めた頃のことだ。


カイルは、小さな身体で毎日のように石材を運んでいた。

雪と冷気に晒されながら、硬くざらついた石を何度も抱える。


そんな日々を繰り返していれば、手が無事で済むはずもなかった。

指先はひび割れ、掌にはいくつもの傷ができ、爪まで割れていた。


そんなカイルの手を見たトルガが、ある日ぶっきらぼうに言ったのだ。


「そんな手でいつまで働くつもりだ」


そして翌日、何でもないことのように差し出してきたのが、厚手の革手袋だった。

当時のカイルには、それを買ってくれるよう頼んだ覚えなどなかった。


ただトルガが、傷だらけになったカイルの手を見て、自分で用意してくれたのだ。


あの日から、ただ同じ加工場で働くドワーフだったトルガと、少しずつ言葉を交わすようになったのは。


カイルは手袋を見つめながら、懐かしそうに口元を緩めた。

そして今、六年前の自分と同じ十歳になり、明日から同じ加工場で働き始めるルカの前にも、あの時と同じ革手袋が置かれている。


カイルがそんな昔のことを思い出している間にも、ルカは嬉しそうに革手袋を手に取っていた。


「お前、明日から働くんだろ。これがあれば、少しは手を傷めずに済む。誰かさんと違ってな」


「誰かさん?」


ルカが不思議そうに首を傾げる。

トルガはそれには答えず、ちらりとカイルへ視線を向けた。


その視線だけで、カイルには十分だった。


――覚えてたんだ。

カイルは何も言わず、トルガへ小さく頷いた。


そんな二人のやり取りなど気にも留めず、ルカはさっそく革手袋へ両手を通した。


まだ十歳になったばかりのルカには、ほんの少し大きい。

それでも気にならないのか、指を何度か動かしては、嬉しそうに両手を眺めている。


「トルガさん、ありがとう!」


「おう。大事に使えよ」


「うん!」


元気よく頷いたルカは、そのまま両手をカイルへ見せるように掲げた。


「これで明日からカイル兄ちゃんのお手伝いできるね!」


「ああ。頼りにしてるよ」


カイルが笑って返すと、ルカはますます嬉しそうに手袋を眺めた。


「さ!皆、ご飯にしましょ!」


アリアの声が部屋に響くと、皆待ってましたとばかりに一斉に席へついた。


そして、皆が食事を始めようとした――その時だった。


外から、かすかな音が聞こえた。最初は誰も気に留めなかった。

けれど、その音は少しずつ、確実に大きくなってくる。


雪道を叩くような硬い音。やがて一つではないことに気づく。


何頭もの馬が、こちらへ近づいてきている。


「……何の音?」


子供の一人が、不思議そうに首を傾げた。

誰も答えられないまま、蹄の音はさらに近づいてくる。


そして、孤児院のすぐ前まで迫ったところで、一斉に止まった。


それまで賑やかだった室内が、ふっと静まり返る。


真っ先に動いたのはトルガだった。

さっきまでの穏やかな表情を消し、椅子から立ち上がると、そのまま窓へと近づいていく。


カイル達も何事かと、その背中を目で追った。

トルガが窓の外を覗き込む。孤児院の前には、何頭もの馬が止まっていた。


そして、その馬に跨がる者達の装備を見た瞬間、トルガの表情が険しくなる。


揃えられた鎧。そして、そこに刻まれたハクレイン王国の紋章。


――王国騎士団。

この国に暮らしていれば、その姿を知らない者はいない。


だが、王国騎士団がこんな孤児院へ直接やって来ることなど、まずあり得なかった。


次の瞬間、トルガは勢いよく振り返る。


「カイル!皆を奥へやれ!」


「え?」


突然の言葉に、カイルはすぐには動けなかった。

トルガはそんなカイルを待つことなく、孤児院の入口へと向かっていく。


さっきまで子供達と笑っていた時とは、まるで別人のようだった。


「で、でも、トルガさんは……」


カイルが思わず呼び止める。

すると、トルガは振り返りもせず、普段よりずっと強い声を張り上げた。


「いいから早くせんか!」


その怒声に、カイルの肩がわずかに跳ねた。

理由は分からない。けれど、トルガが何かを強く警戒していることだけは伝わってきた。


聞き返している場合ではない。カイルはすぐに子供達の方へ振り返った。


カイルが子供達を奥へ移そうとした――その時だった。


もう遅かった。

孤児院の扉が勢いよく開き、冷たい外気が一気に流れ込んでくる。


その向こうから数人の騎士が姿を現す。


先頭に立つ騎士は、入口を塞ぐように立つトルガと正面から向き合った。


小柄なドワーフであるトルガを、騎士は上から見下ろす。

先ほどまで笑い声に満ちていた室内から、一瞬で音が消えた。


先頭の騎士は孤児院の者達へ目を向けることもなく、低い声で告げた。


「カイル・レヴナードとルカ・フロイゲルはいるか?」


その名を聞いた瞬間、カイルの表情が固まった。

隣では、ルカも自分の名前が呼ばれたことに戸惑ったように目を見開いている。


なぜ、自分達の名前を知っているのか。何のために、王国騎士がここまで来たのか。


誰も答えを出せないまま――低い声だけが、静まり返った孤児院に響き渡った。

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