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第二十話 黒の力

「多色《ハーフ》……?」


カイルは思わず聞き返した。


その言葉の意味なら知っている。

異なる二つの色を、その身に宿す者。


そんなはずがない。


人がその身に宿す色は、生まれた時から決まっている。

後から別の色へ変わることなど、あり得ないはずだ。


「何を言ってるんだ……? 僕は白だぞ」


サタナキアの灰色の瞳が、さらに険しく細められた。


『何を言っている、だと……?』


カイルが本当に自分の変化を知らないなど、考えもしないのだろう。


『白々しい……! ならば、その左目はなんだ!』


サタナキアは怒りを露わにしたまま、カイルの顔を睨みつけた。


『それは、ルシファー様と同じ――龍のように縦へ裂けた黒い瞳だ!』


「……僕の、左目が?」


思わず、カイルは目元へ手を伸ばしかけた。


その時、サタナキアがカイルの右目を指した。


『だが、もう片方は違う! その瞳は赤い。人間と同じ、丸い瞳孔を持つ赤の瞳だ!』


「……赤?」


思わず、カイルはそう聞き返した。


――赤。


その色を聞いて、真っ先に思い浮かんだのはハクレインの隣国――戦闘国家フレイ・ガルド。


赤色の大陸に築かれ、炎の祝福を宿す赤の民が暮らす国だ。

彼らは類まれな戦闘の才能を持っていると聞いたことがある。


けれど、おかしい。


人がその身に宿す色は、生まれた時から決まっている。

一度宿した色が、後から別の色へ変わることはない。


そして、異なる色を持つ者同士が子を残すこともない。


異なる色を受け継げば、その子は二つの色を宿すことになる。


だが、身体は二色による魔力循環に耐えることができず、命を落としてしまう。


だから赤は赤と、青は青と。

同じ色を持つ者同士で子孫を残してきた。


だからこそ――分からない。


左目には、ルシファーと同じ黒。

右目には、フレイ・ガルドを象徴する赤。


サタナキアの言葉が本当なら、自分の身体には今、二つの色が同時に存在していることになる。


「なんで……」


カイルは自分の胸元へ視線を落とした。


「なんで僕は、生きてるんだ……?」


青い翼が強く光り、サタナキアの前に水が集束していく。


『貴様に聞けば何かわかると思ったが、知らないならそれでいい……ここで死ね』


形成された水槍が真っ直ぐカイルへ放たれた。


「っ……!」


迫る水槍に、カイルは反射的に両腕で顔を庇った。


水槍がカイルの腕へ触れた、次の瞬間。

接触した一点から黒が広がり、青い水を瞬く間に呑み込んでいく。


青色そのものを喰らい、黒へ塗り替えたのだ。

色の源を失った水槍に、もはや形も勢いも保つことはできない。


「……え?」


何が起きたのか、カイルには分からなかった。

だが、サタナキアは何かを察したように目を細めた。


次の瞬間。


サタナキアは石畳を蹴り、カイルとの距離を一気に詰めた。

振りかぶられた大鎌の刃が、今度こそカイルの命を刈り取ろうと迫ってくる。


対するカイルには、その一撃を迎え撃つための武器がない。


それもそのはず、白の民は宝物殿に入る時に何の武器も持たされていなかったのだから。


それでも、カイルはここで死ぬわけにはいかなかった。

 

カイルには、まだ探し出さなければならない者がいる。

そして、その少年を守るという約束が残されている。


――武器がほしい。


守ることも、目の前の敵を倒すこともできる武器を。


その願いとともに、カイルの脳裏へ一本の剣が浮かんだ。


すると、全身の亀裂から漏れていた黒煙の一部が、初めてカイルの意志に従うように目の前へ集まり始めた。


黒煙は幾重にも渦を巻きながら密度を増し、曖昧だった剣の輪郭を現実のものへ変えていく。


そして、その中心から一本の歪な黒剣が姿を現した。


この剣を握れば、何かが変わる気がする。


カイルは咄嗟に右手を伸ばし、その柄を掴んだ。


その瞬間、揺らいでいた黒が一気に収束する。


鍔と刀身が明確な形を持ち、カイルの想像にすぎなかった剣は握る者を得たことで一本の武器として完成した。


だが、サタナキアは踏み込みの勢いを緩めず、カイルを斬り伏せるべく、大鎌を振り抜いた。


カイルもまた、迫る刃を前に黒剣を振り上げる。


黒い剣と大鎌が、真正面から激突した。


耳をつんざく轟音が広間を揺らし、凄まじい衝撃がカイルの右腕を襲う。


武器も力も持たなかった白の民の少年が、初めてサタナキアの一撃を受け止めたのである。


だが、それはカイルが戦士としてサタナキアに並んだことを意味しない。


「ぐっ……!」


剣を握ったことすらないカイルには、衝撃を受け流す術も、力の向きを逸らす技量もなかった。


右腕は大きく押し戻され、両足が石畳の上を滑っていく。


『ふざけるなぁ!! 貴様ごときが、ルシファー様の力を振るうな!!』


サタナキアは怒声とともに大鎌を引き、間を置かず次の一撃を振るう。


次は左手も柄へ添え、カイルは両手で黒剣を支えた。


二撃、三撃と、黒剣と大鎌が激突する。

だが、それは戦いと呼ぶにはあまりにも一方的だった。


サタナキアが刃を振るうたびにカイルの構えは崩れ、その身体は後方へ押し戻されていく。


反撃する余裕などなく、両手で黒剣を握り締め、絶え間なく襲いかかる大鎌を防ぐだけで精一杯だった。


再び二つの刃が噛み合った。


サタナキアは体重を乗せ、黒剣ごとカイルを押し潰そうと力を込めた。


「くっ……!」


カイルの両腕が震え、黒剣の刃が少しずつ胸元へ近づいてくる。


この状況で魔法を放てば。

そう確信したサタナキアの橙色の翼が、強い光を放った。


『死ね!! 無能のトーンレスがああああ!!』


橙色の力が石畳へ流れ込む。


本来ならば、カイルの足元から石槍が突き上がり、その身体を貫いていたはずだった。


だが、何も起こらない。


魔法陣の線一本すら浮かばず、石畳はただ沈黙したままだった。


橙色の力は確かに放たれた。

それにもかかわらず、魔法だけがカイルの足元で成立しなかったのである。


『なぜ……?』


動揺で大鎌を押し込む力が、僅かに緩んだ。


サタナキアの灰色の瞳が、カイルの足元へ向けられる。

黒はカイルの身体から広がり、いつの間にか頂上を覆う石畳の端まで塗り替えていたのである。


そこはもう、色の力が作用する石ではなかった。


サタナキアが注ぎ込んだ力は、黒く染まった石畳に何一つ変化を与えられない。


黒一色となった頂上で、宝具の置かれていた台座だけが、元の石肌を残していた。


サタナキアの視線が、足元から自らの大鎌へ移った。

湾曲した刃の外側、その三分の一ほどが黒く変わっていた。


形こそ失われていない。だが、黒く染まった部分からは、灰色の力が完全に消えていた。


さらにカイルから漏れ続ける黒煙が、噛み合った大鎌の刃へ纏わりつき、サタナキアの腕へ迫っていく。


『まさか……その黒煙まで……!』


サタナキアは咄嗟に大鎌を引き、黒煙から逃れるように後方へ跳ぶ。


まずい。このまま空へ逃げられれば、次に狙われるのは石段の下に倒れている人達だ。

ここから逃がせば、今度こそ誰にも止められない。


――ここで、止めなければ。


カイルの思いに頂上を覆っていた黒が応え、サタナキアの着地点を中心に、黒く染まった石畳が僅かに隆起する。


『……?』


足元の異変に気づいたサタナキアが、咄嗟に視線を落とした。


『一体何を――』


言葉が終わるより早く、先端を鋭く尖らせた黒い棘が一斉に突き出し、サタナキアを襲う。


何本もの棘がサタナキアの胴と両脚を貫き、広がっていた翼ごとその身体を宙へ縫い止める。


『が……っ……!』


サタナキアは空へ逃れる猶予すら与えられなかった。

身体を貫いた箇所から黒が溢れ出し、灰色の肌を段々侵食していく。


黒は血管のように枝分かれしながら全身を巡り、やがてその背に並ぶ六枚の翼へ到達した。


翼に宿っていた違いは、少しずつ失われていく。


黒は色を選ばない。


赤も、橙も、黄も、青も、藍も、紫も――触れたもの全てを、ただ一つの黒へ塗り替えていっているのだ。


カイルの赤い瞳には、生まれて初めて目にした違いが、次々と消えていく光景が映っていた。


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