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第十七話 黄色

サタナキアの翼で最初に動いたのは、紫色の翼だった。

出口へ逃げようとしていた冒険者達を全て囲むように紫色の魔法陣が一気に広がる。


「あ、あああ!!」

「お、おい……そこの冒険者! 俺を殺さないでくれ!」


紫の魔法陣の上にいる者達へ、次々と恐怖が流れ込んでいく。

悲鳴とともに足を止める者。武器を握る指まで固まり、その場から動けなくなる者。


その時、淡い黄色の髪をした女冒険者が武器を石畳へ突き立てる。


「まだ動ける人は、紫の魔法陣から離れて!」


足元から黄色の魔法陣が広がり、枝分かれした光が動けない者達の下へ走る。


黄色の光が身体を駆け抜けると浅かった呼吸も戻っていく。


「おい!そんなことしてないで、早く逃げろ! お前の色も狙われてるんだぞ!」


それでも黄色い女冒険者は逃げなかった。

まだ光の届いていない仲間へ、さらに魔法陣を伸ばしていく。


次の瞬間、伸びかけた黄色の光を塗り潰すように橙色の魔法陣が石畳へ重なった。


「下だ!! 跳べ!!」


叫びと同時に、橙色の魔法陣から無数の石槍が冒険者達の足元から一斉に突き上がった。


黄色の光を受けていた者達は、動きを取り戻すと同時に床を蹴った。


淡い黄色の女冒険者も、足元の魔法陣を途切れさせながら、迫る穂先から逃れるように宙へ跳び上がった。


しかし、光が届かなかった者達は動けない。


「がっ――!」


何人もの冒険者達の身体が石槍に貫かれる。

女冒険者の黄色は、多くの仲間を救った。


だが、全員には届かなかった。


そして生き残った者達は、地面から突き上がる石槍に追い立てられ、一斉に宙へ逃れていた。


宙へ逃れた冒険者達を見上げ、サタナキアの灰色の瞳に藍色の魔法陣が浮かび上がる。


姿勢、速度、落下の向き。


瞳の奥で幾つもの軌道が重なり、その中から淡い黄色の女冒険者だけが選び出された。


女冒険者の身体が頂点を越え、落下へ転じる。


次の瞬間、サタナキアの足元から女冒険者の着地点へ向かって、二本の赤色の光が石畳を走った。


「まずい!離れろ!」


光の軌跡から炎が噴き上がり、二本の壁となって冒険者達を左右へ押し分ける。


炎の間に残されたのは、淡い黄色の女冒険者へ真っ直ぐ続く一本道。


その先へ女冒険者が着地するより早く、サタナキアは炎に挟まれた道を一直線に駆け抜けた。


「ルネル!」


セイルが素早く杖を振り抜くと、青色の魔法陣から大量の水が放たれた。


水流が左右の炎壁へ叩きつけられ、激しい音とともに白い蒸気が立ち昇る。


炎が少しずつ削られていく。


「間に合え!!」


セイルの声に続き、他の青色の冒険者達も慌てて魔法陣を展開する。


幾つもの水流が炎を掻き消す中、淡い黄色の女冒険者が石畳へ着地した。

やがて炎が消え、立ち込めていた白い蒸気が、ゆっくりと引いていく。


「間に合ったか……?」

 

だが、蒸気の向こうで灰色だった翼の一枚が黄色へ染まり始めていた。


「――あ」


サタナキアの手は、淡い黄色の女冒険者の頭を鷲掴みにしている。


逃げる間もなく、女冒険者の身体から淡い黄色の光が引き抜かれていく。


宿っていた黄色の光も、力を失ったように消えていった。

赤、橙、黄、藍、紫。サタナキアの翼に、五色目が宿った。


黄色に染まった翼が、強く光る。


バチっ!!耳を刺す音とともに、黄色の光がサタナキアの全身を駆け抜けた。


踏み込んだ足元で、石畳が砕ける。


「あれは黄色の……活性化……」


冒険者の誰かが息を呑んだ。

次に目に映ったのは、黄色い残像だけだった。


次の瞬間、黄色い残像がセイルの目の前で途切れた。


「――え」


セイルが杖を構えるより早く、サタナキアの手が頭を掴む。


「セイル!」


ロウが叫び、ミラとニアが振り向く。


だが、もう遅かった。


セイルの身体から青色の光が一気に引き抜かれ、青かった髪と瞳から色が失われていく。


奪われた光がサタナキアの背へ流れ込み、灰色だった翼の一枚を青へ染めた。


赤、橙、黄、青、藍、紫。六色目が翼に宿る。


「セイルから離れろ!」


ロウが剣を振り抜き、ミラとニアも左右からサタナキアを挟む。


だが、その攻撃が届く寸前、サタナキアの姿が黄色い残像へ変わる。


三人の攻撃が空を切り、手を放されたセイルだけが、その場へ崩れ落ちた。


四重の檻の一角が、あまりにも呆気なく失われた。

黄色い残像が、広間の離れた場所で止まる。


サタナキアの灰色の瞳が、残る一色を探すように動いた。


だが、緑の民であるエルフの冒険者達は、すでに広間の一角へ集められていた。

 

その前に立つのは、赫色の炎を纏ったリセリアだった。


サタナキアが黄色と青を奪う間に、狙われる者達を集め、自ら盾となる位置へ移っていたのだ。


リセリアは大剣を構え、サタナキアを睨みつける。

緑まで奪われれば、七色が揃う。


揺らめく炎を見つめていたサタナキアが、ふいに宝具がある階段へ顔を向けた。

 

その視線の先で、カイルは階段を上り続けていた。

広間を四色の魔法が襲い、黄色と青が奪われている間も、一度も後ろを振り向かずに進んでいた。


黒い羽根まで、残り十数段。


階段の頂は、もう目前まで迫っている。

サタナキアの視線が、エルフの一団から完全に外れた。

 

「トーンレス!」


リセリアの声が広間に響き、カイルの足が一瞬止まる。


その直後、ミラが巨大な槌を石畳へ叩きつけた。


轟音とともに石畳が大きく隆起し、巨大な土壁がサタナキアと階段の間へせり上がる。


カイルとの間に立ちはだかった土壁を、サタナキアがゆっくりと見上げた。


「お前……!セイルを!」


怒声に、灰色の瞳がゆっくりと下へ向く。


土壁の下では、ロウが剣を構えていた。

頬を伝う涙を拭おうともせず、真っ直ぐにサタナキアを睨みつけている。


勝てないことなど、分かっていた。


それでも、四重の檻の仲間を奪った相手を、この先へ通すつもりはなかった。


カイルが黒い羽根へ辿り着くまで。

ほんのわずかでも、その足を止めるために。


だが、サタナキアの前に立ちはだかっていたのは、ロウ一人ではなかった。

 

いつの間にかフレイ・ガルド遠征隊が左右へ広がり、サタナキアを囲むように武器を構えていた。


先ほどまで恐怖に足を止めていた者達も、もう逃げようとはしていなかった。


正面にはロウ。左右には、赤色を宿したフレイ・ガルドの遠征隊。

 

サタナキアの翼が、静かに光る。


『人間は、どこまで愚かなのか』

 

包囲の中から、副隊長だけがリセリアへ顔を向けた。


「リセリア様! 初めこそ恐怖で足がすくみましたが、我々の最後の勇姿を見ていてください!」


「あなた達、何を言って――」


「そして、陛下へぜひご報告ください! 彼らはフレイ・ガルドの信念を貫いたと!」


遠征の任を受け、フレイ・ガルドの誇りを背負ってここまで来た。

そして最後に、彼らは自分達の命よりも、その信念を貫くことを選んだ。


黒い羽根へ向かう、たった一人の白《トーンレス》。

その道を繋ぐため、遠征隊はサタナキアを囲んでいた。


「ダメよ!」


リセリアが遠征隊へ手を伸ばす。


「あなた達が死んだら私はお父様に合わせる顔が――」

 

リセリアが言い終えるより先に、サタナキアが大鎌を下ろした。


刃先が石畳へ近づき、ロウが足元の異変に気づく。


「水……?」


薄く広がった水が、包囲する者達の足元を一つに繋いでいた。


先ほど静かに光った翼が、青く脈打つ。大鎌の先端が、水面へ触れた。


次の瞬間、入れ替わるように黄色の翼が強く光り、刃先から迸った雷が水の上を駆け抜ける。


「ぐああああッ!」


サタナキアを囲んでいた者達の身体が一斉に跳ね、握っていた武器が止まった。


その一瞬で、サタナキアの姿が黄色い残像へ変わる。


大鎌が動けない者達の間を走り、赤色を宿した身体が次々と切り裂かれていく。

鮮血が宙へ散り、ロウも包囲していた遠征隊も、一斉に石畳へ崩れ落ちた。


サタナキアが大鎌を振るうと、階段を塞いでいた土壁が斜めに断ち切られ、轟音とともに崩れた。


それでも、彼らが命を懸けて稼いだ時間は、決して無駄ではなかった。

サタナキアが灰色の瞳を階段へ向ける。


その視線の先では、カイルが最後の段を上り切っていた。黒い羽根まで、あと一歩。


伸ばせば届くほどの距離に、その黒い羽根は浮かんでいる。


初めて、サタナキアの灰色の瞳から余裕が消えた。

そして、カイルは黒い羽根の目の前に立った。


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