専門医、自分のカルテは読めない
※本編6話の夜のお話です。
「――それは、恋の病です」
その夜、私はついに、お嬢様に診断を下しました。
書斎をいただいて眠れない。旦那様の笑顔を思い出すと動悸がする。お医者様は健康と太鼓判。ここまで揃えば、三百冊のデータから導き出すの答えは一つしかありません。「寝れない」「彼の笑顔が頭から離れない」「動悸がする」はい、確定。
お嬢様は契約書を抱えて、それはそれは切ない顔をなさっていましたけど……きっと大丈夫です。クロードさん曰く、この恋、閣下も同じ症状ですから。
◇
「見事な問診と診断です」
翌日、観測日誌に記入していると、クロードさんが感嘆の声を上げました。
「症状から診断まで、医師のようでしたね」
「ふふん。なんせ三百冊ですから。恋の症例なら、そのへんのお医者様より詳しいと自負しています」
「実は私も、昨夜、閣下に三度目の『それは恋です』を申し上げたのですが……『私に限ってそれはない。検算しろ』と」
「検算!? 恋の方程式は幻なのに!?」
「はい。ですので自分なりに検算しました。あくまでも私の経験上の方程式ですが…。それでも三度とも、答えは同じでした」
「数学的に見ても間違いないと。確定ですね。しかしその方程式、私にも教えて欲しいです……それに、実戦経験がお有りだったんですね。それはポイントが高いです」
両者、恋を認めず。日誌の所見欄に、私たちは並んでそう書き込みました。当人たちだけが認めない両片想いって、控えめに言って最高なんですけど、現実で世話をする身としては胃に来ますね。ああ、まどろっこしい。
クロードさんも同じ気持ちかしら?それはそうと恋の方程式、気になります。「また機会があれば…」と仰っていたけど…
◇
ところで最近、妙なことがあります。
厨房にお茶を取りに行くと、料理長さんがにやにやするのです。
「おう、ソフィちゃん。今日も補佐官どのと『会議』かい」
「はい! 観測日誌の定例会です!」
「定例会ねえ。毎晩、楽しそうでいいねえ」
「はい! 楽しいです!」
「……くう~っ、本人がこれだもんなあ」
何なんでしょう。それから、ギルモアさんも少し変です。この間なんて、日誌用の新しい帳面をくださったんですけど…。「お二人の観測記録のお役に立ててくだされ」って。助かりますわ。でも、渡すときに、妙ににやにやと…。
あと、クロードさんの行動にも謎があります。
プレゼントの頻度が多いのです。お花から始まり、お菓子、ハンカチと色々…昨日は髪留めを頂いてしまった。ヘーゼルサファイアの付いた髪留め。「たまたま見つけた」と仰っていたけど。私、商家の娘なので分かるのです。「たまたまで」「ヘーゼルサファイア」は見つかるものではないのですよ?それに、私の目の色と同じ宝石だなんて。
年上イケメンシゴデキクロードさんはやることなすことスマートな方ですね。しかも、あの方、最近、私が淹れたお茶だけ最後まで飲むんです。当り前じゃないかって?それが違うのです。他のメイドが淹れると「ありがとう」と言って、一口だけで仕事に戻るので、てっきりあまりお茶がお好きではない方だと思っておりましたが、どうやらそうではないようで。無理なさっているのかと聞いてみたのですが「ソフィ殿の淹れるお茶が美味しいのです」と言われました。公爵家のメイドのお茶もとても美味しいと思うのですが…
「そう…ですか?」
嬉しい。メリア様に美味しいお茶を飲んでほしくて、私、ものすごーく勉強したのです!こうして他の方にも評価していただけるなんて。思わず顔がにやけちゃいます。
「ええ。……ずっと飲んでいたいくらいです」
「光栄です!」
あれ?でもクロードさんは、とても美味しいお茶淹れますのに…ふむ、なるほど。
「これはアレですね。”ずっと飲んでいられる”レベルまで精進しなさい。そういうことですね!」
「…………ええ、まあ、そういうことに、しておいてください」
クロードさんは少し困り顔でしたけど、私、何か間違えたかしら?
◇
その夜の定例会で、事件?が起きました。
日誌の最後の頁の隅に、謎の文言が。私のでもクロードさんのでもない筆跡で、小さくこう書いてあったのです。
『観測者もまた、観測されている』
「……クロードさん、これ」
「私ではありません。この端正な癖字は……ギルモアさんのようですね」
「どういう意味でしょう? 観測者って、私たちですよね? 私たちが、観測されて……誰に? なんのために?」
私たちは、二人して首をかしげました。
三百冊読んだ私にも、十年記録したクロードさんにも、この一行だけは、まったく読み解けませんでした。推理モノは管轄外です。
そして、専門医が自分のカルテを読めないという症例は、後の記録に載ることになるのですけど。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。よろしければ評価★&ブックマークをしていただけると、大変励みになります。
本作品は、婚約破棄されたので、慰謝料と経費精算願います ~大手会計事務所内定だった転生令嬢は、簿記のわかる公爵さまと複式簿記で恋に落ちる~のスピンオフ作品です。
本編の裏側をお楽しみいただければ幸いです。




