書斎事件、舞台裏
※本編6話の頃のお話です。
「花を贈っては、と進言したのは私です」
クロードさんは、机に積まれた園芸図鑑の山を前に、責任を感じていました。
「良い進言だと思ったのです。世間の殿方は、そうしますし、ご令嬢も喜ぶと聞いていましたので。すぐに、ご指示を頂いて私が用意する予定でした……まさか閣下が、花の『調達計画』を立て始めるとは」
「相場表に、赤線が引いてありますね……『薔薇:価格変動大』って……贈った後の価値の変動が気になるのでしょうか…。はぁ、そんなこと考えなくても…私だったら飛び上がって喜んじゃうのに」
「……三日です。もう三日、あのご様子です。予算案なら即日の方が…さっさと贈っちゃえよ!」
「クロードさん、お言葉が少々砕けていますよ」
「…失礼」
恐るべし、閣下。贈り物ですら費用対効果の検証をなさるのですね。
でも私は、侍女として知っていました。お嬢様は、お花がお好きです。ヘンリー殿下から毎月届いていた「名前だけの花束」ですら、水を替えて、最後まで飾ってさしあげる方です。だから――
「クロードさん、援護射撃です。お嬢様は花がお好き。これは事実として閣下にお伝えしてください。ただし! 『奥様は物の価値を、原価ではなく気持ちで測る方です』と、必ず添えてください」
「……なるほど。閣下の計算式に、新しい変数を」
「そうです! 原価で悩んでいるなら、原価じゃ決まらないと教えてあげればいいんです!『原価じゃ測れない価値がある、プライスレス!』です!」
「???」
◇
翌日。閣下は花を諦めました。
「なんでですか!?」
私は思わずクロードさんに詰め寄りました。クロードさんは、なぜか少し嬉しそうでした。
「それが……『どの花を見ても、彼女のほうが良いと思ってしまい、選べない』と」
「~~~~っっ!!」
声にならない声が出ました。何ですかその台詞!! キュンです!三百冊読んだ私でも聞いたことないんですけど!? しかも本人、名台詞を言った自覚が一切ないやつ!!
「代わりに、と閣下が仰るには――『枯れないものにする。南の客間を、彼女の書斎に改装する』と言い出して…」
「……っ、クロードさん、それ」
「はい?」
「〈不器用な贈り物〉の最上級です……! 三百冊中、贈り物が『部屋』だった例は三冊だけ! 激レア展開です!! 全力で支援します!!」
「なんと…この方向で間違いないと?」
「はい!このまま行きましょう!」
かくして、公爵邸の裏側で、極秘の突貫工事が始まりました。
職人の手配と工期管理はクロードさん。私の担当は、お嬢様の好みの調査反映です。机の高さはお嬢様の肘に合わせて。インクは書き味重視で三色。ひざ掛けは、お嬢様が実家で使っていたものと同じ織りの、少し上等なやつ。羽根ペンは硬さ違いで五本――これは閣下ご自身が、文具屋で一時間悩んで選ばれたそうです。
「ソフィ殿。例の件、間もなくですが…奥様に気付かれてはいませんか?」
「ギリギリです。今朝も『最近、東棟から槌の音がしない?』と。『屋根の修繕です』で押し通しました。そろそろ限界かもです」
「かしこまりました……あと少し粘っていただけますか?本日夕刻、完成しますのでご準備を」
「御意」
各自夕刻に備え解散しようとしたところ、クロードさんに呼び止められました。
「あの、ソフィ殿…少しお待ちください」
「?」
「これを…」
そう言って渡されたのは、落ち着いた緑の中に可愛く咲く白い花の花束だった。
「市場に視察に行ったときに君の名前と同じ花を見つけたんだ。ぜひ受け取ってほしい」
「……」
「……?」
「素敵です!!私にまでこんな気遣い…さすがシゴデキ補佐官様!」
「…あ、ああ、喜んでもらえてよかったよ」
びっくりして一瞬時間が止まってしまいましたが、なんて可愛い花束なのでしょう。私、殿方からのお花のプレゼントは初めてです。
ますますやる気が出てきました。閣下の贈り物大作戦、必ずや成功させましょう!!
◇
贈呈の夕方。私とクロードさんは、廊下の角からこっそり見守りました。
扉が開いて、夕日の入る書斎を見たお嬢様の、あの顔。「破格の福利厚生ですね……!」って独特の表現!でも、それ照れ隠しですからね閣下、真に受けないでくださいね。でも耳まで赤いのは、廊下からでもよく見えました。
その夜、使用人食堂で、私たちは祝杯を上げました。お茶ですけど。
「作戦成功です! 観測日誌に花丸をつけましょう!」
「ええ。……閣下があんなに緊張なさるのを、初めて見ました。ソフィ殿のアドバイスのおかげです」
クロードさんは、湯気の向こうで目を細めました。ああ、この方、本当に閣下がお好きなんだなあ、忠義の人だなあ、と私はしみじみしました。
と。
「ときに、ソフィ殿は……その、お若いのに…お詳しいのですね。ご自分の恋も、きっと素敵なのでしょうね」
「? 私、実践経験はゼロですけど?」
「…………は?」
「私の恋愛知識は、全部読み物です。実物の恋なんて、したことありませんよ?恋愛の知識を得るのに本の方が効率がいいんです。それに本の方が面白いですし」
クロードさんは、お茶を持ったまま、しばらく固まっていました。
「…クロードさんどうしたんですか?」
「……いえ。何でも、ありません」
何だったんでしょう、あの間。
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本作品は、婚約破棄されたので、慰謝料と経費精算願います ~大手会計事務所内定だった転生令嬢は、簿記のわかる公爵さまと複式簿記で恋に落ちる~のスピンオフ作品です。
本編の裏側をお楽しみいただければ幸いです。




