苦労人、苦労人と出会う
※本編3話の頃のお話です。
ヴァルテンベルク公爵家から、お手紙が来ました。
『貴女のような聡明な女性に惹かれました』って書いてあるんですよ? 惹かれました、ですよ?
これを読んで「就職のお誘いだわ!」と目を輝かせる主が、この世に実在します。うちのお嬢様です。
「紺よ、紺。一番地味なやつ。清潔感と実務能力だけを伝えるの」
「どこの国の正装ですか!?」
面会当日の朝の攻防は、本当に大変でした。三百冊の知識を総動員して、なんとか若菜色のドレスまで押し戻したのが私の勝利。髪型の「きっちりまとめ」を通されたのが私の敗北。引き分けです。悔しい。
鞄に見本帳簿を詰めるお嬢様を見ながら、私は決意していました。この面会、絶対に何かが起こります。三百冊がそう言っています。
◇
公爵邸の玄関で出迎えてくださったのは、亜麻色の髪をひとつに結んだ、穏やかな灰緑色の瞳。物腰の柔らかそうな、お顔の整った殿方でした。
「補佐官のクロードと申します」
この方は公爵様の補佐官クロード・ヴェルナー男爵、二七歳
目が合った瞬間、ピーンときました。
この方…苦労人だわ。
なんて言うんでしょう、同業者の勘です。長年、手のかか…おっと失礼、個性的な主に仕えた人間だけが持つ、あの、目の奥にある諦めと何があっても受け止める覚悟。私の目にも多分同じものがあって、お互い、一礼の角度だけで会話が成立しました。「お互い、大変ですね」「ええ、本当に」って。口には出してませんけど。
それにしても、物語から飛び出てきたようなお方ですね。さすが貴族と言いましょうか…推せます。
お嬢様が応接室に通されて、私は控えの間で待機。……のはずが、気になって気になって、扉の近くで聞き耳を立ててしまいました。侍女の恥です。でも探究心が勝ってしまいました。
中から聞こえてきたのは、閣下の、朗読。
「第一条。契約期間は本日より三年間とし――」
(…約款??いったい何を読み上げてるんですか!?)
第二条、第三条。話が進むほど、私の膝から力が抜けていきました。これ、求婚ですよね? お手紙に「惹かれました」って書いた相手との、初対面ですよね? なぜ約款の読み合わせが始まるんですか?
契約結婚モノも、四十冊は読みましたけど…。でも、プロポーズを第一条から順に読み上げた男性キャラは、私の辞書に一人もいません!斬新すぎます!!……え、まさか本当に…就職…ですか?
「第十二条。本契約の名称は――婚姻とする」
「…………はい?」
求婚きたー!やっぱり求婚!!扉越しに、お嬢様の困惑が伝わってきました。でしょうね!!
◇
面会後。お嬢様が馬車の支度を待つ間、クロードさんがそっと近づいてきて、深々と頭を下げました。
「……本日は、その、驚かせてしまい」
「いえ、あの、うちのお嬢様も『就職のお誘いだわ』と言って伺った身ですので……おあいこと言いますか……」
「実は昨夜、進言したのです。『閣下、せめて第十二条を最初に申し上げては』と」
「言ったんですね!? それで!?」
「『順序立てて説明するのが誠意だ』と却下されました」
「誠意の使い方!!」
思わず声が出ました。クロードさんはクスッと笑った後、応接室の方角を見ました。
「閣下は、その、ご結婚どころか、ご自分から夜会に立たれることもない方でして。閣下なりに考えた最善策なのです。今回のことは、当家では建国以来の一大イベント。何卒、末永く、広い心で……」
「こちらこそ、うちのお嬢様は、その、令嬢の皮を被った商人と言いますか、経理担当者と言いますか……少々個性がありまして…」
顔を見合わせて、二人同時に、ふふっと笑い、その後同じ深さのため息が出ました。
「「うちの主が、すみません……」」
声まで揃って、二人して苦笑い。
なんだか、クロードさんとは気が合いそうですね。
――このとき私はまだ知りませんでした。この方と私の「業務連携」が、この先どれほど長く、そして楽しく。……その、どれほど大切なものになるのかを。
ちなみに帰りの馬車で、お嬢様は上機嫌にこう仰いました。
「いい面接だったわ。待遇は破格、上司は誠実。ソフィ、私、就職するわね」
「求婚です!! 受けたのは求婚です!!」




