一 読了
「もう終わりだ」
ふわふわと意識が現実へ戻ってきた。さて私は誰だっただろうか? 今まで現実によく似た小説を読んでいたからか、少し分からなくなる。
私は田中桜夢で、高校1年生。今まで一胡先輩からもらった小説を寮の自室で読んでいた。
そう私はセアラでもいちごでもない、桜夢なんだ。
「本当にただの小説なんだよな・・・・・・。ただ途中までしか書いていないだけで」
最後まで書かれていたら、図書館に置いてある本並に面白かっただろう。そう思うと少し残念。
この小説はコピー用紙をホッチキスとテープでまとめてあるだけの簡単な冊子ではある物の、とても面白い話しだった。
ただ私はあまり小説を読まないので、これがどれだけおもしろいかは本当には分からない。本当はたいしたことがない、私のような世間知らずの高校生以外にとってはつまらないお話かもしれない。
「海都によればたいした思いは込めていないって感じらしいけど、この本しか今は手がかりがない」
海都はサイコメトリー能力者であり、そういうこともあってかこの本から何か遺された感情が分かるかと思ったけど駄目だった。
海都は私と違ってトランスジェンダー男子でありイケメンだし、何よりも下位能力者だ。そこで住んでいる世界は違うけど、海都は双子の弟なので考えていることが私にはなんとなく分かる。そこで海都が嘘をついていないことも分かってしまった。
だということは、大事なのはこの本にこめられた思いよりも、書かれた文章だ。大体込められた思いを読むことができるのはサイコメトリーの人しかいないから、私には無理だし。
「うーん先輩方はどうしてるんだろうな?」
今ここにある小説をもらったのは私だけじゃなくて、先輩達もだ。そこで今他の先輩方もこの小説を読んだはず。
よしっ出かけよう。小説は持って行った方がいいかな? 流石にこの小説に関する話をするのだから、実物があったほうがいいはず。
そこで私は立ち上がり、自分のスペースから離れる。高めのロフトベッドの下に机があるからか、立ってみると開放感がある。別に私は外の世界に興味がないのもあって、私物は少ない。そこでロフトベッドの下だけで完結しているので、私のスペースはかなりがらんとしている。
これが海都の部屋は違うらしい。海都は下位なので外の世界の物を手に入れる機会が多い分、色々な物を持っているらしい。なんならサイコメトリー能力があることを言い訳に、色々な物を持てる機会もあるらしいし。
そんな海都からすれば私のスペースはつまらないだろうな、そう何度も思う。
「それにしても自分が出てくる小説なんて初めて読んだ」
私は手に持った小説を眺める。
物語の登場人物は、大抵自分とは無関係の人であることが多い。でも今回読んだ方はそうじゃなかった。
私も、この小説を書いた作者も、そしてこの小説をもらった他の先輩方も、この小説には登場してきた。だから私にとっても、先輩方にとっても大事な小説なんだ。
「桜夢、読み終わった?」
あっ百々先輩がやってきた。ルームメイトってこともあり、読む終わってすぐに話しかけてきたらしい。
「そうです。それにしても私、百々先輩、胡桃先輩、それから作者である一胡先輩の4人が出てきて驚きました」
「そうだね~。ひらがな表記だけど、すぐに分かった」
百々先輩の言うとおりだ、私達の名前がそのままでてきていた。
私ことさくらがミーナ、百々先輩ことももがリズで、胡桃先輩ことくるみがりり、一胡先輩こといちごがセアラだ。
「私はあの小説だと同学年っぽい扱いなので気になりました。実際私だけあの4人で後輩ですから」
先輩方は高2で、私だけ高1。そういうこともあって、一番私が控えめになるはず。でもそういう感じはあまりなかった。
むしろ私のキャラクターはかなり出しゃばっていた気すらしてくる。
「それは胡桃もそうかも。胡桃は一胡のルームメイトだから、一番仲良しじゃん。それに私はそれほど一胡と仲良くないから、一番の部外者は私なんだよね」
「そうですね。むしろ一胡先輩にとって一番の仲良しは胡桃先輩であり、私達はそこまで仲はいいわけではないかもしれません」
とまあ現実とはちぐはぐなところもあるけど、大体小説では私達のことを忠実に表現しているはず。
「この小説に出てきているのは同じ中位能力者で島残留組なだけで、それ以外のつながりはないよね。それに島残留組は、この小説に出てきていない人もいるし」
「そうですね。確かに中位能力者で島残留組は少ないですが、どうして一胡先輩は私達を選んだのでしょうか?」
特に私だ。学年も部屋も違うから、私が一胡先輩と仲良しだった事実はない。
そういうこともあって、一胡先輩の書いた小説に私が出てきたことは衝撃だ。
「そもそも『瑠璃島館』なんて存在しない屋敷がちゃんとあって、びっくりした。確か『露命の森』には島残留組が暮らす集落があるけど、そういう屋敷があるなんて聞いたことない」
私も島残留組になることが決まったとき、『露命の森』には行った。そこには高校を卒業した後の、島残留組が暮らしている不言色集落があったけど、そんな館はなかったはずだ。
ちなみに図書館はあった。学校の図書館よりも立派だったので、他の島残留組がはしゃいでいた記憶がある。
「そもそも『露命の森』は島外の人立ち入り禁止でしょ。島外から来た人がいるってこともおかしいです」
なぜかこの小説には島外の人が、瑠璃島館へ来ていることになっていた。でもそんなことはありえない。
何よりも中位能力者が島外の人と関わることはできないので、そこも不自然だ。
「まあね島外の人と関われるのは下位能力者だけでしょう。情報だけなら下位能力者からもらえるんじゃない?」
「私もそうしていますし、一胡先輩もそうかもしれません」
海都が下位能力者だから、私は中位能力者の中では外の世界につながりやすいかもしれない。百々先輩も能力のつながりで、下位能力者と仲が良かったはずだ。
じゃあ一胡先輩はどうしていたんだろうか? 一胡先輩の交友関係が分からないから、下位能力者とのつながりは分からないや。
「マーダーミステリーも島ではないよね。下位能力者の子がたまーに話題に出してるくらい」
「そうですね。私は知りませんでした」
なんなら今もよく知らない、マーダーミステリーに関しては。
この小説では当然のようにマーダーミステリーが出てきたけど、中位能力者のほとんどはマーダーミステリーのことを知らないんじゃないかな?
「でもさーすごいよね。私達と同じように島の中で閉じ込められた生活をしているのに、島の外に関する小説を書くなんてさ」
百々先輩は部屋をぐるりと見渡す。
この部屋はロフトベッドと机が一体になったものが壁に2つあるだけの、シンプルな部屋だ。島の中で持つことを許された物しかなくて、おもしろみもあんまりない。
一胡先輩だってこんな感じで生きていたのに、なんであんなにいい小説を書けたのかな? 分からないや。
「私は一胡が考えていることなんて分からないよ。そしてなんで私や桜夢を小説に出したかも分からない」
私にも分からない。
そのうえこの小説を遺して、なんで一胡先輩は自殺したのか。それもまだ分からない。




