4.Cafe Latte(36)
本日2話目です。
36.黙ってて
コポコポコポ……
コーヒーメーカーから“そろそろいいよ”という音が聞こえる。
保温ポットになみなみと出来上がったコーヒー。
カップが4つとミルクの乗ったトレイの隙間に押し込んで持ち上げる。
カチャ
一瞬、重さでバランスを崩し落としそうになる。
(危ない、危ない)
持ちこたえられてほっと息をつく。
「瑞葵!大丈夫か?!」
哲平さんが慌てて駆けつけてくれる。
「大丈夫ですよ。哲平さん、過保護すぎますよ」
最近の哲平さんはちょっとのことでいろいろと世話を焼こうとする。
(もう、子どもじゃないのにな……。それだけ私が頼りないってことだよね)
苦笑いと共にふがいなさで息を吐く。
(しっかりしないと……)
ツキリと胃が痛んだ。
パン屋へ向かうと神崎さんに。帰りには哲平さんとばったり出会った。
朝食もまだだったので、みんなで一緒に食べようという話になったのだが……。
大所帯でカップがまちまちになってしまった。
(私のカップを誰に渡そうか……)
面可愛いカップに視線を向ける。
(一番、大人しいものだから、きっと大丈夫、よね)
「お待たせしました。コーヒーです」
リビングで仏頂面の哲平さんと無表情の神崎さん、ニヤニヤしている兄の樹が微妙に距離を取って座っていた。
「……」
(よくわからないけど、面倒くさそう)
もう気を遣うのをやめて、さっさとコーヒーを注いで真ん中に3つ置く。
「お好きなのをどうぞ」
私は一番お気に入りのカップを持ち上げ、買ってきたパンを物色する。
今日はフルーツが乗っているものや総菜パンと多種多様に揃っている。
(たくさん買ったから、3つ食べちゃお)
デザート系を2つ、総菜パンを1つ。コーヒーにミルクを足して一口だけ飲む。
「うん。美味しい」
一旦リセットできた。
顔を前に向けるとそれぞれコーヒーを手にしていた。
兄はいつもの自分のカップにしたようだ。
神崎さんは兄のもう一つのカップ。
ということは……。
「……」
(“社畜”ロゴのカップは哲平さんね)
無言で確認し、納得した。
「透、今日は何?どうかしたの?」
兄が静寂を破った。
「あ、ちょっと相談をしたいなって思って」
「ふーん。そうなんだ。瑞葵は透と話がしたいって?」
「あ、そうなの。相談を、少し」
「へえ~。じゃ、3人で話した方が良さそうだね。哲平は帰りなよ」
兄の言葉に一瞬空気が氷つく。
ギギギと音がしそうなぎこちなさで哲平さんに顔を向ける。
ちょっと青い顔になって固まっているようだ。
「お兄ちゃん、今コーヒーを入れたんだから、そんなこと言わなくても……」
「そ、そうだぞ。今は一緒に朝ご飯を食べる」
「じゃあ、食べたら帰って」
「いや……。できたら一緒に話を聞かせて、欲しい。今、取り掛かっているものの話、だろ?」
歯切れの悪い言い方は哲平さんらしくない。
「ん~。邪魔になりそうなら、帰ってね」
最近の兄は言葉の圧が、……強い。
「それじゃ、まずは透から。何を相談?」
「実はリニューアル版のクラフトはどれだけの大きさまでいいのか、確認したくて」
「あ、それね。それは……」
神崎さんはガチの仕事の相談だった。
私も関係することなので、しっかりと話を聞きながら、こっそりとメモを取る。
RPGではありえない規模でクラフト部分を拡大させるらしく、神崎さんは腕を組んで考え込む。
「瑞葵、透に相談って?」
「あ、いいですか?その、私、まだまだ足りないところだらけで、即使えるようなことが何かを教えて欲しくて。その、学ぶこと多すぎて、どこから手を付けたらいいのかわからなくなりまして」
「それなら、幾つか最新のものを取り入れればいい」
そう言って、カバンからノートPCを取り出し、フォルダを開く。
「ちょうど、これを共有しようと思っていた。かなり使える」
「ありがとうございます。えっと……、これはどういった……」
よく見えないので隣に座って説明を受ける。
「これは、今までのものよりクオリティを上げることが出来て、……」
「あ、なるほどです。これですと時間短縮にもなりますね」
スクロールして確認し、感想を述べる。
「そう。あと、良さそうなものもあるから、それも確認した方がいいと思う」
カチカチと違うフォルダを開け、説明をしてくれる。
新鮮だった。むやみやたらに検索してもわからなかったことが、次々と解決されていく。
「そうなると、こっちの方がバグは起こりにくそうだけど、時間がかかって……」
無意識に思ったことをつぶやいていく。
カリカリとメモに思ったことを図にして書く。
そしてその図を見ながら問題点を書き込み、またつぶやく。
他のことに意識が向かず、画面に集中していた。
声をかけられていたのも、気が付かなかった。
「……き。瑞葵」
肩を掴まれ、自分が呼ばれていたことを知った。
哲平さんがこっちを向いている。
「……黙ってて」
今は、思考を止めたくなかった。
だからと言って言ってもいいことではない。
感情の乗っていない言葉は、鋭利な刃となり、深く突き刺さる。
哲平さんは、傷ついた顔をしている。
何かを言おうとした口がゆっくりと閉じ、
――肩を掴んでいた手もゆっくりと離れた。
誰も何も言えず、時計の秒針の音が響く。
(何かを言わなくちゃ。謝らなくちゃ)
そう思うのに、声が喉に張り付き、音を成さない。
ただ、ハクハクと唇が動くだけ。
哲平さんが、ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。
ちょっとぎこちない笑顔で
「俺、帰るわ」
と言って玄関へ向かう。
そして、傍を通りすぎるとき、小さな声が落とされた。
「……悪い」
それでも私は何もできず、
下唇を噛み、
彼の小さくなった背中を見送った。
今日も読んでくれてありがとうございます。
明日は平日なので1話投稿予定です。




