5.Cafe Time with you(43)
43.名前の無い人とお母さん
お風呂から上がると、兄の姿が見えなかった。
黒い服を着た女の人も、1人だけ。
「あの、みんなは、どこに?」
目を伏せているこの人に聞いてみた。
「出かけております」
その人はそう言う。
「私も、外に出たい、な……」
ダメだと言われるのがわかっていたから、少し小さめの声で言ってみた。
「瑞葵様……。もう少しだけ、お待ちください。きっと、樹様が解決してくれますから。きっと……」
伏せられた目が私を捉え、少し泣きそうな顔で懇願してくる。
(感情がないわけではないのよね)
私はそれが知れて心が温かくなった。
「あの、ね。1人でお茶を飲むのは楽しくないの。今だけでいいから、一緒に座って。お話しは、ダメかな?」
よく知らない人だけど、自分から歩み寄りたいと思った。
(ダメって言われるかな……)
すぐに返事が無く、諦めようと小さく息を吐いた。
「あ、の。ほんの少しだけ、でしたら。誰にも内緒、ですよ。瑞葵様」
恥ずかしそうにして“了”の返事をしてくれた。
お茶を入れてくれた目の前の人は私よりも年上の人に見えた。
「あの、お名前を伺っても?」
「……私達には、名前はございません。番号で呼び合っています」
「え?」
“名前がない“というのは初めてだったので、どうしたらいいのかわからず、おろおろとしてしまう。
「お気になさらず。私たちは、瑞葵様のお母さまに助けられたものです。お母さまにも名前のことはびっくりされてしまいましたが……」
「お母さん、が……」
母の昔のことは、私は詳しく知らない。
このログハウスも、母のお母さん、私の祖母からもらったと聞いたけど、それ以上は知らない。
母が、名前がないと知っていたならきっと――。
「あの、お母さんはなんて呼んでいたの?」
「……サツキ、と」
サツキさんは、視線を逸らし、少しだけ表情を柔らかくして教えてくれた。
それからほんの少しの時間、穏やかに話をした。
サツキさんは30代らしく、お姉さんのような雰囲気に心が和んだ。
そんな時、扉を“コンコン”と叩く音がした。
サツキさんは立ち上がり、私を庇うようにして前に立った。
ここに来る人って、いるだろうか。
黒い服を着た人達だろうか。
「サツキさんの仲間の人?」
「いいえ。私達は違う合図を使います……。瑞葵様、身をかがめ、トイレに入ってください。音は立てずに」
私達は小声で話をし、すぐにトイレへと向かった。ゆっくりと音を立てずに、鍵もかけた。
胸がドキドキして、手が震えた。
「どなたですか?」
サツキさんが扉に向かって話しかける。
扉の向こうから声が聞こえるが、トイレにこもった私にはよく聞こえない。
(サツキさん、大丈夫かな……)
彼女を一人にしたことを後悔した。
ガチャリ
扉を開ける音がした。
来訪者とサツキさんが何かを話している。
(大丈夫、なのかな)
トイレから出ようかとドアノブに手をかけるが、手が震えて動かせない――。
足音が近づいてくる。
サツキさんと、もう1人。
そして、ノックと共にサツキさんの声が聞こえた。
「瑞葵様、もう大丈夫です。瑞葵様のお知り合いが来られました」
「え?えっと、ここから出ていい?」
「はい。大丈夫でございます」
サツキさんの声は、柔らかい。
きっと、大丈夫。
私は、ゆっくりと扉を開け、外に出た。
そして、意外な人と対面した――。




