5.Cafe Time with you(33)
33.出口が見えないという怖さ
ログハウスにあるとは、きっと誰も思わないであろうピアノがここにある。
Steinway
母は、よくこのピアノでRobert Alexander Schumann:Träumereiを弾いてくれた。
『瑞葵、一緒に弾きましょう』
嫌なことがあると、いつも一緒に弾いていた。
『泣きたい時は、たくさん泣いていいのよ。その後、どうすればいいのか、考えましょう』
母は、いつも笑顔だった。
「お兄ちゃん。これから、どうしたらいいのかな……」
涙をぬぐい、ぼそりとつぶやく。
「どう、したい?」
兄は答える。
「私は、許せない、よ」
気持ちだけ、伝える。
「うん。俺も、許せない。……だから、やり返そうと思ってたんだ」
「……え?」
「でもね、巌さんに怒られたよ。人の道を踏み外すなって。だから、巌さんに任せることにした。巌さんにとっても因縁深いみたいでね。とある人に“相談する“らしい。俺は、柳グループの1つの会社を任されることになった。それでチャラにしてくれるって」
「お兄ちゃん……」
もっと詳しく聞きたいと思った。でも、足を踏み入れてはいけない領域なのだと、なんとなく感じた。
だから、これ以上は聞かないと心の中で誓った。
「私は、どうすればいい?」
兄の目を見て、聞いた。
「瑞葵は、何もしなくていい……って言っても、嫌なんだろ?だったら、俺の補佐をしてくれないか?」
「補佐?」
「うん。このログハウスの中から、俺をサポートして」
「ここから?」
「そう。落ち着くまでは、ここから出ないで」
出ないで、ということは、この場所は安全なのだということだろうか。
少しも、出てはいけないのだろうか。
疑問は、一つ解決すると倍になってやってくる。
そして、それを聞いてもいいのか、少しためらってしまう。
扉の傍に控えている黒服さん達にちらりと視線を向ける。
こちらを見ているので、小声で聞いてみることにした。
「あのね。全く出ては、いけないの?」
「ああ。今は、瑞葵は出てはいけない。お願いだ。瑞葵までいなくなるなんて、俺には耐えられない」
兄は、私の手を握り、小さな声で、強く願った。
私は、気が付いてしまった。
ここは、シェルターなのだと。
そして、いつ出られるのかは、未定なのだと。
Träumereiの旋律が、頭の中でずっと回っている。
今は、出口が見えない気がした。




