5.Cafe Time with you(34)
34.自分が招いた絶望 ~健太郎side~
彼女が、消えた。
「あれぇ、樹先輩じゃないですか!キョウコ、うれしい!」
CM撮影の現場で、樹さんになれなれしく話しかける女性がいた。
「樹先輩。今からご飯行きましょう!」
「……行かない」
「つれないこと言わないでくださいよぉ~。ちょっとくらいいいじゃないですかぁ~。思い出話、しましょうよぉ~」
そう言いながら、その人は樹の腕に絡みついた。
「……思い出、話って?」
「ハハ!例えばぁ~、……瑞葵ちゃん、とか?」
なぜだろう。
ものすごく、イラついた。
「思い出話、ね。俺はお前となんかしたくないね!」
彼女を振り払い睨みつけながら大きな声で否定する樹さん。
「哲平、帰るわ」
樹さんはそう言ってここを去った。
「つまんないのぉ~。あ、そこの君、男前ね!お名前は?」
近くにいた俺に話しかける。
「え?名前?……久遠健太郎と、言います」
思わず、名前を言ってしまった。
(まずった…かな……)
その後もずっと絡まれたが、撤収という言葉に気を取られた彼女の隙を狙って立ち去った。
(もう、関わらない……よな)
俺の考えが甘かったのを、翌日痛いほど知った。
翌日……、面倒なこの女性が会社に突撃してきた。
「健太郎君、私のものになりなさい」
「嫌です。俺はものじゃない」
「可愛いこと言うのね。でも、私は気に入ったものは手に入れないと気が済まないのよ。諦めなさい」
本当に!イラついた。
だが、女性だから無下にするわけにいかないと思った。
その考え方が、甘すぎた。
この訳の分からない女は、俺のネクタイを引っ張り、――キスをした。
カシャン!
金属の何かが落ちる音がして視線を向けると――、瑞葵ちゃんがこちらを見ていた。
苦しそうな顔をして。
「どうして……」
小さな声で、震えていた。
「ハハハ!面白い子がいるじゃない」
この女は、粘り気のある物の言い方をしながら彼女に近づく。
嫌な予感しか、しない。。
「瑞葵ちゃん。まだこんなダサいもの、持ってるんだ。ゴミ箱に捨ててやったのにね」
(ダメだ!瑞葵ちゃんを守らないと)
本能が警鐘を鳴らし、重い足を踏み込む。
瑞葵ちゃんは後ずさり、持っていたマグカップを落とした。
「キョウコ、ちゃん……」
女の名前を呼んだ。
(知り合い?)
そう思い、体がこわばり足が止まった。
「久しぶりね。クソブスないじめられっ子さん」
こいつはそう言って、キーホルダーを思いっきり踏みつけた。
俺は、怒りで息が荒くなる。
「やめて!」
瑞葵ちゃんは女の足を払いのけ、キーホルダーを拾い、外へ駆け出した。
「あ~あ。おもちゃが逃げちゃった。……でも、すぐに見つけてあげる」
クソ女が、ほざいていた。
「おもちゃは、壊してなんぼ~。壊れるときに泣き崩れるところが、たまんないのよね~」
こいつ、殺してもいいだろうか。
あ~、きっと問題ないだろう。
いっそ、その方が世のためになるはずだ。
俺は、さっきを振りまき、外道に近づく。
殴るつもりで、拳に力が入った。
だが、1歩前を進んだところで止められてしまった。
「だめです。殴っては。……彼女はとある政治家のご息女だ。君が消される」
石川さんが、俺に割って入り、邪魔をする。
「止めないでください。俺は、あいつを許せない」
「わかっています。ですが、口紅を付けた君が何かしても、地上のもつれだと言われるだけです。だから、落ち着きなさい」
その通りだと思った。
すぐにトイレに行き、何度も口を洗い、拭った。
気持ち悪いと思った。
俺の気持ちは無視し、好き勝手されるなんて……。
人として、あいつは終わってる。
そして――。
(瑞葵ちゃんに見られるなんて……)
鏡の前で、絶望に打ちひしがれて膝から崩れてしまった。
自分の甘さが招いた絶望。
だが、それをそのままにしては置けない。
スマホを取り出し、彼女に電話を掛ける。
何度も呼び出しコールが鳴るが、出る気配がない。
赤ボタンをタップし、もう1度掛けなおす。
それでも、出ない。
(だめ、だ……)
深くため息をつく。
ネクタイを右手で緩め、俺は絶望という名の沼に足を取られてしまった。




