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建国スキルがぶっ壊れている件。歴史の偉人をガチャ召喚して、俺は悠々自適に暮らしたい  作者: 阿鼻恭介
第三章

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第3章 第97話 消えた境界線! 二つの井戸と古い街道の謎

 異世界生活八十四日目。


 アストレアの資料室では、朝早くから山本勘助が一枚の地図を睨んでいた。


 机には、測量担当のアレクシスが作成した現在の地形図と、ヴァルデン子爵家の古い土地台帳から書き写した文章が並んでいる。後者は、昨日オスカー・ベルナーが許可した範囲に限り、コルベールが会談中に筆写したものだった。


 その文章を何度読んでも、勘助には腑に落ちない部分があった。


「井戸より西、古き道の折れるところまでを管理地とする……でござるか」


 井戸の修繕費を子爵家が負担したという記録自体は、疑う理由がない。問題は、その先にある境界の説明だった。


 現在の旧街道は石橋から南東へ緩やかに曲がり、荒野の外縁を通っている。ところが、アレクシスの地図では、旧集落の北側にも不自然に平坦な地形が続いていた。


「……もしや、道そのものが変わっておるのではないか?」


 勘助は指先を止めた。


 ただし、それだけで何かが証明できるわけではない。古い道の痕跡かどうかも、まだ分からなかった。


 彼は地図を丸め、朝食後にアレクシスを呼ぶようクラリスへ頼んだ。


 そのころ、神城皇牙は城館の食堂で、焼きたてのパンと卵料理を前に幸せそうな顔をしていた。


「いやあ、最高だな! 朝からこんな美味い飯を食って、今日は昼寝までできたら文句なしだぜ!」


 向かいに座る巴が、柔らかく微笑む。


「殿。今日は勘助殿たちがお話をしたいそうですよ」


「……えっ? また会議?」


「詳しいことは聞いておりませんが、石の井戸について調べたいことがあるそうです」


 皇牙はパンを口へ運ぶ手を止めた。


「うーん。土地の話かあ……。ああいうの、難しくて眠くなるんだよな」


「ふふ。でしたら、先にガチャを引いて気分を変えられてはいかがですか?」


「それだ! やっぱ巴は分かってるな!」


 皇牙は残りの朝食を平らげ、上機嫌で広間へ向かった。


【無料召喚:3/3回】

【国家人口:450人】

【SR以上排出率:5%】


「昨日はRアウグストだったからな! 今日こそ歴史上の大物、頼むぜ!」


 最初の召喚陣が白く輝き、革の作業着を着た男が現れた。


【N オットー】

【適性:樽製作・木製容器修理】


「おお、樽職人か! 倉庫でも厨房でも使えそうだな!」


 二回目も白い光となり、裁縫道具を入れた小箱を持つ女性が姿を見せた。


【N ミレーネ】

【適性:仕立て・布製品修理補助】


「服とか寝具の修理か。こういう仕事も大事だよな!」


 そして三回目。皇牙は両手を合わせ、祈るように召喚陣を見つめた。


「頼む! 金色でも虹色でも何でもいいから!」


 広がったのは白い光だった。


【N ゲオルク】

【適性:家畜飼育補助】


「……三連続Nかあ!」


 皇牙は大げさに肩を落としたが、すぐに笑い直した。


「まあ、いいか! 毎日当たりが出たらガチャじゃねえもんな。それに、三人ともちゃんと役に立ってくれそうだし!」


 オットーはガルドの工房へ、ミレーネは裁縫の作業場へ、ゲオルクはマルクたちの農業部門へ紹介することにした。


【無料召喚:0/3回】

【国家人口:453人】

【SR以上排出率:5%】


「四百五十三人! 五百人まであと四十七人か。よし、順調だな!」


 満足そうに画面を閉じたところで、クラリスが広間を訪れた。


「皇牙様。勘助様からご相談がございます。できれば、測量図をご覧いただきたいそうです」


「……ああ、やっぱり仕事か」


 皇牙はため息をついたものの、地図を見せるだけなら長い会議にはならないだろうと考え、巴を伴って資料室へ向かった。


 室内では勘助のほかに、アレクシスと昨日召喚されたアウグストが待っていた。


 アウグストは現地の文字を習い始めたばかりだが、数字の並びや記録の構成については、すでに興味を示しているという。


「皇牙殿。まず、この測量図をご覧くだされ」


 勘助が指したのは、石の井戸から北西へ少し離れた場所だった。


 アレクシスが図面を押さえ、説明を引き継ぐ。


「以前、周辺を測量した際、この一帯だけ地面が細長く平らになっていることに気づきました。周囲の荒れ地と比べて、明らかに形が違うんです」


「……つまり、昔の道かもしれねえってこと?」


「その可能性はあります。ただ、人の手が加わった跡なのか、自然にできた地形なのかは確認できていません」


 皇牙は身を乗り出した。


「だったら、実際に見ればいいじゃん!」


「それができれば、判断材料は増えるでござる。ただし、問題の場所は境界が未確定の区域に近いのでな」


 勘助の言葉に、皇牙も納得した。以前の取り決めでは、石の井戸と旧集落の周辺について、双方が勝手に現状を変えないことになっている。


「じゃあ、向こうにも話してからだな。勝手に掘ったりして、また揉めるのは面倒だし」


 そのとき、黙って資料を見ていたアウグストが、おずおずと手を挙げた。


「一つ、よろしいでしょうか?」


「おっ、何か分かったのか?」


「まだこちらの文字は十分に読めません。ですが、記録の並び方について、気になる点があります」


 アウグストはコルベールが書き写した文章を指した。


「この記録には、井戸の修繕費と街道の管理に関する記述が続いています。しかし、その二つが同じ範囲を指すとは限りません。原本では、別々の項目として記されていた可能性があります」


 勘助が目を細めた。


「……なるほど。書き写した文章だけでは、原本の区切りまで分からぬか」


「はい。数字や地名だけでなく、欄の分け方も重要です。同じ紙に書かれているからといって、同じ土地の記録とは限りません」


 皇牙は感心したように頷いた。


「おおっ! お前、もう仕事してるじゃん!」


「い、いえ。まだ仮説でございます。原本を確認しなければ、何とも申し上げられません」


 アウグストは恐縮したが、皇牙は嬉しそうに笑った。


「いや、それで十分だろ! 分からないことを分からないって言えるのも大事だしな!」


 その言葉に、アウグストは少し驚いた顔をしたあと、深く頭を下げた。


 資料室の扉が開き、コルベールとナポレオンが入ってきた。勘助から概要を聞いたナポレオンは、机の上に四つの木片を並べた。


「現在の市街地、旧集落、石の井戸、旧街道。昨日決めたとおり、これらは分けて考えるべきだ。だが、さらに問題が増えたな」


「……どういうこと?」


「古い道が今の道と違っていた場合、子爵家が主張する管理区域の形まで変わる可能性がある。だからこそ、原本の確認と現地調査を並行させる必要があるのだ」


 勘助が頷く。


「地形だけを見ても、昔の権利関係は分からぬ。記録だけを見ても、現在の場所は分からぬ。双方を確かめるべきでござるな」


「そういうことだ」


 ナポレオンは満足そうに笑った。


 皇牙はしばらく考えたあと、地図の石の井戸を指した。


「よし。じゃあ、向こうに共同調査を提案しようぜ。勝手に調べて後から揉めるより、最初から一緒に確認した方が早いだろ!」


 コルベールはその場で頷いた。


「適切なお考えです。ただし、調査の範囲と方法は事前に決める必要がございます」


「その辺は任せる。俺は必要なら現場へ行くし、危ない魔物が出たらどうにかするからさ!」


 皇牙は軽い口調で答えたが、その言葉には本気の責任感があった。


 勘助とアレクシスは、調査予定地を石の井戸周辺と北西の平坦な地形に絞り、地面を掘り返す前に双方の同意を得る方針を立てた。勘助は地形の分析、アレクシスは測量、アウグストは資料整理の補助を担当する。安全確保については、関羽が通常の警備人数を崩さない範囲で必要な人員を検討することになった。


 コルベールはオスカー宛ての書状を作り始めた。


 共同調査の提案、調査候補地、立会人の人数、土地を勝手に変更しないこと、そして子爵家の台帳原本を確認できる機会について記す。


 返答には日数がかかるだろう。それでも、次の一歩は明確になった。


     ◇


 昼過ぎ、皇牙は巴とともに市場を歩いていた。


 商人たちの声が行き交い、荷車から降ろされた小麦袋が倉庫へ運ばれていく。先日までの交易の混乱は落ち着き始めており、住民たちの表情にも余裕が戻っていた。


「おっ、ハンス! 商売は順調か?」


 皇牙が声をかけると、荷車の荷下ろしをしていたハンスが振り返った。


「皇牙様! おかげさまで、ようやく落ち着いて商売できるようになりましたよ!」


「そりゃよかった!」


「ハインツも喜んでいました。契約した小麦の納入に向けて、村の農民たちと準備を進めているそうです」


「へへっ! 美味いパンが増えるなら、俺も大歓迎だ!」


 皇牙は笑いながら、近くのパン屋へ目を向けた。


 焼きたての香りが漂い、店先では子供たちが小さなパンを選んでいる。皇牙はその様子を眺め、ふと思いついた。


「……なあ、巴。今度、みんなで飯を食う日でも作らねえ?」


「皆さんで、ですか?」


「ああ。大浴場もできたし、交易も落ち着いたしさ。たまには仕事を忘れて、みんなで美味いもの食って楽しんでもいいだろ!」


 巴は少し驚いたあと、嬉しそうに微笑んだ。


「素敵なお考えですね。きっと皆さんも喜ばれると思います」


「よし! じゃあ、リーナたちに相談してみるか!」


 皇牙は上機嫌で歩き出した。


 もちろん、数百人分の料理を用意するとなれば、食材も人手も必要だ。勝手に食料が増えるわけではないことくらい、皇牙も今では理解している。


 それでも、皆が楽しめる催しを考えるのは、面倒な書類仕事よりずっと楽しかった。


     ◇


 夕方、コルベールは共同調査の提案書を完成させた。


 勘助とアレクシスが作成した調査候補地の図面を添え、翌朝の定期便で子爵領へ送る手配を整える。正式な調査は、先方から同意が届くまで実施しない。


 そのころ、ヴァルデン子爵領の領都では、オスカーが土地管理官エーベルハルトの執務室を訪れていた。


「クライン殿。アストレア側が、古い道の位置について疑問を示しておりましてな」


「古い道……ですか?」


「ええ。現在の街道と昔の街道が同じ場所を通っていたとは限らない、と」


 エーベルハルトはしばらく考え、机の上に置かれた台帳へ目を落とした。


「……なるほど。それなら、土地台帳だけでなく、当時の租税記録も確認した方がよさそうですな」


 彼は部下を呼び、古い帳簿を保管している書庫から、旧集落周辺の租税記録を取り寄せるよう命じた。


 しばらくして運ばれてきた数冊の帳簿には、古い地名や耕地の区分、徴税の対象となった施設などが記されている。


 エーベルハルトは一冊ずつ慎重にページをめくった。やがて、ある記述を見つけたところで手を止める。


「……待ってください。これは……」


 オスカーが顔を上げた。


「何か見つかりましたか?」


「ええ。こちらの租税記録には、井戸の名称が別のものとして記されております」


 エーベルハルトは古い文字を指でなぞった。


「土地台帳にあるのは『石積みの共同井戸』。しかし、こちらには『北の古井戸』と書かれている。しかも、同じ年度の別々の項目に記録されております」


 オスカーの表情が変わった。


「……それは、二つの井戸が存在していたということですか?」


「可能性はあります。ただし、同じ井戸を異なる名称で呼んでいたことも考えられます。今の段階では断定できません」


 エーベルハルトはすぐに結論を出さず、別の年度の記録も調べ始めた。


 すると、数年後の帳簿にも二つの名称が別々に残されていることが分かった。


「……これは、現地を調べる価値がありますな」


 彼は静かに息を吐いた。


 井戸が二つ存在したのか、それとも記録の整理方法が異なっていただけなのか。答えはまだ出ていない。


 だが、子爵家の領有権主張を考えるうえで、見過ごせない手掛かりが見つかったことだけは確かだった。


 その夜、アストレアの城館では、皇牙が巴とともに夕食を楽しんでいた。


「いやあ、今日は仕事したなあ! 地図を見ただけなのに、何だか疲れたぜ!」


「ふふ。ですが、皆さんのお役に立てたのではありませんか?」


「まあな。あとは勘助たちに任せる! 俺は明日、みんなで飯を食う企画を考えるんだ!」


 皇牙は満足そうに笑った。


 窓の外には、明かりのともったアストレアの街並みが広がっている。


 灰の荒野に築かれたこの街を、誰かの都合で失わせるつもりはない。


 難しい交渉は家臣たちに任せるとしても、それだけは皇牙自身が決めていた。


 そして遠く離れた子爵領では、二つの井戸の記録が、新たな謎を浮かび上がらせていた。

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