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建国スキルがぶっ壊れている件。歴史の偉人をガチャ召喚して、俺は悠々自適に暮らしたい  作者: 阿鼻恭介
第三章

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第3章 第95話 交易再開! 念願の大浴場で一番風呂!

 石橋の西側に朝日が差し込むころ、一騎の伝令がヴァルデン子爵軍の監視所へ駆け込んだ。


 馬の首筋には白い汗が浮かび、騎手の外套には夜露が染み込んでいる。領都を昨夕に出発した命令は、街道沿いの中継所で馬を替えながら運ばれてきたものだった。


「子爵閣下からの緊急命令だ。監視所責任者へ直接渡すよう申し付かっている」


 封書を受け取った士官は、領主の印を確かめてから慎重に封を切った。読み進めるにつれ、顔から血の気が引いていく。


「……商人の取引先調査を停止し、通常の警備に必要な検査へ戻せ、だと?」


 軍務担当官シュタールの指示で集めていた商人の名前や取引先は、もはや一律に記録してはならない。子爵本人の命令である以上、従う以外の選択肢はなかった。


 同じ命令の写しは、旧街道の野営地にいるローデリヒ・ハルトマンにも別の伝令で届けられていた。彼に与えられたのは監視所を直接指揮する権限ではなく、軍務官庁の派遣要員と通常の街道警備との連絡調整を行う役目である。


 監視所の士官は、部下に古い記録用紙を片づけさせた。軍務官庁から派遣された十二名についても、正式な引き継ぎを終え次第、元の部署へ戻すよう命じられている。


「本日から、商人の私的な取引先は聞かない。積み荷の確認も、警備上必要な範囲だけにしろ」


 不満を口にする兵士もいたが、命令を拒む者はいなかった。


 やがて、一台の荷車が橋へ近づいてきた。御者台に座っているのは、アストレアへ穀物を運んでいる商人ハンスだった。


 彼は昨夜、近くの宿場で軍の命令が変わるかもしれないという噂を聞いていた。しかし、あまり期待しないことにしていた。何日も続いた検査と、取引先まで調べられる気味の悪さは、簡単に忘れられるものではない。


「おはようございます。アストレアへ小麦を運ぶところです」


 いつものように荷車を止め、尋ねられる前から行き先を告げる。


 ところが、兵士は積み荷を確認すると、意外なほどあっさり道を空けた。


「確認した。通ってよい」


「……取引先の名前は?」


「必要ない。子爵閣下の命令で、検査方法が変わった」


 ハンスは一瞬、言葉を失った。


 それから思わず御者台の上で笑い出した。


「ははっ! そうですか、そうですか! いやあ、助かりますよ!」


 兵士は少し困った顔をしたが、ハンスには気にならなかった。売る相手を知られたくないというだけで、肩身の狭い思いをする必要はもうないのだ。


 橋を渡った先で、ハンスは大きく息を吸い込んだ。灰の荒野を吹き抜ける風が、今朝ばかりは妙に気持ちよかった。


     ◇


 一方、アストレアの城館では、神城皇牙がもっと個人的な問題で不満を漏らしていた。


「……なあ、巴。俺の大浴場、今日こそ入れるんだよな?」


 朝食の席で、皇牙は窓から見える石造りの建物を指さした。入口には二体の黒竜像が並び、青い屋根が朝日に輝いている。


 昨日完成したばかりの大浴場は、外観だけなら皇牙の理想そのものだった。しかし、建物ができても浴槽に湯が湧くわけではない。給水と排水の確認、清掃の手順、燃料の手配など、細かな準備が残っている。


「アルベルト殿とガルド殿が、昨夜も設備を確認しておられました。今朝はヘレナ殿にも見ていただく予定です」


「頼もしいけどさあ……。目の前に風呂があるのに入れないって、なかなかの拷問だぞ」


「ふふ。殿が造られた施設ですから、誰よりも楽しみなのでしょうね」


「そりゃそうだろ! 黒竜に見守られながら、広い風呂でのんびりするんだぜ? 最高じゃねえか!」


 巴は笑いながら茶を注いだ。皇牙の気持ちは分かるが、住民も利用する施設なら安全を優先してほしいとも思う。


 その視線に気づいたのか、皇牙は小さく肩をすくめた。


「分かってるって。無理に開けて誰かが怪我したら、せっかくの風呂が台なしだしな」


 そう言って最後のパンを口へ放り込むと、勢いよく立ち上がった。


「よし! その前に今日のガチャだ!」


 広間に移動し、《英霊召喚ガチャEX》を開く。


【無料召喚:3/3回】

【国家人口:444人】

【SR以上排出率:5%】


「四百四十四人って数字、何度見ても面白いよな! 今日も頼むぜ!」


 一回目の召喚陣が白く輝き、N清掃補助のエルザが現れた。


「おっ、清掃が得意なのか! ちょうど新しい施設ができたところだし、助かるな!」


 二回目も白い光となり、N洗濯補助のニコラが姿を見せる。皇牙は二人を歓迎しながら、今度こそ偉人が来るかもしれないと三回目に期待を込めた。


 召喚陣が青く輝いた。


【R ヘレナ】

【適性:衛生管理・公衆衛生】


「うおおっ! 衛生管理!? しかもR!」


 皇牙は思わず拳を握った。


「お前、今すぐ大浴場を見てくれないか!? 昨日建物が完成したんだけど、まだ入れなくてさ!」


 ヘレナは一瞬驚いたものの、すぐに落ち着いた表情で頭を下げた。


「まず設備と水の管理方法を確認させてください。安全に利用できる状態であれば、試験運用についてご相談できると思います」


「よっしゃ! 期待してるぜ!」


 もっとも、召喚されたばかりの三人には生活案内も必要だった。皇牙は担当者へ引き継ぎ、ヘレナについてはアルベルトたちの案内で浴場を見てもらうよう頼んだ。


【無料召喚:0/3回】

【国家人口:447人】

【SR以上排出率:5%】


「四百四十七人! 五百人まであと五十三人か。いやあ、順調だな!」


 上機嫌で画面を閉じたところへ、クラリスがやってきた。


「皇牙様。市場からよい知らせが届きました。石橋の検査方法が変わったそうです」


「……おっ! ついにか!」


 皇牙の表情が明るくなった。


     ◇


 昼前の市場には、久しぶりに晴れやかな声が響いていた。


 ハンスが石橋での出来事を話すと、周囲の商人たちは一斉に顔を見合わせた。取引先を尋ねられずに通れた者は、ほかにも数人いたという。


「いやあ、今日は橋を渡るのが気持ちよかったですよ。兵士に名前を聞かれるだけで身構えていたのが、馬鹿らしくなるくらいで!」


 ハンスは笑いながら、小麦袋を荷車から降ろしていた。


 その様子を見に来た皇牙も、つられて笑った。


「よかったじゃねえか! これで安心して商売できるな!」


「ええ! もちろん警備のための検査は残っていますが、それは以前からあったものですからね」


 そこへコルベールがやってきた。


「皇牙様。監視所の運用変更について、複数の商人から同じ報告を受けております。ただし、子爵家からの正式な外交通知はまだ届いておりません」


「まあ、そりゃそうだよな。領都からこっちまで、書類が一瞬で飛んでくるわけじゃねえし」


「はい。オスカー殿を通じた回答は、使者の到着を待って確認いたします」


 皇牙は素直に頷いた。街の中で何かを造るのなら自分の力で一瞬だが、他国の使者まで都合よく現れるわけではない。


 そのとき、ハンスが思い出したように声を上げた。


「そうだ! もう一つ、ご報告があるんです。ハインツが今朝こちらへ向かって出発したはずなんですよ!」


「ハインツ? ああ、売れ残った小麦を買ってほしいって言ってた商人か!」


「ええ。昨日までに数量と価格の相談は済んでいますし、今日は本人が契約書を確認する予定です」


 ハンスの言葉に、コルベールは頷いた。


「尊徳殿とも最終確認をいたしましょう。条件が合えば、本日中に契約できるはずです」


 午後になり、ハインツを乗せた荷車がアストレアへ到着した。


 西部の村で穀物を扱うハインツは、以前から取引を控えていたことを申し訳なく思っていたらしい。ハンスと顔を合わせると、困ったような笑みを浮かべた。


「まさか、こんなに早く状況が変わるとは思わなかったよ。正直、これで肩の荷が下りた」


「俺だって同じさ。さあ、今度こそ商売の話をしようじゃないか!」


 二人は笑い合い、集会所へ向かった。


 コルベールと二宮尊徳が用意した契約書には、購入する小麦の数量と価格、納入日、品質の確認方法、支払い条件が記されている。ハインツは一つずつ内容を確かめ、気になる点を質問した。


「納入が遅れた場合は、事前に連絡すれば協議できるのですね?」


「はい。ただし、代金のお支払いは納入と確認を前提といたします」


 コルベールが答えると、ハインツは頷いた。


 二宮尊徳も帳簿を確認し、購入量が予算と備蓄計画の範囲内であることを改めて説明した。アストレアが無条件で小麦を買い取るわけではないが、必要な分については継続的に取引できる。


 最後にハインツが署名し、コルベールも契約書へ記名した。


「……これで正式に決まりですね」


「はい。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」


 ハインツはほっとしたように息を吐いた。


 市場の外では、ハンスが待っている。彼の顔を見るなり、ハインツは契約書の控えを掲げた。


「決まったぞ! これで村の農民たちにも、ちゃんと買い取れるって伝えられる!」


「よかったな!」


 肩を叩き合う二人を、皇牙は少し離れた場所から眺めていた。


 たった一件の契約で、子爵領の農民全員を助けられるわけではない。それでも、売り先を失いかけていた小麦に、確かな行き先ができた。


「……何か、いいな。こういうの」


 皇牙が呟くと、隣にいた巴が微笑んだ。


「はい。商人の方々も、とても嬉しそうですね」


「だよな! 俺はただ、美味い飯を食いたいだけなんだけどさ。みんなも喜んでくれるなら最高じゃん!」


     ◇


 夕方、皇牙は念願の大浴場へ向かった。


 入口ではアルベルトとガルド、そしてヘレナが待っている。昨日までに給排水の経路は確認され、今日は既存の水源から実際に水を引き、排水が詰まらないことも確かめていた。


 湯を温めるためのかまどと金属製の加熱槽は、ガルドたちが用意した部材を使って整備した。建物と配管の構造を造るのは皇牙の能力でも、燃料や金属製の設備、日々の清掃を勝手に生み出せるわけではない。


「燃料を使った加熱試験も問題ありませんでした。ただ、今日は利用人数を限定し、湯温や排水を確認しながらの試験入浴といたします」


 ヘレナの説明に、皇牙は目を輝かせた。


「……つまり?」


「皇牙様には、最初の利用者としてお入りいただけます」


「うおおおっ! ついに来たあああっ!」


 皇牙は思わず両手を突き上げた。


 浴場の中へ足を踏み入れると、石造りの広い浴槽には湯気が立ち上っていた。窓の向こうには夕暮れの庭園が見え、壁に刻まれた黒竜の装飾が柔らかな光を受けている。


「……最高じゃねえか」


 思わず声が漏れた。


 浴槽の前で湯温を確かめた皇牙は、ゆっくりと身体を沈めた。


「くあああっ! これだよ、これ! 俺が求めていたのは!」


 大きく息を吐き、浴槽の縁に頭を預ける。異世界へ来てから何度も風呂には入ったが、これほど広い湯船で手足を伸ばすのは初めてだった。


 黒竜の像も、青い屋根も、面倒な設計のやり直しも、今は全部よい思い出に思える。


「……やっぱ、国を作ってよかったなあ」


 独り言のように呟き、皇牙は目を閉じた。


 しばらくして浴場を出ると、外では巴が待っていた。彼女は別の浴室を見学していたが、試験入浴は運営準備が整ってからにすると決めていたらしい。


「殿。いかがでしたか?」


「最高! もう住みたいくらいだ!」


「ふふ。それでは、お城のお部屋が寂しくなってしまいますね」


「……確かに。じゃあ、毎日通う!」


 皇牙は得意げに笑った。


 ヘレナたちは今日の試験結果を記録し、清掃の手順と利用規則を整えてから一般利用を始めることになった。施設の完成が、ようやく本当の開業へ近づいたのである。


     ◇


 その夜、城館の会議室では、コルベールが監視所に関する報告を整理していた。


 ナポレオンは机に広げられた地図を眺め、石の井戸と旧集落の位置を指でなぞった。


「交易の問題は一段落した。次は、あの土地をどう扱うかだな」


「子爵家から正式な回答が届けば、協議の具体的な条件を詰められます」


 コルベールが答える。


 勘助は境界未確定の地域を示しながら、以前の現状維持の取り決めを改めて確認した。双方とも、独断で通行料を取り、住民を追い払い、境界を変更することは認められていない。


「我らが譲れぬのは、住民の暮らしと安全でござる。井戸と旧集落の扱いについても、現地の記録を揃えておくべきでしょう」


「そのとおりだ。次の交渉は、軍の強さだけでは決まらん」


 ナポレオンは静かに笑った。


「相手が何を欲し、こちらが何を守るべきか。それを明確にしておくことだ」


 そのころヴァルデン子爵領では、外交官オスカー・ベルナーが子爵の署名入り書状を携え、翌日の出発に備えていた。


 交易に関する措置の見直しと、領有権についての正式協議の申し入れ。どちらも、子爵本人の意思を示す重要な内容である。


 軍務担当官シュタールは、自室で報告を受けながら険しい表情を浮かべていた。


 石橋の監視所では、すでに検査が変更されたという。


「……まったく。商人どもはさぞ喜んでいるだろうな」


 男は書類を閉じ、窓の外へ目を向けた。


 だが、子爵の命令がある以上、表立って交易を妨げることはできない。今は軍務官庁の職務へ戻り、領有権を巡る交渉の行方を見守るしかなかった。


 一方、そのような事情を知らない皇牙は、城館の寝室で満足そうに寝台へ倒れ込んでいた。


「……ああ、いい一日だった! 商人たちも笑ってたし、風呂にも入れたし!」


 巴は寝台の脇で微笑んだ。


「はい。明日もよい一日になるといいですね」


「もちろん! できれば面倒な会議は全部なしでな!」


 そう言うと、皇牙は大きな欠伸をした。


 交易への圧力は後退し、アストレアには久しぶりに穏やかな夜が訪れていた。


 しかし、その平穏の先では、灰の荒野の領有権を巡る新たな交渉が始まろうとしていた。

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