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建国スキルがぶっ壊れている件。歴史の偉人をガチャ召喚して、俺は悠々自適に暮らしたい  作者: 阿鼻恭介
第三章

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第3章 第94話 子爵の決断! 軍務担当官の野望に待った

 ヴァルデン子爵領の領主館では、午後に予定された会談を前に、執務官たちが慌ただしく廊下を行き交っていた。


 領主アルブレヒト・フォン・ヴァルデンの机には、三種類の報告書が並んでいる。軍務官庁が作成した交易調査の記録、土地管理官エーベルハルトが集めた村々の陳情、そして外交官オスカー・ベルナーが受け取ったアストレアからの照会書だった。


 子爵はその中から、軍の補給状況をまとめた書類を手に取った。


「……補給担当は不足なしと報告している。にもかかわらず、領内の商人全員に取引内容を提出させる必要があるのか」


 書類には、現在の軍用食料と備品について、直ちに補給に支障が出る状況ではないと記されていた。ただし、将来的な供給不足の可能性までは否定していない。


 子爵は窓の外に広がる領都へ目を向けた。


 灰の荒野に現れた新興勢力、アストレア。正体の分からない力で街を築き、短期間で人口を増やしているという報告は、確かに警戒すべきものだった。


 だが、警戒することと、領民の商売を萎縮させることは同じではない。


「……午後の会談で、はっきりさせねばならんな」


 低く呟いた子爵は、最後の書類に目を落とした。


 そこには、アストレアの代表者が武力衝突を望まず、商人の安全な通行と既存の取り決めの維持を求めていることが、簡潔に記されていた。


     ◇


 同じ日の朝。アストレアの城館では、神城皇牙が妙に真剣な表情で設計図と向き合っていた。


「……よし、決めた! 黒竜の像は二体だ! しかも片方は翼を広げて、もう片方は口を開けてる感じにする!」


 机の上に広がっているのは、大浴場の完成予想図だった。


 皇牙の理想は、城館の庭園に造る豪華な入浴施設である。最初は自分専用のつもりだったが、住民も使えた方が面白いと思い直し、男女別の浴場や休憩室まで構想が膨らんでいた。


「殿。入口の黒竜が大きすぎると、通る方が驚いてしまいませんか?」


 朝食を運んできた巴が、少し困ったように微笑む。


「えっ? むしろ格好よくね?」


「小さなお子さんも利用されるのでしょう?」


「……ああ、そっか。泣かれたら嫌だな」


 皇牙はしばらく考え、黒竜の口から炎が噴き出す仕掛けを描き足そうとしていた手を止めた。


「じゃあ、炎はなしだな。迫力はあるけど、風呂に来て燃やされたらたまったもんじゃねえし!」


「ふふ。そうですね」


 巴が笑うと、皇牙もつられて笑った。


 朝食を終えた皇牙は、そのまま設計を続けようとして、ふと思い出したように顔を上げた。


「……あっ、危ねえ! 今日のガチャを忘れるところだった!」


「殿がガチャをお忘れになるなんて、珍しいですね」


「それだけ大浴場が楽しみってことだよ! でも、ガチャは別腹だからな!」


 広間へ移動すると、皇牙は勢いよく《英霊召喚ガチャEX》を呼び出した。


【無料召喚:3/3回】

【国家人口:441人】

【SR以上排出率:5%】


「昨日はRが一人来たからな。今日はSSRでもURでも大歓迎だぜ!」


 一回目の召喚陣が白く輝き、庭園管理補助のフィリップが現れた。


【N フィリップ】

【適性:庭園管理・植栽の手入れ】


「おっ、庭師か! うちの庭園、もっと格好よくできそうじゃん!」


 二回目も白い光となり、料理補助のマリーが姿を見せた。リーナたちの厨房で働くのが得意だと聞き、皇牙は嬉しそうに頷く。


 そして三回目。


 足元の召喚陣が青く輝き、図面を収めた筒を抱えた青年が現れた。


【R アルベルト】

【適性:建築設計・施設配置】


「うおおおっ! 建築設計!? マジかよ!」


 皇牙は思わず身を乗り出した。


「お前、今すぐ大浴場の設計を手伝ってくれ! 黒竜の像を二体置きたいんだ!」


「こ、黒竜でございますか?」


「そう! めちゃくちゃ格好いいやつ!」


 突然の注文にアルベルトは目を白黒させたが、皇牙が差し出した図面を受け取ると、その表情が職人のものへ変わった。


「立派な構想です。ただ、まずは施設の規模と利用人数、それから給水と排水について確認させてください」


「……えっ、竜の話は?」


「そちらは、通路の安全を確保してから考えましょう」


 巴が堪えきれずに笑い出した。


「ふふ。頼もしい方が来られましたね、殿」


「……俺の黒竜、また後回しかよ!」


 皇牙は不満そうに頬を膨らませたものの、すぐに笑顔を取り戻した。


 三人を生活案内の担当者へ引き継ぎ、人口表示を確認する。


【無料召喚:0/3回】

【国家人口:444人】

【SR以上排出率:5%】


「四百四十四人! しかもゾロ目! 今日は絶対いいことあるぞ!」


     ◇


 昼前、皇牙はコルベールに呼ばれて会議室を訪れた。


 そこにはナポレオン、山本勘助、関羽、二宮尊徳が集まっている。机に置かれていたのは、昨日オスカーから届いた連絡の写しだった。


「皇牙様。子爵家では、本日午後に軍務担当官と土地管理官の双方から説明を受けることになっております」


「おっ、ついに子爵本人の出番か!」


「はい。ただし、まだ結論が出たわけではございません」


 皇牙が椅子へ腰掛けると、ナポレオンが満足そうに笑った。


「だが、重要な進展だ。こちらが求めたのは、監視所を力で撤去することではない。子爵家の誰が責任を持って交易の方針を決めるのか、明確にすることだからな」


 ナポレオンが提案し、コルベールが正式な外交照会としてまとめた方針は、ようやく相手側の最高責任者へ届いていた。


「もし子爵がシュタールの命令を認めたら?」


 皇牙が尋ねると、コルベールは落ち着いて答えた。


「その場合は、子爵家の正式な方針として交渉いたします。現状維持の取り決めや、商人の通行状況について、改めて協議することになるでしょう」


「じゃあ、命令を取り消したら?」


「監視所の検査内容が変わる可能性がございます。ただし、領有権問題が解決するわけではありません」


「……なるほど。どっちに転んでも、ちゃんと次の話ができるわけか!」


 皇牙が納得すると、勘助が頷いた。


「今は余計な刺激を与えず、相手の正式な返答を待つのがよいでござる」


 関羽も静かに口を開いた。


「西門と砦の警備は維持している。石橋の監視所へこちらから近づくことはせぬ。商隊の安全についても、我らの管理する区域で対応しよう」


 皇牙は腕を組み、少しだけ考えた。


「よし。その辺は任せる。ただし、商人が困ってたらちゃんと助けてやってくれよ。変な喧嘩はしなくていいからさ」


「承知した」


 関羽の力強い返答に、皇牙は満足そうに頷いた。


 その後、二宮尊徳からも食料の報告があった。ハインツとの小麦取引は条件のすり合わせを続けており、正式な契約にはまだ至っていない。子爵領側の判断を待つ必要もあるため、アストレアは既存の仕入れ先と備蓄を維持する方針だった。


「よし。じゃあ、俺が今すぐやることは?」


「特にございません」


 コルベールが答えた瞬間、皇牙の顔が輝いた。


「最高! じゃあ大浴場を造ってくる!」


 その勢いで立ち上がった皇牙を見送り、ナポレオンは小さく笑った。


「……あれだけ堂々と仕事を人に任せるのも、一種の才能だな」


     ◇


 午後、ヴァルデン子爵領の領主館では、予定どおり会談が始まっていた。


 アルブレヒト子爵の前に立つシュタールは、石橋の監視所から集めた報告を示しながら、アストレアの急速な発展を説明した。


「閣下。あの街は短期間で住宅や防衛施設を増やし、兵の配置も進めております。将来の脅威となる可能性を考えれば、物資の流れを把握することは必要です」


 シュタールは決して根拠のない不安だけを口にしているわけではなかった。


 アストレアが西門近くに砦を築き、見張り台を増やしたことは事実である。石橋を通る商隊の記録も、軍事的な警戒材料として一定の意味を持っていた。


 子爵は最後まで話を聞いてから、静かに尋ねた。


「では、軍の補給が実際に不足しているのか?」


「現時点では不足しておりません。しかし、今後に備えて調査を続けるべきかと」


「その判断自体は理解する」


 子爵は補給担当から届いていた報告書を机へ置いた。


「だが、軍の補給を守るためなら、まず軍需品の取引と在庫を把握すべきではないか。なぜ領民の一般的な商取引まで一律に報告させる必要がある?」


「アストレアへ運ばれる食料が、将来の軍事力を支える可能性がございます」


「可能性だけで民間の商売すべてに負担をかければ、領民はどうなる?」


 子爵の問いに、シュタールは答えを探すように口を閉じた。


 そこでエーベルハルトが進み出た。


「閣下。西部の村では、すでに買い取りを延期された農民が出ております。取引を禁止されたわけではありませんが、商人が軍の調査を恐れているのです」


 エーベルハルトは陳情書を差し出した。


「現状では影響は一部にとどまっております。しかし、このまま長引けば、次の作付けに必要な資金にも影響が出かねません」


 シュタールが不快そうに眉をひそめた。


「商人が勝手に取引を控えているだけではないか。軍務官庁が販売を禁止した事実はない」


「禁止していなくとも、結果として領民に不利益が生じている。それを見過ごすわけにはまいりません」


 エーベルハルトは静かに答えた。


 子爵はしばらく両者を見比べたあと、机の上の最後の書状を手に取った。


「アストレアからも、正式な照会が届いている」


 シュタールの表情が変わった。


 その書状は、コルベールがオスカーを通じて届けたものだった。通達の権限と目的、石橋での検査範囲について、子爵家としての見解を求めている。


「向こうは通行の取り決めを守るよう求めている。こちらも、監視所の存在そのものを問題にする必要はないはずだ」


 子爵は落ち着いた声で続けた。


「軍事上の警戒は続ける。だが、そのために民間交易を不必要に妨げれば、我が領内にも損失が出る。しかも、相手に不当な扱いを受けたと主張する理由まで与えてしまう」


 シュタールはなおも反論した。


「しかし閣下。あの街の実態を把握できなければ、軍の備えが遅れる恐れがございます」


「把握する方法は、一つではあるまい」


 子爵は、そこで初めて声を強めた。


「本日をもって、一律の取引報告命令は停止する。今後、軍需に直接関わる調査が必要なら、対象と根拠を明記したうえで私の承認を求めよ」


 執務室に沈黙が落ちた。


「石橋の監視所は維持する。ただし、通常の警備に必要な確認へ戻し、商人の取引先を一律に記録する運用はやめさせる。現場の指揮系統についても、ローデリヒと調整するように」


「……承知いたしました」


 シュタールは歯を食いしばったが、子爵の命令を拒むことはできなかった。


 子爵はさらに、外交官オスカーへ正式な回答書を用意するよう命じた。交易に関する措置の見直しを伝え、境界と領有権については引き続き協議を求める内容だ。


「私はアストレアを無条件で認めるつもりはない。だが、交渉の余地があるうちに争いを広げるつもりもない」


 その言葉に、エーベルハルトは深く頭を下げた。


 シュタールも一礼したが、その胸中には苦い思いが残っていた。


     ◇


 同じころ、アストレアの庭園では、皇牙とアルベルトが建築予定地を歩き回っていた。


「よし! こっちに露天風呂、向こうに休憩室! そして入口には巨大な黒竜だ!」


「皇牙様。黒竜の像は少し小さくしていただけませんか? 荷物を運ぶ方が通れなくなります」


「ええっ!? この大きさだから格好いいのに!」


「では、像を入口の外側へ移し、通路を広く取るのはいかがでしょう?」


「……それだ! お前、天才か!」


 アルベルトは苦笑しながら図面を書き直した。


 浴場には、既存の給水設備から水を引く計画が立てられた。排水は庭園や農地へ直接流さず、専用の排水路を通して処理する構造とする。湯を沸かす設備については、実際の燃料や作業員が必要になるため、厨房や施設管理の担当者とも相談することになった。


 天然温泉が湧いているわけではない。皇牙が憧れているのは温泉気分を楽しめる大浴場であり、まずは普通の水を温めて利用する予定だった。


「なるほどな。建物を造れても、運営まで勝手に完成するわけじゃねえんだな」


「はい。ですが、建築そのものに資材や費用がかからないのは、非常にありがたいことです」


「へへっ! そこは俺に任せろ!」


 皇牙が《国家創造EX》を発動すると、地面から眩しい光が広がった。


 次の瞬間、庭園の一角に立派な石造りの大浴場が現れる。入口には黒竜の像が二体並び、屋根の上には青い瓦が輝いていた。


 内部には広い浴槽と休憩室、男女別の更衣室が設けられている。給水と排水のための建築構造も整えられていたが、浴槽はまだ空だった。


「うおおおっ! 最高じゃねえか! 俺の理想の大浴場だ!」


 皇牙は大喜びで建物の周囲を歩き回った。


 ところが、浴場へ入ってみると、当然ながらお湯は張られていない。


「……あれ? 今日すぐ入れるわけじゃねえの?」


「燃料の確保と設備の確認、それから管理担当者の手配が必要でございます」


 アルベルトの説明に、皇牙はがっくりと肩を落とした。


「……建物は一瞬なのに、風呂に入るまでが長え!」


 後ろで見守っていた巴が、堪えきれずに笑い出した。


「ふふ。ですが、とても素敵な施設になりましたよ。皆さんも喜ばれると思います」


「……まあ、そうだな。せっかく造ったんだし、ちゃんと安全に使えるようにしようぜ!」


 皇牙は気を取り直し、アルベルトへ運営準備の相談を任せた。


 夕方、城館に戻った皇牙は窓から街並みを眺めていた。


 市場には荷車が行き交い、住宅街からは夕食の支度をする煙が上がっている。子爵家からの返事はまだ届いていないが、アストレアの人々はいつもどおりの生活を続けていた。


「……こういうのが一番いいよな。変な争いなんかしないで、みんな普通に暮らせりゃいいのに」


 皇牙の隣に立つ巴が微笑んだ。


「はい。殿が望まれる平穏な暮らしを、私もお守りしたいと思います」


「頼りにしてるぜ、巴!」


「ふふ。お任せください」


 二人が笑い合うころ、ヴァルデン子爵領では、子爵の署名を受けた命令書が正式に封じられていた。


 翌朝、使者たちは軍務官庁と石橋の監視所、そして外交担当のオスカーへ向けて出発する予定である。


 軍務担当官シュタールは、自室でその知らせを聞いていた。


「……軍の警戒は続けてよい、か」


 男は机に広げた地図を見つめた。


 石橋の向こうにある小さな街、アストレア。その名を指先でなぞりながら、シュタールは低く呟いた。


「ならば、次は別の方法を考えるまでだ」


 交易への圧力は、子爵の判断によっていったん後退することになった。


 しかし、灰の荒野の領有権を巡る対立は、まだ終わっていない。

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