第3章 第90話 ナポレオンの逆転策! 子爵軍の経済封鎖を阻止せよ
異世界生活七十七日目の朝。神城皇牙は、城館の食堂で焼きたてのパンを頬張りながら、窓の向こうに広がる街並みを眺めていた。
数日前に百八十六人の移住者を迎えたアストレアでは、朝から荷車が行き交い、新しい住宅街にも活気が満ちている。昨日造った西門近くの砦も、関羽の指示で警備担当者たちの巡回地点に組み込まれていた。
「いやあ、順調だな! これだけ人が増えたんだし、そろそろ大浴場でも造りたいよな」
「殿。皆さんが使えるお風呂ですか?」
「もちろん! ただし、俺専用の豪華な浴室も欲しい。黄金の獅子が湯を吐くやつ!」
皇牙が身振りを交えて説明すると、向かいに座る巴が楽しそうに笑った。
「ふふ。ですが、まずは街道の問題が落ち着くとよいですね」
「……分かってるって。昨日も商人が足止めされたんだろ? まったく、面倒な奴らだよな」
ヴァルデン子爵家の軍務担当官ヴォルフラム・シュタールは、石橋西側に設けた臨時監視所で商隊の動きを調べるよう命じていた。ローデリヒ・ハルトマンの働きかけで長時間の検査は改善されたものの、商人たちが安心して通行できる状況には戻っていない。
皇牙は最後のパンを飲み込み、椅子から立ち上がった。
「よし! 難しいことはナポレオンたちに任せよう! 俺は今日もガチャを引くぜ!」
広間へ移動すると、《英霊召喚ガチャEX》の画面を呼び出す。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:429人】
【SR以上排出率:5%】
「昨日は倉庫と荷車関係の人材だったからな。今日は商売に強い奴が欲しい!」
一回目の召喚陣が白く輝き、Nパン職人補助のリヒャルトが現れた。二回目も白い光となり、N帳簿整理補助のエマが姿を見せる。
「おっ、いいじゃん! パンも帳簿も大事だもんな!」
三回目には青い光が広がり、落ち着いた雰囲気の青年が現れた。
【R ルーカス】
【適性:商業事務・取引記録】
「来たあっ! 商業事務! 欲しいと思ってた人材じゃねえか!」
皇牙は大喜びで三人を歓迎した。リヒャルトは厨房、エマとルーカスはクラリスたちの事務作業を見学してもらうことになり、案内担当者が生活上の説明を引き受けた。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:432人】
【SR以上排出率:5%】
「四百三十二人! 五百人まであと六十八人か。いやあ、最初は四人しかいなかったのにな!」
皇牙が満足そうに画面を閉じたところへ、コルベールが姿を現した。
「皇牙様。西の監視所について、商人の方々から新たな報告が届いております。お時間をいただけますでしょうか」
「……今、最高に気分がよかったんだけどな」
口では文句を言いながらも、皇牙は巴を連れて会議室へ向かった。
室内には勘助、関羽、ナポレオンが集まり、アレクシスの測量図と数枚の取引記録を広げていた。ナポレオンは一枚の紙を手に取り、皇牙が入ってきても視線を動かさない。
「皇牙。なかなか興味深いことになっているぞ」
「おいおい。その言い方、絶対いい話じゃねえだろ」
「少なくとも、商人たちにとってはな」
コルベールが記録を示した。
「石橋の監視所では、積み荷だけでなく、商人の氏名、取引先、目的地まで記録されるようになりました。しかも、その情報を領都へ送っているそうです」
「……それって、うちで何を買ってるか全部知られるってことか?」
「すべてではありませんが、主要な取引の一部は把握されるでしょう」
さらに、今朝到着した商人からは、子爵領の村で予定していた穀物の買い付けを断られたという報告もあった。村の商人が軍務官庁に目を付けられることを恐れ、取引を見合わせたらしい。
「別に悪い商売してるわけじゃねえのにな。何でそんなことになるんだよ」
皇牙が眉をひそめると、ナポレオンは地図の石橋を指した。
「シュタールが欲しいのは、街道を通る荷車の数だけではあるまい。何を運び、誰が売り、誰が買うのか。それを知れば、相手の生活を支えるものが見えてくる」
「生活を支えるもの?」
「食料だ。今のアストレアは人口が急増し、外部からの仕入れが重要になっている。その取引先に圧力をかければ、兵を進めなくとも街を困らせられる」
皇牙の表情が険しくなった。
「……つまり、飯を買えなくしようってことか?」
「そう疑う理由はある。だが、現時点では推測だ。監視所が単なる治安対策でないと決めつけるには、まだ材料が足りん」
勘助も頷いた。
「ならば、相手の思惑を調べながら、交易が滞っても街が困らぬようにしておくのが得策でござる」
「よし。具体的には何すりゃいい?」
珍しく素直に尋ねる皇牙へ、ナポレオンは満足そうに笑った。
「まず、商人が安心して取引できる仕組みを作る。そして、仕入れ先を一か所に頼らぬことだ。どちらも、ここにいる者たちの得意分野だろう?」
皇牙は顔を上げた。
「おお! 俺の出番は?」
「今は話を聞いていてくれ」
「……えっ、出番なし?」
「それが君の理想ではなかったのか?」
「……確かに!」
皇牙が嬉しそうに笑うと、巴も思わず吹き出した。
最初に動いたのは二宮尊徳だった。食料倉庫では、彼がマルクや商人たちと相談し、備蓄と今後の仕入れ計画を確認していた。
「殿。現状の備蓄で本日明日に困ることはございません。ただ、人口が増えましたので、取引先の分散は必要です」
「それなら、仕入れを増やしてくれ! 金が必要なら予算も相談しようぜ」
「承知しました。西の街道以外を利用する商人にも取引をお願いし、保存の利く食料を優先して確保いたします」
ただし、別の交易路にも距離や輸送費の問題がある。二宮尊徳は、その場で無理に大量注文を決めず、取引できる量と到着までの日数を確認することにした。
皇牙は倉庫の中を見回した。昨日までに整備した保管場所には、まだ使える空間がある。
「倉庫、もっと造ろうか?」
「今は既存の倉庫を整理すれば十分かと。新しい建物より、届いた食料を無駄なく管理する方が先でございます」
「……なるほど。じゃあ建築はお預けか」
少し残念そうな皇牙を見て、マルクが笑った。
「皇牙様。新しく来た村人たちも農作業を手伝いたいと言っています。農地の方は、そのうち相談させてください」
「おっ、それなら大歓迎だ! 必要になったら、すげえ畑を造ってやるよ!」
皇牙が胸を張ると、周囲から笑い声が上がった。
その日の昼過ぎ、コルベールは市場で商人たちを集め、今回の検査について聞き取りを行った。会話には、新しく召喚されたルーカスもクラリスの補助として同席している。
商人たちの不安はさまざまだった。荷物を調べられることより、取引先の名前を記録されることが嫌だという者。今後、追加の税金を取られるのではないかと心配する者。子爵家の役人から目を付けられることを恐れる者もいる。
「こちらとしても、誰と商売するかを毎回知られるのは困るんですよ」
年配の商人がそう言うと、コルベールは静かに頷いた。
「皆様のお気持ちは分かります。アストレアとしては、これまでの現状維持の取り決めに基づき、通行を妨げないよう子爵家へ確認を求めます」
「それなら助かります。できれば、安心して商売を続けたいんです」
「もちろんです。ただし、私どもが子爵家の監視所を直接動かせるわけではありません。まずは正式な説明を求め、その回答を皆様へお伝えします」
コルベールは軽々しい約束をせず、確認できることだけを答えた。クラリスたちは商人の証言を記録し、ルーカスが取引内容と通行時の状況を整理する。
皇牙はその様子を少し離れた場所から眺めていた。
「……すげえな。俺だったら途中で頭が痛くなってるぞ」
「殿。皆さん、それぞれのお仕事に誇りを持っておられるのですよ」
「だよな。だったら、ちゃんと働きやすくしてやらねえとな」
皇牙は腕を組み、少しだけ真面目な顔になった。
そこへディランが姿を現した。
「皇牙様。ゲルハルト・ヴァイス殿がお見えです。正式な連絡調整のため、こちらへ来られたとのことです」
「ゲルハルトが? よし、会おうぜ!」
城館の応接室へ通されたゲルハルトは、部下二名を伴っていた。西方巡察隊長としての装いで、表情には疲れが浮かんでいる。
「神城殿。突然の訪問、失礼する」
「おう! あんたも忙しそうだな。今日は何の用だ?」
「石橋の監視所についてだ。あの検査方法は、私の巡察区域を通る商人たちにも影響している。現場で確認した事実を共有し、無用な衝突を避けたい」
ゲルハルトは机に一枚の書類を置いた。
「これは監視所で使われている記録用紙の写しだ。ローデリヒ殿から、巡察任務に必要な確認資料として受け取った」
コルベールが慎重に内容を確認する。
そこには商人の名前、積み荷、目的地、取引相手を記入する欄があった。用紙の下部には、軍務担当官ヴォルフラム・シュタールの部署を示す印も押されている。
「……確かに、通常の街道警備で使う書式とは違いますな」
勘助が呟く。
「ローデリヒ殿は、これをどう受け止めておられるのでござるか?」
「彼も困惑している。長時間の通行妨害は避けるよう命じたが、記録用紙の内容については軍務担当官の部署から直接指示が出されているそうだ」
「つまり、現場で命令が二つ重なってるわけか」
皇牙の言葉に、ゲルハルトは頷いた。
「そのとおりだ。私も子爵家の騎士である以上、軍の内部命令を勝手に破るわけにはいかん。だが、商人や領民の暮らしに影響が出ているなら、確認せねばならない」
ナポレオンは写しを手に取り、しばらく眺めてから口を開いた。
「これなら、問題がはっきりした。監視所そのものを壊す必要はない。記録を取る権限と目的を、正式に確認させればよい」
「……それで解決するのか?」
「少なくとも、相手は理由を説明せねばならん。説明できないなら、こちらには交易を守るための要求を重ねる根拠ができる」
ナポレオンは静かに笑った。
「相手が情報を集めるなら、こちらは記録を残す。通行した商人の証言、待たされた時間、取引を断られた理由。事実を積み上げれば、感情だけの争いにはならん」
「おおっ! なるほどな! だったら、コルベールに任せればいいじゃん!」
「すでに進めております」
コルベールが穏やかに答えると、皇牙は満足そうに頷いた。
その後、ゲルハルトは自分の巡察記録を持ち帰り、子爵家内部でも正式な報告を行うことになった。ローデリヒへも、アストレア側が検査の権限確認を求めていることを伝えるという。
夕方になると、コルベールはオスカー・ベルナーへ送る照会書を完成させた。監視所で集める情報の範囲、記録の使用目的、商人への影響について説明を求める内容だ。
同時に、クラリスとルーカスが商人から聞き取った内容を整理し、今後も通行状況を継続して記録する方針が決まった。
「これで、少しは前に進んだかな?」
皇牙が尋ねると、ナポレオンは頷いた。
「ああ。今日のところは十分だ。相手が何を狙っているにせよ、こちらの生活を支える仕組みを強くしておけば、簡単には揺さぶられん」
「よし! じゃあ、俺は温泉の設計でも考えるか!」
「……君は本当に、ぶれない男だな」
呆れたように笑うナポレオンを見て、皇牙も笑った。
その夜、ヴァルデン子爵領の領都では、軍務担当官ヴォルフラム・シュタールが監視所から届いた商隊記録を眺めていた。
紙面には、アストレアへ食料を運ぶ商人の名前と、その取引先が書き込まれている。
「……なるほど。やはり、外からの物資に頼っているようだな」
シュタールは記録を机に置くと、側近へ低い声で命じた。
「この商人たちについて、領内の取引先を調べておけ。特に食料を扱う者を優先しろ」
「取引を禁止なさるのですか?」
「まだその必要はない。まずは誰が、あの街を支えているのかを知ることだ」
側近が一礼して退出すると、シュタールは地図の上に指を置いた。
その先には、灰の荒野に築かれた小さな街、アストレアの名がある。
「……力だけで街を守れると思うなよ」
男は低く呟き、次の報告書へ手を伸ばした。
一方、アストレアの城館では、皇牙が湯気の立つ風呂の設計図を眺めていた。
「……ふふふ。黄金の獅子もいいけど、やっぱり黒竜の口から湯が出る方が格好いいよな!」
外では交易を巡る駆け引きが進み、ナポレオンたちは次の対応を考えている。
それでも皇牙の頭の中は、理想の大浴場をどう造るかでいっぱいだった。
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そして本日はここまで明日も10話投稿します。
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