第3章 第89話 子爵軍が街道を封鎖!? ナポレオンの策と新たな砦
異世界生活七十六日目の朝。神城皇牙が食堂へ入ると、窓の向こうでは商人たちの荷車が西門へ向かっていた。先日までは静かだった街道も、今では荷物を運ぶ者や新しく移住してきた住民たちで賑わっている。
もっとも、その平穏な景色には一つだけ気になるものがあった。遠くの旧街道に駐留する、ヴァルデン子爵家の軍勢である。
「……なあ、巴。あいつら、まだ帰らねえの?」
「昨日、追加の補給物資が届いたそうですから、しばらくは駐留するおつもりなのでしょう」
「はあ……。六十人分の飯代だって馬鹿にならねえだろうに。俺だったらその金で温泉を造るぞ」
皇牙が真顔で答えると、向かいに座る巴が小さく笑った。
「殿の場合、温泉を造る費用はかからないのでは?」
「あっ、そうだった。なら余計に温泉がいいじゃねえか!」
そんな他愛もない会話を楽しみながら朝食を終えた皇牙は、いつものように広間へ向かった。子爵家との問題は勘助やコルベールが対応してくれている。皇牙にとって、朝一番の楽しみは今日も変わらずガチャだった。
「さあ、昨日はURナポレオンに続いて、食料関係の人材も揃った! 今日は何が来るかな!」
目の前に《英霊召喚ガチャEX》の画面が浮かび上がる。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:426人】
【SR以上排出率:5%】
「できれば今日も大当たりを……いや、さすがに二日連続でURなんて都合よすぎるか。まあ、何が来ても歓迎するけどな!」
一回目の召喚陣が白く輝き、N倉庫作業員のトビアスが姿を現した。続く二回目は青い光となり、R荷車整備職人のエルンストが現れる。三回目にはN裁縫補助のマルタが召喚された。
「おっ、荷車の整備が得意なのか! 最近は商人も増えてるし、助かりそうだな!」
皇牙は三人を歓迎し、それぞれの得意分野を確認した。トビアスには倉庫の仕事、エルンストには荷車の修理、マルタには衣服や寝具の手入れを手伝ってもらえそうだ。ただし、まずは生活に慣れてもらうため、案内担当者へ引き継ぐことにする。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:429人】
【SR以上排出率:5%】
「よし! 四百二十九人! この調子なら五百人も見えてきたな!」
上機嫌で画面を閉じたところへ、ディランが駆け込んできた。
「皇牙様! 西の街道で問題が発生しました!」
「……えっ? せっかくいい気分だったのに!」
ディランによれば、子爵軍が石橋の西側で荷車を止め、積み荷を調べ始めたという。昨日まで通れていた商人たちが、そこで足止めされているらしい。
皇牙は巴を連れて会議室へ向かった。
そこにはすでに勘助、関羽、ナポレオン、コルベールが集まっていた。机の上には測量図が広げられ、子爵軍の駐留地点と石橋の位置が示されている。
「おう、何があったんだ? 昨日は荷車が八台来たって話だったよな?」
「その八台の件は確認が進みましたぞ」
勘助が地図へ木片を置いた。
「六台はローデリヒ殿の陣地に留まり、食料や野営用の物資を降ろしております。残る二台には木材や鉄製の金具、組み立て式の柵が積まれ、護衛の歩兵十二名とともに石橋の西側へ進みました」
「なるほど。じゃあ、その二台で関所でも造るつもりか?」
「臨時の監視所を設ける計画のようです。ただし、現在作業している場所は子爵家が従来から巡察していた区域であり、係争中の石井戸や旧開拓地には入っておりませぬ」
勘助の説明に、皇牙は少し考えた。
旧街道の西側は子爵家が以前から巡察してきた区域。その先にある石井戸と旧開拓地の所有権については、現在も双方で調査を続けている。調査が終わるまでは、通行を妨げたり、境界を変更したりしないという取り決めだった。
「じゃあ、監視所を造るだけなら文句は言えねえのか?」
「少なくとも、その場所に建物を造ることだけで取り決め違反とは申せませぬ。しかし、商人の通行を妨げることは別問題でござる」
コルベールが一通の報告書を差し出した。
「現場では荷車を一台ずつ止め、積み荷を降ろして確認しているそうです。そのため、後続の商隊が列を作り始めています」
「……それ、普通に邪魔してんじゃねえか」
「はい。通行を完全に禁止しているわけではありませんが、商人への影響は無視できません」
ナポレオンが地図に目を落とした。
「敵の意図を決めつけるのは早い。だが、監視所を置き、検査によって通行を遅らせれば、街道を利用する商人は減るだろう」
「……つまり、うちに来る商人を減らせるってことか?」
「結果としてはな。命令を出した者が、それを狙っている可能性もある」
皇牙は眉をひそめた。
アストレアは、商人たちとの交易によって食料や生活用品を確保している。百八十六人の移住者を受け入れたばかりの今、仕入れが止まれば困るのは住民たちだ。
「……ったく。兵隊同士で睨み合うだけならまだしも、商人を巻き込むなよ」
皇牙の声から、いつもの軽さが消えた。
そのとき、西門から新しい報告が届いた。足止めされていた商隊の一部が、ようやくアストレアへ到着したという。
「皇牙殿。現場の話は、商人本人から聞くのがよかろう」
ナポレオンの提案に、皇牙も頷いた。
一行が西門へ向かうと、三台の荷車が荷下ろしを始めていた。先頭の商人は、以前からアストレアへ食料を運んでいる男だった。
「おお、皇牙様! ちょうどよかった。いやあ、今日は参りましたよ」
「どうした? 相当待たされたのか?」
「ええ。積み荷を全部調べると言われましてね。こちらは小麦粉に干し肉、野菜まで積んでいるというのに、長いこと橋の手前で待たされました」
商人は荷台を叩き、困った顔をした。
「後ろには別の商隊もいました。あれでは、毎日この道を使うのが嫌になってしまいますよ」
「そりゃそうだよな……」
さらに話を聞くと、検査を命じていた兵士たちは、軍務担当官ヴォルフラム・シュタールの部署から派遣された者らしい。ローデリヒの六十名に同行していたが、現場の検査方法については独自の命令を受けているという。
ただし、ローデリヒ本人が検査を許可したのかどうかは、商人にも分からなかった。
「分かった。こっちでも確認する。今日は大変だったな。まずは休んでくれ」
皇牙は商人たちを労い、コルベールへ事情を記録するよう頼んだ。
その後、城館へ戻った一行は対策を話し合った。
「まずはローデリヒ殿へ正式な照会を送り、通行を妨げないという約束を確認いたしましょう」
コルベールの提案に、勘助が頷く。
「それと同時に、こちらの備えも進めるべきでござる。商人が一時的に足止めされても、街の食料供給がすぐに滞らぬようにせねばなりませぬ」
「食料の方は二宮尊徳に任せようぜ。俺にできることがあったら、建物くらい造るし!」
皇牙が答えると、ナポレオンは満足そうに頷いた。
「ならば、もう一つ提案がある」
「おっ、何だ?」
「西門を守るための防御拠点だ。昨日造った見張り台は、街道の様子を知り、情報を伝えるためのものだった。だが、万一武装した者が東へ進んできた場合、見張り台だけでは商人や住民を守れん」
ナポレオンは地図上の高台を指した。
「この高台なら西門へ続く道を押さえられる。普段は警備担当者が巡回時に使い、非常時には退避場所にもできる。街道から戻る商人たちを一時的に保護することも可能だ」
「……つまり、砦だな!?」
皇牙の目が輝いた。
「そうだ。ただし、見張り台とは役割が違う。こちらは敵を早く見つけるためではなく、街を守るための施設だ」
「おおっ! いいじゃん! そういうの、めっちゃ好きだぜ!」
勘助も地図を確認し、頷いた。
「高台はアストレア側で使用している土地にあり、係争地にも入りませぬ。西門への道を守るには適した場所でござる」
「ただし、警備担当者は二十名ほどしかおらん。砦を造っても、常に大勢を置くことはできんぞ」
関羽の指摘に、ナポレオンはすぐ答えた。
「承知している。今は既存の警備担当者の巡回地点として使えばよい。必要以上に兵を分散させるつもりはない」
皇牙は嬉しそうに立ち上がった。
「よし! じゃあ現地を見に行こうぜ!」
午後、一行は西門の外にある高台へ向かった。そこからは西門へ続く道路と、街道沿いの農地を見渡せる。一方、昨日設置した見張り台からの合図も確認できる位置だった。
ナポレオンは周囲の地形を見渡し、勘助と相談しながら砦の規模を決めていく。
「ここなら西門の手前で防御できる。門へ向かう道も、こちらから確認しやすい」
「なるほど。警備担当者の休息場所も設ければ、巡回時の負担も減らせましょう」
「よっしゃ! じゃあ、格好いい砦を造るぜ!」
皇牙が《国家創造EX》を発動すると、高台の上に石造りの小さな砦が現れた。厚い外壁に守られた建物には、警備担当者が休息する部屋と、商人や住民を一時的に保護できる空間が用意されている。
西門へ続く道も整備し、緊急時に人々が移動しやすい構造にした。
「どうよ! 実用的で、しかも格好いいだろ!」
「……確かに見事だ。これほど短時間で防御施設を築けるとはな」
ナポレオンは感心した様子で砦を見上げた。
「へへっ! もっと褒めていいんだぜ!」
「ただし、建物ができただけで守りが完成するわけではない。警備の配置や連絡方法を考えるのは、これからだ」
「分かってるよ! そこは関羽たちに任せる!」
皇牙の答えに、関羽も頷いた。新しい砦へ大量の兵士を置くのではなく、既存の警備担当者が交代で利用する方針が決まった。
そのころ、城館では別の動きも進んでいた。
二宮尊徳は、増えた住民の食料を確保するため、商人たちと相談して仕入れ計画を見直していた。今回の検査で街道の通行が遅れる可能性があるため、保存の利く食料を優先して確保するという。
クラリスも、商人から聞き取った通行状況を記録し始めた。いつ、どこで、どれほど待たされたのか。その内容を集めれば、子爵家へ正式に抗議する際の資料にもなる。
皇牙が城館へ戻ると、コルベールから報告があった。
「皇牙様。ローデリヒ殿から返答が届きました」
「おっ、何だって?」
「本人は、商人の通行を長時間妨げるよう命じてはいないそうです。検査を担当した兵士たちの行動について確認し、必要な指示を出すとのことです」
「……つまり、ローデリヒも知らなかった可能性があるんだな?」
「はい。ただし、シュタールの部署から別の命令が出されている可能性もございます。そこはまだ確認中です」
勘助が書状を受け取り、内容を確かめた。
「ローデリヒ殿も、部隊内の命令が食い違えば困るでしょうな」
「そりゃそうだよな。現場の隊長なのに、知らねえところで勝手に商人を止められたらたまったもんじゃねえ」
皇牙は腕を組んだ。
その日の夕方、再び西の見張り台から連絡が届いた。石橋の西側では、子爵軍が木材や柵を使って臨時監視所を建設し始めているという。
しかし、現在のところ係争地への進入は確認されておらず、ローデリヒの部隊も以前の駐留地点を維持している。
「……監視所を造るのは止められねえけど、商人を困らせるのは勘弁してほしいな」
皇牙がぼやくと、ナポレオンが静かに頷いた。
「だからこそ、こちらも備えを進める。相手の行動を見極め、必要なときに対応できるようにしておくのだ」
「分かった。軍事のことは頼むぜ、ナポレオン!」
「任せておけ。ただし、関羽殿の指揮と勘助殿の地形知識がなければ、私一人では十分な判断はできん。優秀な仲間がいることを忘れるなよ」
皇牙は嬉しそうに笑った。
「もちろん! だから俺は、みんなに仕事を任せてるんだからな!」
ナポレオンは呆れたように笑ったが、その表情はどこか楽しげだった。
夜になると、城館の窓から新しい砦の姿が見えた。西の街道では子爵軍が監視所を建設し、アストレア側では防衛拠点の整備が進んでいる。
双方とも、まだ武力衝突は起こしていない。
だが、旧街道を挟んだ緊張は、確実に高まりつつあった。
そしてその夜、ヴァルデン子爵領の領都では、軍務担当官ヴォルフラム・シュタールがローデリヒからの報告書に目を通していた。
「……商人の検査を緩めただと?」
シュタールは眉をひそめた。
「現場の騎士が勝手な判断を……。まったく、使えん男だ」
男は机に広げた地図へ目を落とした。そこにはアストレアの位置と、石橋周辺の街道が記されている。
「ならば、別の手を考えるまでだ」
低く呟いたシュタールは、側近へ次の指示を出した。
「監視所の工事は続行させろ。それと、アストレアへ向かう商隊の数を調べておけ」
その命令が何を意味するのかは、まだ誰にも分からなかった。
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